歴史をたどる二人
普段の生活が始まる。長い夏休みは終わり、二学期が始まる。
まだまだ暑い日が続くが、身近なところから秋が感じられる。
ベストを着るようになる女子生徒。先生たちもネクタイをつけるようになる。そんな姿が清萩学園高校の日常風景となり始め九月も終わるころ――
「よう、ここにいたのか」
憂衣那がイ兎に声をかける。
校庭の奥。木々が整然と並ぶその陰に、数脚のベンチがひっそりとたたずんでいた。
木漏れ日が、気持ち良い風を運んでくれる。昼休みは女子生徒たちの笑い声が絶えない清萩学園高校でも、ここでは遠い風の音に聞こえる。
誰も気に留めないその場所は、イ兎のお決まりの場所であった。
憂衣那の登場に無言で呼んでいた本を閉じる。
イ兎は合宿のあの事件以来、ふさぎ込んでいた。
この世界では普通に人生を送りたい――しかし、自分には普通ではない『マシーネンフュルスト』の能力があるということに気づいた今、それは無理なことなのだろう。
ベンチの上に置かれた本の背表紙に憂衣那は目を止める。
「『大日本帝国陸軍戦闘機一覧』、か。女子高生の読む本ではねぇな」
そういいながら、本を手に取る憂衣那。イ兎は視線を秋空に泳がせる。
「――面白い機体だったよ、『五式戦闘機』。『ルフトドラッヘ―T5』といろんな意味で似てた」
イ兎はそういいながら、両手で膝を抱える。
「大戦末期、余っていた液冷機『三式戦闘機飛燕』の胴体を利用して作られた機体。信頼性の高い空冷エンジンハ45誉を積んで、数少ない敵の戦略爆撃機B29に対抗できる機体と――」
「まあ、評価は難しいな。ほかの選択肢がない中で、唯一選ぶことのできたベターな結果なんだろう」
憂衣那の厳しめの言葉。しかし、実際『ルフトドラッヘ―T5』はオストリーバ帝国における『五式戦闘機』そのものであった。資源も燃料も払底した状況で唯一帝都の空を防衛することができた機体である。
「おれも、調べてみたんだ。戦艦『長門』ってやつを」
憂衣那が打ち明ける。
「41センチ砲を八門備え、当時は世界最強を誇る。建造時は世界のビッグセブンと称されるも、時代とともに旧式化。日本海軍の旗艦も一時期担うが、結局海戦でその巨砲をふるうことはなかった。日本海軍の栄光をその身に受けつつも、最後は水爆実験の標的艦として――」
「どちらかというと戦艦『大和』のほうが、戦艦『ラングトール』に近い気がする。その最後も」
イ兎の言葉に首を振る憂衣那。
「出撃したかしなかったかの差だけで、戦艦『ラングトール』は戦艦『長門』だろうな。うまく説明できないんだけどな――」
そういいながら憂衣那は茶色の髪をかきむしる。
ローベルトであったころからの癖だ。
それをみて、イ兎はくすっと笑う。
「なんにしても、『異世界』とはなかなか関係が切れないようだね」
イ兎の言葉に驚く憂衣那。その言葉があまりにも自然であったからだ。
「こんな平和な国に生まれて、戦争の記憶を持っている。この国にはもう、前の大戦を経験した人はほとんどいないのにね。私たちの記憶は何か意味のあることなのかなぁ」
真剣な顔になる憂衣那。イ兎はベンチから立ち上がり、伸びをする。
憂衣那は少しホッとする。
最近、イ兎がふさぎ込んでいてどうしたものかと悩んでいたのだ。
イ兎なりに、何か落としどころを見つけてくれたのであれば何よりである。
「まだ高校生活は半分残ってるぜ。『異世界』ではあのいけすかないフュルステンベルク校長のもとで軍事教練漬けだったが、この世界は違う!いっぱいたべて、いっぱい遊んで、いっぱい楽しもうぜ!」
そういいながら、イ兎に憂衣那が抱き着く。
身長差もあることから、イ兎はすっぽり憂衣那の腕の中に納まった。
「ふ......ぐ......」
窒息しそうになるイ兎。大きな胸に圧迫される。
さらに、憂衣那はぎゅーっとイ兎を抱きしめるのだった。
ほほえましい様子を二人は見つめる。
学園の一室。窓から双眼鏡を忍ばせて。
「ゆさかさま、またあのお二人を観察されているのですか?盗み見はあまりよろしくなくってよ」
霞桜がフルーツタルトを上品にフォークでほぐしながら、そう戒める。
ゆさかは双眼鏡をおろすと、振り返った。
「なかなか、いいコンビですね。エリーアスくんも海軍――に入ればよかったのに。海軍にも飛行機はありますので」
「陸軍もなかなか捨てたものではないですわよ。何より私は潮の塩のにおいがよろしくありません。お魚もあまり好きではありませんので」
「熊は好きなようだな。准将」
内容に比して、きわめて上品な会話のキャッチボールである。
「さて、この後どうなるか。私たちにとっても彼女たちにとっても」
「『異世界』よりは百倍ましでございましょう。こんなに平和な世界に生きれるのですから」
霞桜の言葉には答えないゆさか。
ゆさかには感じるものがあった。
今後のこの世界の動乱を――
「四人の少女が『マシーネンフュルスト』の能力に目覚めた。
――その事実を知る者は、まだ彼女たち自身しかいない。
だが、それがいつまで続くのかは誰にもわからなかった。このことを知るものはただ、本人たちだけである――はずであった。
――第一章完――




