霞桜に射抜かれる二人
「あの時――皇帝宮殿の守りを固めていたのは私たちだったのですよ」
ゆさか副会長がそう告げる。
あたりの風景は揺らぎ、まるで別世界のように展開していく。
「私――コンラート=フュルステンベルクの持つ『マシーネンフュルスト』の能力は、国境要塞『インクイジツィオーンス』です。お見知りおきを」
国境要塞『インクイジツィオーンス』――イ兎と憂衣那はその名前を即座に思い出す。
大陸大戦に備えてオストリーバが国境沿いに建設した要塞群。その中核に当たるのが国境要塞『インクイジツィオーンス』であった。
「『大陸大戦』は不可避でした。外交努力も、アングルハイム連合王国によって水泡に帰しましたからね。参謀本部はすでにそのことを十年以上前から予測し、仮想敵国であるリュシオン共和国国境沿いに大要塞群を築きます。その最大の要塞がこの『インクイジツィオーンス』です。それが私の『マシーネンフュルスト』――あなた方も見たでしょう?帝都防衛線で皇帝宮殿にとりついた『インクイジツィオーンス』の奮闘を」
あたりがゆがむ。それまで大ホールだった部屋が、まるで戦場のように変化していく。
「なるほどな」
憂衣那が鼻の下を軽くこすりながら、合点する。
「あの時の対空砲火はあんたの『マシーネンフュルスト』の能力の発現だったってわけか。さすがは副参謀長殿」
最大限の嫌味を込めて憂衣那は言い放つ。
一方副参謀長――ゆさか副会長は全く表情を緩めず、二人を見下ろしながら口を開く。
「買いかぶらないでほしいですね。たしかに私の国境要塞『インクイジツィオーンス』の『マシーネンフュルスト』の能力によって皇帝宮殿は強化されました。実はその宮殿の門で奮戦した戦車がいたことをご存じですか?グラドスヴェート兵たちに『皇帝門の怪物』と呼ばれた戦車のことを――」
イ兎は思い出す。皇帝宮殿の守りを固めていたのは『私たち』だったというゆさかの言葉を。
ゆっくりと歩みを進める藤原霞桜。
右手を掲げ、その右手には『マシーネンフュルスト』の光芒が宿る。
「藤原さん......あなたも......」
イ兎は呆然としながらその光を見つめる。
霞桜は少し微笑むと軽く、うなずいた。
「わたくしも、『異世界』の記憶がございますの。そして、この『マシーネンフュルスト』の能力も――」
『マシーネンフュルスト』が具現化される。それは『異世界』において『皇帝門の怪物』と呼ばれた――
(重駆逐戦車『ゼーレンヤーガー』!)
重駆逐戦車『ゼーレンヤーガー』、それは『大陸大戦』後期に登場した戦車である。
通常の戦車とは異なり砲塔は回転しないが、一二八mm主砲を有しその装甲は正面二五〇mm、側面でも一〇〇mmを誇っていた。
通常の戦車の砲撃ではその装甲を抜くこともできない。まさに陸上の戦艦という重厚な鉄の塊である。
霞桜の手にはいつの間にか弓が握られていた。そして矢をつがえる。
弓道の心得があるらしい。その矢の先は正確に二人をとらえていた。
瞬間、憂衣那が反応する。横滑りにイ兎を抱きかかえ、そのまま横に転がる。
地鳴りのような咆哮が轟く。
霞桜の発した矢が二人の後ろで爆ぜる。
とてつもない衝撃。二人は抱き合ったまま前の方に吹き飛ばされた。
「とんでもないことするなぁ......この合宿所を吹き飛ばすつもりか!?関係ない生徒たちを巻き添えにして」
「それはご心配なく。『インクイジツィオーンス』の『マシーネンフュルスト』の能力によってこの場は切り分けられました。私たちは『要塞』の中で戦っているのです。流れ弾がいくらあっても、私の『インクイジツィオーンス』の強固な防壁が受けて止めてくれます。なのであなたたちも――遠慮なく能力を発揮してください。『マシーネンフュルスト』の能力を!」
空虚な空間にひびきわたるゆさかの声。すでに霞桜は二の矢を振り絞っていた。
憂衣那が反応する。異世界と同じように『マシーネンフュルスト』の能力を発動するために、気を集中する。
(感じる――『マシーネンフュルスト』の能力――戦艦『ラングトール』の声を!)
彼女の前に具現化する戦艦。それこそが真の『マシーネンフュルスト』の具現化であった。
矢が放たれる。
イ兎をかばい、前に立ちはだかる憂衣那。
まるで隕石のような航跡を描いて、霞桜の矢が突き刺さる。
はじける、火花。
両手でその矢を押しとどめようする憂衣那。
矢は空中に止まり、ゆがみながら憂衣那の心臓を狙って暴れる。
「さすがは戦艦『ラングトール』の能力。しかし、生身では限界があることですわ。もう一押しで、ほら――」
ゆっくりと霞桜は弓をかざす。長い髪が揺れ、そして舞う。
轟音。
矢は火の玉となり、憂衣那を吹っ飛ばす。
したたかに壁に打ち付けられる憂衣那。
それを霞桜は微笑の影を唇に漂わせながら、射抜くように見据えていた――




