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第4話 異世界に来て次の日

 異世界に来て一日が過ぎた朝、富楽はメディナの屋敷の一室で目を覚ました。

 領主の屋敷という事もあってかなり上等な部屋だ。富楽の元居たアパートの一室よりもずっと広く、掃除も行き届いていて、ベッドもふかふかでとても寝心地が良かった。おかげで異世界に来たばかりでもぐっすりと熟睡できた。

 富楽は寝間着から元々着ていた服に着替え、ベットのすぐ横に置かれていたハンドベルを手に持つ。


「えっと、確かこれを鳴らせばいいんだっけか」


 昨日、用がある時にはこのベルを鳴らしてくださいと事前に伝えられている。恐らく屋敷の使用人を呼ぶためのものだろう。

 富楽はさっそくベルを鳴らし、誰かが来るのを待つ。


 しばらくすると一人のメイドが富楽の元へとやってきた。

 癖毛で赤毛のメイド。歳はメディナよりも少し上くらいか、元気で快活そうな印象を受ける女性だ。

 そのメイドはさっそく自己紹介に移る。


「こんにちは富楽さん。私はヴィヴィエット・フービエン。ヴィヴィって呼んでください」


 ヴィヴィエットと名乗るメイドは会って早々自身をあだ名で呼ぶ事を要求してくる。よく言えば親しみやすく、悪く言えば馴れ馴れしい、そんな印象だ。


「うむ、よろしくヴィヴィさん。ヴィヴィさんは俺の事は聞いてるのかな?」


「はい。異世界から来たんですよね?リア先輩から話は聞いていますよ」


 もしかしたら富楽が異世界人だという事は知らせていないのかもしれないと思い、一応聞いてみたが、どうやらちゃんと情報共有はされている様だ。

 魔法的なものが存在しないとされている世界らしいので、無暗に事情を話すべきではないだろうが、この屋敷の関係者には気にせずに話せそうだ。


「既に聞いているだろうが、俺の名は笹霧富楽、異世界人だ。俺の方も気軽な感じにフーさんとでも呼んでくれ」


「はい、フーさん」


 相手のノリに合わせて富楽もあだ名で呼ぶ様に促すと、ヴィヴィエットはすぐに順応して見せた。

 会って間もないが、なんだかヴィヴィエットとは気が合いそうな感じがする。富楽はあまり気を遣いながら話すのが得意ではないため、気軽に話せそうなのは有難い。

 互いに自己紹介も済んだことだし、富楽はさっそく本題に入る。


「経済政策を進めるうえで街の様子を見ておきたい。後、世論を把握できる様な所があれば行きたいんだが・・・」


「世論が分かる所ですか・・・。だったらあそこかな」


 どうやらヴィヴィエットには心当たりがあるらしい。ここは現地人であるヴィヴィエットを当てにするとしよう。


 富楽とヴィヴィエットは朝食と身支度を済ませ、街へと繰り出した。

 二人は街の様子を見て回りながら歩みを進める。

 街を見て回っていくつか分かった事がある。

 この世界は富楽の居た世界とは文字も言語も異なる。だが、なぜか富楽はそれを理解できている。あまりに自然に聞き取れていたせいか、この世界に来た当日は意識すらしていなかったが、とても不思議な感覚だ。

 エルフだとか獣人だとかのファンタジー色の強い存在は特になく、この世界の人類には精々目の色髪の色くらいしか違いはない様子。なんというか、転移のしがいがない世界だ。

 この世界の文明レベルも大体把握できた。

 馬車と自動車が同じ道を通り、馬車から自動車へと時代が移り変わろうとする時代。所々に工場が建てられているのも見え、線路が通っているのを見るに列車もある様だ。産業革命真っ只中といった所か。

 その時、案の定列車が線路を辿る。だが音が妙だ、ウォーンという妙な音を立てていて、明らかに蒸気や電気の音ではない。


「なんだ?あの音。蒸気機関とかじゃないのか?」


「ジョウキキカン?なんですか?それは。列車の動力なら流気動力機関ですけど」


 ヴィヴィエットもどうやら蒸気機関というものを知らないらしい。代わりに流気動力機関という聞きなれない言葉が出てきた。


「え?何それ。魔法とかじゃないの?」


「違いますよー。えーっと確か、大気中のエネルギーを動力にするとか・・・、そういう感じのです」


 ヴィヴィエットの反応を見るに、どうやらこの世界は富楽の世界とは異なる理の科学技術が確立している様だ。理そのものが異なるのであれば、富楽のにわかな科学知識が役に立つ事は無さそうだ。


