神に愛される二人
ゆさかは懐からモノクルを取り出し、それをかける。『異世界』のものと同じ意匠のモノクルである。
指すような目。このどこを見つめているかわからないゆさかの視線が、憂衣那は嫌いであった。
「せっかく、『異世界』の記憶を持っている人間が『四人』集まったのでから楽しもうではないですか。残念ながらティータイムは終りを迎えてしまいましたが」
先程までの口調とは全く異なるゆさか。言葉がまるで氷の剣となって憂衣那の背中を貫くように感じられた。
(四人......?)
イ兎が心のなかでそうつぶやく。
ゆさか、憂衣那、そして自分イ兎。
その答えは。
「そうですよ。藤原霞桜生徒。彼女も我らが眷属でしてね。まあ、その顔合わせの意味も込めて――」
そういいながら右手を上げるゆさか。
その手のひらから青色の光がまるで吹き出す水脈のように弾けて、あたりを染める。
「ま、まさか......」
眩しさに目を隠しながら憂衣那がそう叫ぶ。
「そうですよ。憂衣那どの。わが『マシーネンフュルスト』を発動させます。そうしたほうが貴方がたも遠慮なくここで「『マシーネンフュルスト』の力を発揮できるでしょうから――」
ゆっくりと部屋の風景が変わっていく。
それは昔見た戦場の風景のように――
オストリーバ帝都クローネ=エーベネは陥落の寸前にあった。
東西から連合国の挟撃を受け、前線はすでに街なかに展開しつつあった。
『皇帝陛下は脱出されない。帝都とともに死を選ばれるとの所存。われら帝国軍もそれに従うべし』
参謀本部命令第六八七号。これがエリーアス=フォン=ヒルベルト中尉に与えられ最後の命令であった。
一個中隊をまかされたエリーアス。武器は乏しく、補給もない。
彼我戦力は絶望的。なんとか見知った街を活用して市街戦を挑むも、敵の物量の前に前線はどんどんと帝都の中心に押し込まれていく。
「......残りの残弾はいくつか、副官」
瓦礫に埋もれたビルの一角。壁は崩れ、それに隠れるようして小銃を構えるエーリアス。
後ろを振り向く。床には副官の姿が横たわっていた。鉄のヘルメットには大きな穴が――
すでに中隊はばらばらである。唯一の味方であったヘルバルト=ボック副官も戦死を遂げた。
「......!......!」
グラドスヴェート語の怒号があたりに響き渡る。もう時間の問題である。エーリアスはよろよろと立ち上がる。
ドタドタと先ほどのグラドスヴェート兵たちが部屋になだれ込み、エーリアスを包囲する。
銃を突きつけなにやら怒鳴るグラドスヴェート兵たち。
(降伏シロ!武器ヲ捨テ、地面二フセロ!)
言葉を理解しつつもエリーアスは微動だにしない。武器を手放さそうとしないに苛立ったのか、グラドスヴェート兵たちは小銃のトリガーに手をかけた――その瞬間――エリーアスが翔んだ。ジャンプなどではなくふわりと、まるで舞うように。
慌てるグラドスヴェート兵。小銃を上に構えるが、間に合わない。
足元にはエリーアスが落とした手榴弾。
ビルの上天高くエリーアスが舞い上がる。
爆ぜる。
建物から煙が吹き出し、爆音と瓦礫がそれに続く。
『『マシーネンフュルスト』の能力者らしき敵兵発見!繰り返す!能力者は空中に離脱!後方を撹乱されるおそれあり!最優先での撃滅を!』
この様子を見ていたグラドスヴェートの通信兵が通信機のマイクにそう叫ぶ。
しかし、次の瞬間彼の眉間を銃弾が貫通した。
浮遊するエリーアス。手にはもう空になった小銃をぶら下げて。
『マシーネンフュルスト』。この世界では特殊な能力とされる。
この世界では『工業』が神の力であり、『工業製品』はそれがのりうつった依代とされた。
人々は『科学』を『宗教』のように敬い、『工業製品』もまた魂あるものとして取り扱われたのである。
現代戦において、近代兵器のによる武力の衝突はまさに神々の争いであった。
『神官』たる『技術者』は『神』の言葉をその実験や計算によって導き、その息吹を『工業製品』である兵器に吹き込んだ。
いくつもの優れた兵器が生産され、戦場で活躍する。直接コミュニケーションをとることはできないが、確かにその兵器の声を兵士たちは聞くことができたのである。
そして、その兵器が役割を終えたとき――まれにその兵器は自分の持っていた能力を、その兵器を使っていた『人間』に憑依させることがある。
戦闘機は空を飛び、急降下する能力を。
戦艦は海原をかけ、巨砲を響き渡させる能力を。
戦車は悪路を抜け、乾坤の一擲を叩き込む能力を。
その能力をこの世界では『神に愛された人間』――『マシーネンフュルスト』の能力者と呼んだ――




