第5話 資料を見た後店に行き
街を見て回った後、屋敷へと帰り、富楽はヴィヴィエットにペンブローク領の状況を把握できる資料を用意してもらう事にした。
いくつかの資料に目を通し、街の様子と資料のデータを照らし合わせた事で、このペンブローク領の大まかな事情は分かった。
単刀直入に言うと、メディナは有力者の傀儡として仕立て上げられた領主だった。
この国の権力構造は、いくつもの領があつまり国家を形成している連邦制であり、各領にはある程度の自治権が認められている。感覚としては州に近い感じだ。
そして領内の政治は基本的に領主が行うのだが、今の領主が領主にふさわしくないとされた場合、領内の有力者達は領主を辞めさせる権限を持っている。一定割合の賛成意見が集まると、現領主を辞めさせて別の奴を領主にする事ができるため、この国での領主はそこまで凄い権力を持っている訳ではない様だ。
一応一般の領民が有力者の権限を抑えるための制度はあるのだが、残念ながら機能しているとは言い難い。領民は大勢で集まり訴える事で問題のある有力者の権限を剥奪する権利をもってはいるのだが、大衆に十分に周知されていない。労働組合や団体の代表として一領民が有力者になる事もできるのだが、資本家系の有力者の方が多く、それを抑えるだけの数が足りていない。
結果、資本家系の有力者がメディナの様な政治力の低い領主を用意し、領民の不満を領主におっかぶせて好き勝手やるという事になってしまっている。メディナは優秀だから領の代表になれたのではなく、優秀でないからこそ領の代表になったのだ。
「なるほどこういう状態か。メディナさんに必要なのは大衆の支持だな。大衆からの支持を得られれば、資本家系の有力者も好き勝手できなくなる。そのために必要なのは・・・」
富楽が考えをまとめながら呟いていると、
「フーさん、追加の資料です」
ヴィヴィエットが新たな資料を持ってきた。
「お、ありがとうヴィヴィさん」
礼をいいながら資料を受け取る富楽にヴィヴィエットは期待と不安の混じった質問を投げかける。
「どうですか?フーさん。このペンブローク領の問題、解決できそうですか?」
「あぁ。通貨の量は減らされ、一部の富裕層にばかり通貨が流れる難儀な状態だが、まだ領内の産業が失われてはいないからな。やりようはある。おおよそ考えはまとまったし、さっそくメディナさんに説明を・・・」
と話している最中、グゥーと富楽の腹の虫が言葉を遮った。
そういえば朝食を食った後はチョコを少し食ったくらいでろくに食べていなかった。窓の外を見ているとそろそろ日が落ちそうな頃合いだ。結構な時間資料を見て、情報を頭に入れ続けたため流石に腹が減った。
腹の虫に邪魔をされて固まっている富楽を見て、ヴィヴィエットはクスクスと笑いながら提案する。
「これから一緒に食事に行きませんか?フーさん。メディナ様は用事で夜まで帰ってきませんし」
富楽は伸びをしながら答える。
「ま、切りが良い所ではあるし、腹ごなしといくか」
こうして富楽とヴィヴィエットの二人は外食のために外に出た。
富楽はヴィヴィエットに案内され、屋敷から出て少し歩いたところにある大衆食堂へと入っていく。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、無邪気で元気な声と共に歳は二桁にもいかないくらいの小さな女の子がテトテトと二人の元に歩いてきた。
他に人は見えない。一瞬こんな小さな子がこの店をやっているのかと思ったが、
「おかーさーん。お客さんがきたよー」
無邪気で元気な少女は母親を呼んだ。
すると調理場にでもいたのだろうか、少しくたびれた感じの女性が店の奥から出てきた。
「お待たせしました。お二人様ですか?」
「はい」
二人は席に案内されて席に座り、ヴィヴィエットは慣れた口調で注文を済ませる。
料理を待つ間、富楽とヴィヴィエットは会話をし始める。
「客は俺ら二人だけか、昼飯時ではないにしても少ないな」
「昔はこうじゃなかったんですけどね。景気が良かった頃は、労働者階級の人達もちょっとした贅沢ができる様になっていて、これからは庶民向けの外食産業が発展すると言われてたんですが、景気が悪化してからというもの、どこもこんな感じですよ」
