第7話 笹霧富楽の策
富楽は経済を立て直すための策を話していく。
「一つは景気悪化の始まりである国民の貯金、これに対処するための策だ。社会保障を充実させる事で国民を安心させ、貯金をする動機そのものを無くしていく。国民がカネを使わず貯金に回すのは、将来が不安だから貯金で備えようとしているからだ。だから社会保障によって将来のために貯金をしなくても良い社会を作り、国民の貯金、つまり政府の赤字が増えにくい様にしていく」
メディナは富楽の話を自分なりにまとめる。
「いざという時に政府が助ける様にすれば、国民もわざわざ貯金をしなくて良くなるから、貯金に回るお金を減らす事に繋がるって事ですね」
富楽は「そうだ」とメディナの解釈が正しい事を示すと、次なる策を話していく。
「二つ目は領内限定の通貨を流通させて、カネ不足による産業の衰退を防ぐ策だ。国民の貯金や資本家の利益独占によって流れなくなった通貨を補うため、領内限定の商品券を流し、その紙幣で納税が出来る様にする事で仮の管理通貨制度として機能させる。そして景気が良くなり、通貨の停滞しなくなると共に商品券の供給量を減らして適切な流通量を維持する」
再びメディナは富楽の話をまとめる。
「皆がお金を貯めていて殆どお金が流れていないから、一時的にお金の量を増やしてお金が流れる様にしよう。領民がお金を貯めなくなるとお金が流れ過ぎる様になるから、お金を回収して調整しようって感じですね」
富楽は「ま、そんなとこだ」と言うと、次なる策を話していく。
「そして三つ目は法人税の増税。法人税を増税する事で現場で働く人達に通貨が還元される様にする」
富楽の話にメディナは驚き質問を投げかける。
「え!?企業への税金を減らせば、結果的に労働者へ還元されるお金も増えるんじゃないんですか?」
「法人税ってのは利益に対して税が課される税制度でな。設備費や人件費といった経費にはそもそも税が課せられていない。言ってしまえば設備や人材にカネを流せば税が免除される仕組みなのだから、法人税があるから現場に利益を還元できないなんて事はありえない。むしろ法人税を減税すると現場にカネが流れなくなるのさ」
そこまで聞いたメディナはおずおずと申し訳なさそうに片手を上げた。
「あ、あのー。私法人税減税しちゃったんですけど・・・」
メディナの顔は青ざめ、やらかしちゃったと表情で語っている。この反応、十中八九メディナは資本家達の言い分にでも騙されたのだろう。
企業が利益を出すと労働者層にも還元があるというのは、結構それっぽい話だからなんとなく納得してしまうのも分からなくもない。だが、利益とは労働者や設備等へカネを出した後で残ったものになるので、企業が利益を増やすというのは労働者や設備にカネを出さなくなる事も含まれている。
そして出資者は企業が利益を出す分、自分の取り分を増やす事ができる。だから資本家は人件費や設備費に回るカネを減らさせるために法人税を減らそうとするものなのだ。
「大丈夫、織り込み済みだ。むしろその法人税減税を元に戻す事が目的だからな。企業の利益独占に対してちゃんとペナルティが課される状態に戻し、人材や設備に通貨が流れる様に促す正常な税制度に修正する。税制度が修正できなきゃ根本的な解決にはならんからな。ただ、法人税の増税を進める場合気を付けるべき事がある」
「気を付けるべき事?」
「法人税を増税しようとするとなると、本格的に資本家達と対立する事になるからな。今のまま資本家と対立すると、俺達は権力に潰される事になるだろう。だから法人税の増税は、先に大衆や組合等の支持を得て支持基盤を確保し、資本家達と戦えるだけの力を得てからになるな」
一通り策を話し終わると、富楽はパンッと手を叩き締めに入る。
「社会保障により将来の不安を解消し貯金に回る通貨を減らし、疑似的な通貨発行により通貨を増加させる事で、需要不足に対応すると共に領民特に労働者層の生活を改善。そうして労働者層の支持を集め、支持基盤を確立させ、本格的に税制度の修正にかかる。ここまでが俺の策だが、どうする?メディナさん」
策を聞いたメディナは一息つくと富楽に質問する。
「その策で、ペンブローク領の経済は立て直せるのですか?富楽さん」
不安や疑惑から来る質問ではない。成功を確信させ自分を鼓舞する言葉を聞きたがっている。そんな雰囲気の質問だった。
富楽はその要望に応える様に返す。
「あぁ。必ず成功させる」
自信に満ちたその言葉を聞いたメディナは覚悟を決めた。
「やりましょう富楽さん。貴方の策でペンブローク領の経済を立て直しましょう」