第8話 説明会
メディナが富楽の策を進める事に決めた数日後。労働者層の支持を集めるため、民間の組合や団体の代表を集めて説明会を開く事になった。
その説明会が行われる直前、会場の控室で富楽は心配混じりの声を放つ。
「大丈夫か?メディナさん」
富楽の前には、何個かのお守りを両手で握り、不安の表情を浮かべるメディナが居た。メディナは相当緊張しているのか過呼吸気味で、顔色もあまり良くない。そうとう精神にきているのが見て取れる。
メディナの不安の理由は大体察しが付く。
メディナは領民からの信用を完全に失ってしまっている。信用を失っているという事は、それだけ領民を裏切り続けてきたという事だ。そんな彼女が領民達の前に出て来ようものなら、大量の非難の声を浴びるのは想像に難くない。
メディナの背後にはリアとジェーツも居て、二人とも心配そうな顔をしている。
プレッシャーに潰されそうになっているメディナの様子に、こりゃあダメかもしれないなと思い、富楽はメディナに提案する。
「無理そうなら俺一人で対応するが。どうする?」
メディナとは会ってたいして経ってはいないが、彼女が精神的に弱い事はよく分かっている。そもそも出会いからして、メンタルをやった領主がオカルトに手を出したら異世界人が呼び出されたというもの。追い込まれてパニックを起こすくらいは想定しているし、正直土壇場で逃げ出す事も勘定に入れて策を考えている。
メディナが居ない場合の策に切り替えるかと考えていると、メディナは呼吸を整えそれを拒む様に言い放つ。
「私やれます。やらなきゃいけないんです。私がやってきたこと、そしてこれからやらなきゃいけない事なんだから。ちゃんと向き合わないと・・・」
メディナは批判を一身に受ける事を覚悟している様子。メンタルが弱いくせに律儀な人だ。力及ばずとも責任からは逃げたくないというその姿勢、個人的には嫌いじゃない。
「良い意気込みだ。メディナさん」
そんなやり取りの後、富楽とメディナは説明会の会場へと向かった。
説明会の会場には労働組合や政治団体や村の代表が待っていた。
富楽とメディナが会場へと入ると、待っていた人達は二人に視線を集中させる。その視線には怒りの感情が込められており、領主に対する不満がどれほどのものかがひしひしと伝わってくる。
メディナは会見する側の席に座り挨拶をする。
「皆さまお忙しい中ご足労頂きありがとうございます。本日はペンブローク領の経済を立て直すための政策の説明をさせて頂きます」
会場に来ている人達に信用している様子はない。皆疑いの目でメディナを注視している。
そんな視線の中、メディナは説明を始める。
「現在ペンブローク領の景気が悪化し続けているのは、国民が貯金をしたままお金を使わない事によって増えたものです。なので、領民の皆様が貯金を止めれる様に社会保障を充実させて・・・」
メディナの話を遮る様にバァンと机を叩く音が会場に響く。
その後、政治団体の代表からメディナに向けて怒声が投げつけられた。
「ふざけるな!俺達は知っているんだぞ!無駄を減らさなきゃいけないとか言って俺達に流すカネを減らしておきながら、金持ちにはカネを流している事を。それなのに俺達が貯金をしすぎだから貯金を止めろだ?ふざけるのも大概にしろ!」
続いて労働組合の代表が呆れ混じりに話していく。
「メディナ様。私達領民は、貴方が景気を良くしていきます信じてくださいと言うからそれを信じ、これまで汗水流して働き納税してきたのですよ?それなのに、それに報いる事もなく、お前たちが貯金を止めないから景気が良くならないんだなんて言われて、納得できると思いますか?」
続いて農村の代表が落ち着いた様子で語る。
「ワシらが求めておるのは、安心して生活を続けられる様な政策です。景気が悪いのは国民が貯金を止めないからだと言われても、将来の安心のためには備えておかねばならんのです。景気回復のために貯金を止めろと言われても出来んのです。それをご理解いただきたい」
再び政治団体の代表が口を開く。
「だいたい、社会保障を充実させると言った所で、その分のカネはどうするつもりだ?まさか俺達の負担を増やそうってんじゃないだろうな」
