第16話 マクロの考えとミクロの考え
有力者会議を終え、屋敷へと帰る馬車の中、メディナは勝利したというのに不満そうな顔を浮かべていた。
「まぁね。私はペンブローク領の領主だからね。私が責任を取らなきゃいけないって事は分かりますよ?でも、エイマンさん達にお咎めなしなんて・・・」
拗ねた口調でグチグチと話すメディナ。
有力者会議では、これから仲良くしましょうみたいな事を言っていたメディナだったが、内心だと、なんであいつらを無罪放免にしなきゃいけないのかという気持ちでいっぱいだった事だろう。
富楽がペンブローク領が一丸となる事の必要性について説明していたため、メディナも一応納得はしている。納得はしているものの、気に入らないものは気に入らない。だから関係者しかいないこの空間で不満をぶちまけている訳だ。
愚痴っているメディナを宥める様に、馬車に同乗しているリアが言う。
「まぁまぁ、これで有力者の皆様の協力が得られるのですから。和解できるなら、和解するに越したことはないでしょう?」
「むぅー。そうですけどー。エイマンさん達は会議が終わった後にこっちを恨む様に睨んできてたんですよ?あの様子だと絶対仲良くする気ないですよ」
富楽はそんなメディナの不満を笑い飛ばす様に言う。
「ハッハッハッ。そりゃあいくら譲歩したからといっても、向こうさんからすると自分達の立場を弱めた事に変わりはないからな。多少恨まれるのは仕方ないさ。エイマンさん達との和解は、あくまで経済政策の妨害をしないでもらう事が目的だ。敵対しない方が損をしないと思ってくれれば、それで良いのさ」
ここでリアは素朴な疑問を富楽に投げかける。
「それにしても、なんで政府と有力者が対立しないといけないなんて事になっちゃうんですか?」
「ほんとですよ。確か、資本家がお金を独り占めしなければ、産業が成長してお金の価値も上がって結果的に資本家の皆さんも得をするんですよね?なのになんで、国全体、領全体を豊かにする事を邪魔しようとするんですか?普段は皆のためにーとか国を豊かにするんだーとか言ってるのに」
メディナもリアに続いて富楽に質問をした。それに対し、富楽は軽い口調で答えていく。
「あー、そいつはマクロ経済とミクロ経済で考え方が違うからだな」
「マクロ経済とミクロ経済?」
メディナとリアは首を傾げる。ただ二人が知らないだけなのか、この世界では別の名称で呼ばれているのかは分からないが、どうやら初耳らしい。
そんな二人に対して、富楽は意気揚々と説明していく。
「マクロ経済は全体を豊かにする事を追求する学問で、主に国全体や領全体の経済成長を目指すものだ。そんで、ミクロ経済は個人を豊かにする事を追求する学問で、主に特定の個人や企業の利益拡大を目指すものだ。利益を独り占めすればするほど良いとするミクロ経済と、皆で豊かになろうとするマクロ経済はどうしても対立する事になるからな」
リアは率直な感想を述べる。
「なんだか、マクロ経済とミクロ経済って敵同士みたいですね」
「敵同士というのは少し違うな。経営者層は基本的にミクロ経済に基づいた活動をするんだが、ミクロ経済は標準設定に問題があってな。自己の利益の最大化を目指すものだから、自由にやらせると、設備費や人件費といったコストを減らしたり、消費者へ売る商品の量や質を減らす事でコストを減らしたり、過剰に商品の値段を吊り上げたりする様になる。そんなろくでもないやり方での金稼ぎを見過ごしてしまうと、商品の供給能力への信用の低下、つまり通貨に対する信用低下にも繋がってしまう。だから、そうならない様に修正するために、マクロ経済に基づいた経済政策が必要になるんだよ。今回の法人税増税とかがそうだな」
メディナはポンと手を叩き納得の表情を見せる。
「あー、確かに。現場にお金が流れなくなったの、法人税を減税してからでしたね」
ふと気になったのか、リアは富楽に質問を投げかける。
「あのー、たとえ法人税を減税したとしても、正義感や誇りを持った経営者が、設備や人材にちゃんとお金を流したり、良い商品を作って適正価格で売ってくれたりしてくれる、なんて事にはならないんですか?」
富楽はそんな素朴な疑問をスッパリと切り捨てる。
「無理だな。たとえ既存の企業が矜持を持った経営をしていたとしても、いずれコストカットで利益を出すライバル企業が現れて、価格競争によって敗北する事になるだろう。生活で手一杯の庶民に、労働者に利益を還元している商品かどうかを調べろ、労働者のために高くても買えってのも無茶な話だからな。法人税を減税しておきながら現場にカネが流れる様にするには、全人類が聖人君主にでもならん限り実現できんよ。そもそも、経済政策で国民の善意に期待するのが間違っている」
リアはシュンとした表情で呟く。
「そうなっちゃうんですかー」
リアとしては人の善意に期待したかったのだろうが、残念ながらこれは経済政策の話なのだ。善悪で語れる話しではない。
しかし善悪で語れないからこその良い所もある。
「だが逆に言えば、それだけ損得勘定ってのは経済において絶対的って事だ。だからマクロ経済に基づいた経済政策を行えば、労働者の事を毛ほども考えていない金の亡者ですら労働者へ十分なカネを流す様になる。結局世の中カネ次第。だからこそ、全体の豊かさを追求するマクロ経済が重要なのさ」
メディナは学校の生徒が如く挙手をして質問する。
「富楽さん。これってミクロ経済を無くしてマクロ経済だけにしちゃダメなんですか?皆が自分の事ばかりを考えず、全体の事を考えてくれる様になれば良いんじゃないかなって思うんですけど」
富楽はそれをバッサリと切り捨てる。
「それはそれでダメだな。個人の利益の追求を否定なんてしたら、全体のために個人を犠牲にする事態が横行する様になってしまう。マクロ経済の理屈だけだと、全体のために個人を蔑ろにする様な政策が進められるし、ミクロ経済の理屈だけだと、強い個人のために弱い個人を蔑ろにする様な政策が進められる。そしてどちらにしても、犠牲になるのは現場で働く労働者達だ。マクロ経済とミクロ経済、どちらが欠けても上手くいかない。個人の利益の追求と、全体を豊かにする政策、両方揃って初めて経済政策は上手くいくんだよ」
説明を聞き終わったメディナは話をまとめていく。
「自分が稼ぐ事ばかりを考えるミクロ経済は悪者扱いされがちだけど、国民がお金を稼ごうとするのは当たり前の事で、それ自体が悪い訳じゃない。そして、全体を豊かにしようとするマクロ経済は正義扱いされがちだけど、度が過ぎれば全体のために個人を犠牲にしようという考えになるものだから、正しいだけのものじゃない。自己の利益を重視するミクロ経済と、全体の利益を重視するマクロ経済、経済政策というのはこの二つの考えが揃って、初めて完成形となるのですね」
富楽は静かに頷き、君はちゃんと理解できているよと意思表示をした。
富楽とメディナとリアはそのまま馬車に揺られ、屋敷へと帰っていく。