「なるほどねぇ、景気の揺れ動きに振り回されちゃった訳か」
「なんとか助けてあげたいんですけどね。今の私に出来るのは、積極的に利用してお金を流してあげる事くらいしか・・・」
ヴィヴィエットも自分なりに今の不景気をどうにかしたいとは考えてはいる様だ。
今回富楽を食事に誘ったのも、出来るだけ店を利用して景気を回そうという考えからなのかもしれない。
「まぁ俺に任せときな。ちゃんとした経済政策さえすれば、ここも昔みたいに客が来てくれる様になるさ」
富楽が堂々と言い放つと、横から少女の声が割り込んでくる。
「それってほんとう!?」
店に入った時に対応してくれた少女が煌めかせた瞳を富楽に向けていた。
少女がさっきまでの話を聞いていた事、この店の現状、そして少女の期待に満ちた眼。富楽はそれらを察し、わざとらしく演技めいた口調で無邪気で元気な少女に返答する。
「あぁ本当だとも。なにせ俺はこの世界を救うために別の世界から来たヒーローだからな。俺がこの国に来たからにはこの国も救われたも同然だ」
少女は期待の眼差しを富楽へ向ける。
「じゃあ前みたいにお客さんでいっぱいになる?」
「もちろんさ」
「じゃあじゃあ、お父さんも一緒にお店で働ける様になるかな?」
「ん?それはどういう事だ?」
とその時、くたびれた感じの女性が頼んだ料理を持ってきた。
「ご注文の品をお持ちしました」
富楽とヴィヴィエットの前に料理を並べると、くたびれた感じの女性は申し訳なさそうに一礼する。
「申し訳ありません。うちの子がご迷惑を」
「いえいえ、お気になさらず」
続けて、くたびれた感じの女性は少女に向けて言い聞かせる様に言う。
「ミニア、ここはもういいから自分の部屋に戻ってなさい」
「はーい」
ミニアと呼ばれた無邪気で元気な少女は母親の言う事を聞き、店の奥に行き姿を消した。
少女が居なくなるのを確認すると、ミニアの母親は富楽に向けて話す。
「お客さま、お気持ちはありがたいのですが、あまりあの子を期待させないでください。変に期待させて後でがっかりさせたくはないので」
「そうか。それは少し悪い事をしたな。ところで、さっき景気が良くなると父さんも一緒にお店で働ける様になるとか聞いたんだが、もしよければ事情を聞かせてくれないか?」
ミニアの母親は少し考え、事情を話始める。
「この店は少し前まで私と夫の二人で営んでいたのですが、最近の不景気ですっかり客足は遠のいてしまい、しだいに店の利益だけでは生活がままならなくなっていきました。このままでは生活ができないので、夫は外で日雇いの仕事をして生活費を工面する様になったのです」
「ふむふむなるほど。景気が良くなって店の利益だけで生活できる様になれば、昔の様に夫婦二人で店を営む事ができると思っての発言か」
「はい。このまま不景気が続く様なら、いっしょに店を続けるどころか、店もたたまなければならなくなるかもしれません」
「そっか」
彼女のくたびれた表情の理由がよく分かった。将来への不安に苛まれた結果、精神的な疲労が顔に出てしまったのだろう。
「申し訳ありません。お客さんにこんな愚痴の様な話を」
「こっちが聞いたんだ。気にする必要はないよ。それに、さっき娘さんに話してた景気を回復させるって話は優しい嘘をかました訳じゃない。後一月もせんうちにカネが流れる様になって、客足も戻るだろうさ」
ミニアの母親に喜んでいる様子はない。
表情から察するに、ミニアの母親は富楽を信用してはおらず。妄言でも言っているかのような印象だろう。まぁ偶然店にきた客が、これから景気が良くなるよと言っていた所で信じる奴はそういないだろう。
まぁ今の所はただの妄言でいい。経済政策とは結果で示すしかないのだから。
ミニアの母親がその場を離れると、富楽とヴィヴィエットは食事を始める。
「絶対景気を回復させましょうね、フーさん」
「あぁ、当然だ」
食事をしながら意気込みを伝えるヴィヴィエット、それに応える富楽。
店で出された料理を堪能しながら、二人は改めて景気回復の意思を強めた。