メディナは気圧されながらもなんとか答える。
「あの、えっと、通貨不足に関しては、領内限定の紙幣を発行しようと考えていまして・・・」
またまた政治団体の代表がメディナに怒声を浴びせる。
「カネが足りないから増やせば良いなんて!そんな都合のいい話がある訳ないだろ!」
労働組合の代表がたしなめる様に言う。
「メディナ様。通貨が足りないから増やしたいというお気持ちは分かりますが、勝手に領内だけの通貨を発行して皆が使ってくれるはずがないでしょう。もう少し現実的な政策を考えて頂きたい」
評価はボロクソだ。集まっている人達からすれば、メディナは荒唐無稽な夢物語を語っているくらいの認識だろう。
メディナはろくに反論もできず、あうあうと言葉にならない声を発するだけの状態になってしまっている。どうやらメディナはもう限界の様だ。
富楽はここからは俺のターンだと言わんばかりに席を立ち、話し始める。
「ここからは、この度ペンブローク領の経済顧問に就任したわたくし、笹霧富楽がお話しましょう」
富楽が話し始めると、不信の目線はメディナから富楽へと標的を変えた。
自分に意識が集中している事を確認すると、富楽はメディナの説明を引き継いだ。
「まず、社会保障によって貯金を止めてもらう方針に関してですが、この政策において国民に求めるのは貯金を止めてもらう事ではありません。領民の皆様が貯金を止められない理由、その理由を我々に教えて頂きたいのです」
農村の代表が不思議そうに聞く。
「どういう事だね?富楽殿」
「現在ルプス連邦では、国民にカネを渡しても貯金をして使わないから、あまり国民にカネを渡すべきではないという考えが主流になっています。停滞する所に流すのではなく、流れる所に流すべきだという考えですね。その考えが、カネは大衆ではなく資本家の様なカネを運用する側に流すべきだという考えに繋がり、一部の富裕層にばかりカネが流れる構造に繋がってしまった。問題の根底にあるのは、大衆にカネを流しても貯金に回ってしまって景気回復に繋がらないという話なのです」
労働組合の代表が興味深そうに話す。
「ふむ。国民に通貨を渡さない動機そのものをどうにかしたいという事かな?富楽さん」
「はい。何が原因で国民が貯金を止められないでいるのかをハッキリさせ、国民の安心によって貯金を止めれる様にできれば、大手を振って領民の皆様にカネを流せる様になるのです。だからこそ、領民の皆様には何が不安で貯金を止められないでいるのか、貴方達自身の状況を報告してほしいのです」
今度は政治団体の代表が富楽に問う。
「社会保障によって貯金を止めてもらう政策の方針は分かった。だが、もう一つの政策、領内限定通貨の発行。これはどういう事だ?領内限定の紙幣を発行したからこれを通貨として使ってくださいなんて言われて、皆がすぐに使ってくれる様になると思っているのか?」
「はい。その紙幣での納税ができるのであれば通貨として機能します。発行して数日もしない内に当たり前の様に使う様になりますよ」
富楽は自信満々に答えるが、これはやはり信用出来ない様子。
まぁ普通はそうだろう。地方が領主が独自の通貨を発行して、それがまともに機能するとは大抵の人は思うまい。
全く信用はされていないが、領内限定通貨の発行に関しては信用云々は関係ない。通貨として機能させるのに必要なのは政府の調整なので、富楽が調整に関われる以上問題は無いのだ。
会場に来ている人達は腑に落ちない表情を浮かべたままだったが、彼らも通貨として機能しない理由を説明できないため、これ以上の追及はなかった。
その後、富楽は二つの策の細かな内容を説明していく。
社会保障によって貯金に回る通貨を減らすという方針は、自分の貯金の話という事もあって実感もあるからか、それなりの賛同を得る事ができた。
だが、限定的な通貨発行に関しては、通貨の仕組みという一般人では分かりにくいものであったという事もあり、大して賛同意見は得られず、やれるものならやってみろ的な雰囲気で終わる事となった。
そして、その日の説明会は締めにちょっとした質疑応答をして終わりを迎えた。