 そしてしばらく街を見て回っていくと、景気の状況もだんだんと分かってきた。

 街はインフラが行き渡っており、国民が生活自体に困っている様子はない。だが、街には活気が無く、人通りも少なく、道を通る人々にもどこか元気がない。

 発展している筈なのに衰退しているこの感じ、デジャヴを感じずにはいられない。


 歩みを進めている最中、ヴィヴィエットがふと思い出した様子で富楽に質問を投げる。


「そうそう、フーさん。この国の経済を立て直すって話、本当に引き受けて良かったんですか?フーさんは訳も分からないままこの世界に連れてこられた言わば被害者。そんな被害者にいきなり経済をどうにかしてほしいなんて、リア先輩も結構気にしていましたよ?」


 富楽は異世界転生だの異世界転移だのの作品に良く触れていたから、そういうもんだと認識していたが、なるほど確かに。

 相手の了承を得ずに異世界に連れ去って、自分達を救えと言うのは身勝手極まりない主張だ。普通なら負い目も感じるのが普通か。

 とは言え、富楽は本当に気にしていないのだ。


「俺は別に気にしてねぇよ。メディナさん達にも言ったけど、俺は元の世界で死んだ感じだし。元の世界で死ぬはずだったのがこうやって生きている。むしろ命の恩人みたいなもんだ。それに経済の問題ってのは俺も少し思う所があってな。どうにかしたいって気持ちがあんだよ。だから頼まれてなかったとしても俺の方から提案したよ。むしろ良かったのか聞きたいのは俺の方だ。俺は別の世界から来た異世界人だぞ?そんな俺の意見を当てにするなんてさ」


 普通に考えたら、異世界人なんて胡散臭い奴に経済政策を考えてもらおうなんてありえない事だ。なのに変な儀式めいたもので呼び出した異世界人に内政をどうにかしてもらおうなんて、何が起きてそうなったのかこっちが聞きたいものだ。

 ヴィヴィエットは何か思う所があるのか溜息を吐き、事情を話し始める。


「フーさん。実はこの領の問題は、領民を意見を聞いて進めていった事で起きてしまったんです」


「ほう」


「メディナ様は領主としては若く、知識も経験も不十分でした。なので領内の有力者達の意見を聞きながら政策を進める事になったんですが。それが格差の拡大という結果に繋がっちゃったんです。領内の有力者達は自分達が儲かる様にする要求ばかりで、結果メディナ様に意見できる有力者にばかり利益が集中する様になってしまって、格差は拡大。領民に意見を募るというのは既に失敗しているんですよ」


 なるほど、恐らく民間企業の代表あたりに意見を聞いてしまったのだろう。民間の組織が自分達の利益を追求するのは当然の事。政策決定に関われるとなれば、自分達の利益に繋がる様な政策を施行しようとするものだ。これに関してはそれを抑え込めなかったメディナの責任と言わざるを得ない。

 まぁあの若さで領を統治するとなれば傀儡になるのも仕方ない気もするが、そんな事情、領民には関係ないのだ。同情はできん。

 

「あー、そいう事ね。俺の居た国でも同じような事はあったよ」


 政府の政治力の低さと民間企業の利益追求。これが最悪の組み合わせを産み出している状態。どうやらこのペンブローク領は富楽の元居た国と近い問題を抱えている様だ。嫌な所で親近感を感じる。

