第21話 サルーキ領からの来訪者
シュナウザー領でのパーティーから二か月ほどの時が経った。
ペンブローク領の経済は安定期に入り、現在の政策を進めていけば大丈夫といえる状態にまでなっていた。富楽が経済政策の方針を伝える事に力を入れていた事もあり、政策の内容を理解できる人も増え、富楽が居なくとも制度の運用が出来る様になってきたそんな頃。
富楽とメディナは最近ペンブローク領で起きている、ある事について話し合っていた。
「という事なんですけど、どうしましょう。富楽さん」
丁度メディナが説明を終えると、富楽はため息を吐き、うっとおしそうに言う。
「不法移住者かー、面倒だなー」
最近になって、サルーキ領からペンブローク領へ不法に移住しようとする者が増えてきていた。
サルーキ領の経済状況は富楽が来る前から酷く、サルーキ領からの不法移住者は前々からサルーキ領の周囲では問題になっていた。少し前まではペンブローク領もひどい状況だったため、わざわざ不法に入り込んでまで移り住む意味もなく、不法移住者もあまり寄り付かなかったが、景気が回復した事により、ペンブローク領に侵入しようとする人が増えてしまったのだ。
「可哀そうですけど、受け入れる訳にはいきませんしね」
メディナも助けたい気持ちではあるが、かといって気軽に受け入れて良いものでない事も理解している。ここで不法移住者を受け入れて苦しむのはペンブローク領の領民達だ、領主であるメディナが、他領の領民のために自分の領民を犠牲にしていい訳が無い。メディナとしては、憐れみつつ見捨てるしかないのが現状だ。
「さて、どうしたものか」
富楽は考える。
不法移住者は非常に厄介な存在だ。景気が回復してきてこれから人手が必要になるという時に、人員をそれの対処に回さなければならない。受け入れたら受け入れたで、領民がまともな仕事に就けなかったり、過当競争で労働者の待遇改善が行われなくなったりと、経済を成長させるうえでは邪魔にしかならない。
ペンブローク領としても、サルーキ領に抗議はしているし、正当な手続きをせずに領に入る者は当然送り返してはいる。だが、サルーキ領の景気が悪化し続けている事もあるのだろう、不法移住を試みる人が減るどころか、増え続けているのが現状だ。
サルーキ領の領民は、領は違えど同じルプス連邦の国民。無下には扱えない。そしてサルーキ領をどうにかしようにも、別の領の事であるため内政干渉はできない。いくつもの領が合わさってできた国であるルプス連邦の構造上の問題がここに来て浮き彫りになっていた。
富楽とメディナが不法移住者の問題について考えていたそんな時、屋敷のベルが鳴り、来客を知らせた。
メディナの屋敷に訪れたのはサルーキ領の貴族であった。
名をオルドル・エオレ・ランダント。歳は40代前半くらいだろうか。貴族という事だが、とてもそうは見えない外見をしている。身だしなみこそちゃんとしているが、かなり痩せて、いや、やつれている。余りにもやせ細っているため、物乞いにでも影武者をやらせているのかと思ってしまうほどだ。
彼は経済政策についての話がしたいとの事で、富楽も同席し話す事となった。オルドルは富楽とメディナに要望を伝える。
「メディナ様、富楽様、貴方方の功績を見込んでお願いします。どうか、どうかサルーキ領を救うため、知恵をお借りしたい」
真剣な声色でそう言うと、オルドルは頭を下げた。
そんなオルドルに対し、メディナは丁寧な口調で言う。
「頭を上げてくださいオルドルさん。何をするにも状況を把握しなければなりません。まずは詳しい内容を聞かせてください」
オルドルは頭を上げ、サルーキ領の現状の説明を始める。
「サルーキ領では、領主のベントランが有力者達と癒着しており、弱い立場の人達から富を奪い、権力者が富を独占する状態になっています。多くの領民は働いても貧しいままで一向に豊かにならないので、仕事を続ける人も減ってしまい、もはやサルーキ領にはまともな産業も無く、自分達で必要な物も作れないうえに、他の領や国から必要な物も買えなくなってきています。もはやサルーキ領は自分だけではどうにもならない程衰退してしまっているのです。産業が失われたサルーキ領を、どうにか救う事はできないでしょうか」
「そうですか。サルーキ領でもその様な事が」
メディナはオルドルの話を聞いて思い返す。
かつてのメディナも有力者の言いなりになっていて、領民からも権力者と癒着している等とよく言われていた。もし富楽が来なかったら、サルーキ領と同じように領民が生活できなくなるまで追い込んでしまい、不法移住者の原産地になっていたかもしれない。そう思うと、とても他人事の様に思えなかった。
「ふむ。ペンブローク領では産業が失われる前にどうにか出来たが、サルーキ領では格差拡大を放置して産業が失われたか。産業がないと当然仕事もなくなるし、買う物だって作れないからな。領民が別の領に逃げ出すのも無理もないな」
そう言って策を考え始める富楽に、メディナは質問を投げる。
「どうですか?富楽さん。サルーキ領はペンブローク領の隣、他人事でもないですし、どうにか助けてあげたいんですけど」
富楽は少し考えて解答する。
「まぁ出来なくもない」
富楽の発言にオルドルは即座に嬉しそうな反応をする。
「本当ですか!」
「だが、供給能力が失われているとなれば、ペンブローク領よりも事態は深刻だ。供給能力を再生させる所からやらなきゃいかんし、現地の状況を見ながら進める必要がある。やるとすれば俺はペンブローク領から離れる事になるんだが、どうする?メディナさん」
富楽はメディナに決断を迫る。
「つまり。サルーキ領を救うなら、私は富楽さん無しでやっていかなければならないのですね・・・」
メディナもいずれ富楽無しで領を統治しなければならないとは思っていた。しかし、それはずっと先の事だとも思っていた。だからこんなに早く自分でやらなければならなくなるとは思っていなかったのだ。
経済もある程度であれば富楽から教わっているし、経済政策も今は軌道に乗っている。だけど、怖かった。富楽がいなくなったら、またペンブローク領の経済がボロボロになるのではないかと不安だった。しかし同時に思う。サルーキ領の人達は今ごろ苦しんでいるのだろうと、助けを求めているのだろうと。メディナは自分の不安とサルーキ領の人達への思いを天秤にかけ、富楽に聞く。
「もし富楽さんがサルーキ領に出向けば、サルーキ領の人達を、今苦しんでいる人達を、助けてあげる事は出来ますか?」
富楽は笑顔で即答する。
「俺が出来ないと思うか?」
ここでメディナは決めた。サルーキ領の経済再生のため、富楽に出向いてもらう事を。そして富楽が居ない間、自分の力でペンブローク領を守る事を。




