驚く二人
「憂衣那!」
イ兎がそう叫ぶ。
「大丈夫、ある程度セーブいたしました。イ兎さま、次はあなたですわ。いざ、お手合わせをお願いします」
霞桜が矢を構え、じりじりと間合いを詰める。
『マシーネンフュルスト』重駆逐戦車『ゼーレンヤーガー』の能力。超重装甲にして、巨砲を有する地上戦艦である。
動きこそ鈍重であるが、並みの火力では傷一つつけることはできない動く要塞でもあった。まさに、『皇帝門の怪物』である。
敵として相対した時のプレッシャーは尋常ならざるものがあった。
すう、と呼吸を整えるイ兎。『マシーネンフュルスト』発現のために気を練る。
『マシーネンフュルスト』は異世界の兵器の具現化である。この世界では不可能なはずだが、眼の前の二人がそれを実現している以上自分も可能なはずだった。
それに先手を打つように霞桜は矢を放った。
一直線にすさまじい流星の尾を引きながら、矢はイ兎へ吸い込まれる。
手負いの憂衣那が立ち上がろうとするが間に合わない。かばおうにも体が全く動かないのだ。
一二八mmの主砲の威力がイ兎の体を貫く――はずであった。
壁が大きな音とともに崩れる。
空を射た矢が壁にぶつかったのだ。
すぐに上を見る霞桜。そこには宙を舞うイ兎の姿があった。『ルフトドラッヘ―T5』の『マシーネンフュルスト』を具現化させて。
ゆっくりとイ兎は『マシーネンフュルスト』の気を練る。
「そこまでです」
二人の前に分け入るようにゆさかが歩みを進めた。
「いかに『ゼーレンヤーガー』といえども上部の装甲は薄いのですよ。一方で草野生徒のほうは手ぶら。何も武器を持っていない以上、攻撃もできないでしょう。見たいものは見せていただきました。戦いはここまでにさせていただきましょう」
そういいながら、三人の前に自分の『マシーネンフュルスト』の要塞を表示するゆさか。
まるで空中に映し出されたプロジェクションマッピングのように、要塞は投影され回転する。そしてだんだんと小さくなり、消えた――
しんとした大ホール。
先ほどまでの戦場は消え、大ホールが復元される。
天井には星空。北斗七星が見える。間違いなく、この世界のプラネタリウムであった。
「大丈夫か?イ兎」
憂衣那が抱きつかんばかりの勢いでイ兎に近づく。傷はない。あくまでもあの『マシーネンフュルスト』内での出来事であるようだった。
イ兎は振り向く。そこにはゆさかと霞桜が腕を組んで立っていた。ゆさかは口を開く。
「力を貸してほしいのですよ。永井憂衣那――ローベルト=フォルクヴァルツ少佐。そして、草野イ兎――エリーアス=フォン=ヒルベルト中尉。『マシーネンフュルスト』の能力からこの世界を護るために――」
――しばしの後。戦場の幻影が消え、静けさを取り戻した大ホールの一隅で。霞桜の手によって新しい茶が淹れられた。紅茶ではあるがまるで茶道のような身のこなしである。こぽこぽと湯気の奥に見える霞桜の優雅な立ち姿――それを信じられないような顔でイ兎はじっと見つめていた。
「『マシーネンフュルスト』の能力は異世界のみで発動すると思われていた。私自身も。しかし、ある時発動したのだ。驚きましたよ。この世界の現代兵器を凌駕する『マシーネンフュルスト』の能力。それを女子高生が使えるというのだから」
ゆさかが机の上で拳をかたく組み合わせながらそう語る。憂衣那は無表情のまま、茶を喉へと流し込んでいた。
「まずお会いしたのが、こちらの藤原霞桜どの。初めて学校でお会いした時、びっくりした。異世界の姿そのままであったからな」
思わず茶を吹く、イ兎。それを霞桜はあらあらといいながらきれいにテーブルをふき取る。
「ちょっと待ってください!霞桜さんって、重駆逐戦車『ゼーレンヤーガー』に関係のある人ですよね」
「そうですよ。装甲防御機甲大隊のエースにして、大隊長であられたお方です。いやぁ、こちらの姿も――」
「そんなこと、あるわけないよ!」
イ兎は思わず叫ぶ。
無理もない。異世界のオストリーバ陸軍装甲防御機甲大隊大隊長といえば――ブラウトガルム=シュヴァルツアイゼン准将――呼び名は『戦車熊』であった。
その巨体――二mはあろうか。前身は強固な筋肉の鎧に覆われており、無数の金属片が刺さった跡が古傷となって刻まれていた。
まさに歴戦の勇者というべき偉丈夫の姿をイ兎は眼の前の霞桜に――一ミクロンも重ねることはできなかった。