 そう考えると、富楽がこの世界に来たのも偶然とかではなく、運命的な何かが作用しているのかもしれないなと考え歩いていると、


「着きましたよフーさん」


 目的地に到着した様だ。

 目の前に在るのは喫茶店だった。特別変わった感じは無く、良くある街を歩けば一つくらいは見つかるであろう喫茶店。


「ここか?」


 世論を知るために喫茶店に行くという習慣がなかったため、不思議そうな表情を浮かべるが、ヴィヴィエットは自信ありげに説明する。


「この国では、政治やビジネスの話をする時に喫茶店でコーヒーを嗜みながら話し合うのが一般的なんですよ。身分の差を気にせずに話し合える社交の場って奴ですね」


 この世界にはまだインターネット的なものは無い。だからこそ、こういった場が政治や経済について話し合う場になるという事か。

 二人は喫茶店の中に入る。内装も何の変哲もない喫茶店、変わった所と言えば昼飯時の飲食店ぐらいに人が居て、それぞれ何かの話し合いをしている所くらいか。

 ヴィヴィエットはカウンター席に座り、富楽もそれに合わせて隣に座る。そんな二人を見て喫茶店のマスターは歩み寄り、話しかける。


「ご注文はいかがなさいますか?」


「えっと、じゃあ私はカフェモカとナッツチョコを、フーさんはどうします?あ、お金なら活動費としていくらか渡されているので気にしなくていいですよ」


「ふむ。じゃあ同じので」


 富楽の意見を聞き、ヴィヴィエットはマスターに向け注文を伝える。


「カフェモカとナッツチョコを二つずつで」


「かしこまりました」


 注文をしてしばらくすると、頼んだカフェモカとナッツチョコが置かれる。


「では、ごゆっくり」


「ちょっといいですか?少し聞きたい事があるんですけど」


 とヴィヴィエットは注文した品を置いたマスターを引き留め、富楽に向けてアイコンタクトを送る。どうやらこのマスターに話を聞いてみろという事の様だ。

 富楽は話を引き継ぐ様にマスターに質問を投げかける。


「俺はこの領における昨今の経済政策とそれに対する世論に関して調査していてな。この領では今どんな経済政策が行われていて、それに対してどんな世論になっているのか知っていたら教えてくれないか?」


 普段からこういった質問をされる事が多いのか、マスターは慣れた感じで返してくれた。


「中央政府が赤字削減の方針を掲げてから、このペンブローク領では構造改革によって無駄を減らし、必要な所にだけの出費に絞る事で赤字を削減する方針を掲げました。ですが、無駄を減らすと言われて減らされたのは現場で働く人達への還元で、資本家や経営者へ行き渡るお金は減る所か増えるという結果になり、格差拡大に繋がってしまったのです。本当に必要な所にお金を流さずに権力者にばかりお金を流しているため、世間では領主が領内の有力者と癒着している等と噂になっていますね」


 どうやらメディナの評判はすこぶる悪いらしい。耳を澄ませると他の客がメディナの悪口を吐いているのもちらほらと聞こえてくるし、メディナに問題があるから衰退してしまったというのは、この領の共通認識と見ていい様だ。


「そっかー、構造改革に手を出しちゃったかー。そりゃあ格差も拡大するわな」


 納得する富楽だったが、ヴィヴィエットはいまいち把握できていない様子。


「ねぇ、フーさん」


「なんだい?」


「なんで無駄な支出を減らそうとしたら格差が拡大するんですか?」


 ヴィヴィエットはまるで先生に質問する生徒の様に聞いてきた。マスターも気になるのか聞き耳を立てている。


「そもそも構造改革で赤字を減らすってのは、要らない所にカネを流さずに必要な所にだけカネを流しましょうって事になるんだが、ここで問題となるのがカネを流す立場である出資者や経営者層だ。それらが無駄な出費を減らさなければならないとなった場合、十中八九現場で働いている人達への還元を減らし、自分達の報酬を守ろうとする。出資者や経営者層が自分達への報酬を無駄な出費にカテゴリする事はまず無いと考えていいからな。だから現場で働いている人への報酬を無駄な出費扱いして減らそうとする訳だ」


 それを聞いてヴィヴィエットもなんとなく分かった様子。


「あー、なるほどー。お金を流す立場の人達が自分の給料を無駄な出費だなんて言う訳ないですもんね」


「構造改革で格差を広げない様にしようとすると、政府に自己の利益拡大を目論む出資者や経営者を抑え込むだけの政治力が必要となる。ペンブローク領の領主にはそれだけの政治力がなかった、だから資本家や経営者にいい様に言いくるめられる結果になってしまったんだろうな」


 おおよその問題は分かった。

 政府支出の削減、構造改革、格差の拡大。富楽の世界と同じような事が起きているのであれば策はある。

 屋敷に戻ったらいくつか資料に目を通し、政策の調整をして、メディナ達に富楽の案を伝えるとしよう。

 それから富楽とヴィヴィエットは、コーヒーを嗜みつつ、しばらく雑談をして喫茶店を後にした。

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魔法はないと言ったな?スマンあれは嘘だ(騙したなぁぁ!) 資本家が力持ちすぎなのが諸悪の根源だし、労働組合や共産党でも組んで張り合わせるのかな?
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