傀儡の糸は切られた
メディナは経済について富楽に教わり学んでいった。
メディナ自身、自分ができなきゃいけないという意気込みを持った事や、富楽が現在起きている事と照らし合わせて教えてくれているという事もあり、メディナは目を見張る速度で知識を身に着けていった。
そんなある日の事、メディナはエイマンに呼び出され、今後の政策の方針について話し合う事になった。
エイマンの住まう屋敷、その応接室でメディナとエイマンは向き合い話していた。
エイマンは前に会った時とは異なり下手に出る。
「いやはや、あのペンブローク商品券という通貨、実に素晴らしい。あれのお陰でペンブローク領の需要不足は解消され、領内の産業を持ち直す事に成功しました。あれがあったからこそ、今この領の産業が存続していると言っても良いでしょう」
メディナはそんなエイマンを白けた表情で見る。
前までボロクソに言っていた政策を成功したと見ると絶賛。どうせろくでもない事を要求するつもりだろう。
メディナは黙ったままエイマンの話の続きを聞く。
「そこで、その政策をより良いものとするために提案があるのですが、そのペンブローク商品券、無造作にばら撒くのではなく、責任ある有力者に流し、より良い結果に繋げるべきでしょう」
やっぱり来た。
これまでのメディナだったら、ここでエイマンに言いくるめられてしまっていただろう。だが今は違う。
メディナは毅然と返答する。
「それは出来ません。ペンブローク商品券は労働者層へ流すからこそ、現場で働く人達の労働意欲を守る事ができるのです。もしここでペンブローク商品券を資本家に流す様な事をしてしまうと、たちまち領民の労働意欲は失われ、領内の産業は衰退してしまうでしょう」
「ほう。ではワシが労働者にカネを流さないとでも?」
エイマンの言葉に対し、メディナはキッパリと言い返す。
「本気で労働者にお金を流すつもりであれば、既に労働者に流れているのに、そこからお金を取ろうとはしないと思いますけど?」
エイマンは食い下がる。
「だとしても、ワシらの様な経営者層に流さないというのはいかがなものかと思います。ワシらがカネを流すからこそ労働者層はカネを得られるのですから、我々有力者にペンブローク商品券を流さないのはどうかと思いますがね」
だがメディナは揺るがない。
「今のペンブローク商品券の流通によって消費者は増加し、消費者の求める商品を提供できている経営者は利益を増やせています。お客さんがいるからこそ経営者は利益を得られるのですから、消費者を増やすために通貨を流せているのなら問題ないと思います」
メディナの対応にエイマンは眉をひそめた。簡単に言いくるめる事ができていた今までの気弱なメディナとは明らかに違うからだ。
メディナはエイマンと対話しながら富楽から教えてもらった事を思い返す。
富楽は言っていた「ペンブローク商品券が通貨として信用を得られた以上、エイマンはペンブローク商品券を寄こせと言ってくる可能性がある。恐らく彼は、自分達に通貨を流した方が良い結果になる的な事を言ってくるだろう。その場合、領内の産業を守るために、労働者に通貨を流す事と商売で利益を出せる様にする事が重要である事を伝えて、それが現在実現できている事を話すと良い。俺達が結果を出せているとなれば、彼らは自分がそれ以上の成果を出せるという証明が必要となる。利益の独占ばかりをやってきた奴らにその証明は到底出来ん」と、メディナは富楽に教えてもらった事に基づいた反論をしていた。事前に予習していたからこそ、狼狽える事無く対応出来ているのだ。
今までと違う様子にエイマンはイライラしながらも、次なる手を打つ。
「まぁ確かに、大勢の人にカネを流す事は重要な事です。ですが、無暗にカネを流してしまうと、カネの価値そのものが失われてしまうのですよ?今の様な流し方をしていて、通貨の価値を守る事ができるのですかな?」
「お金を流したら無条件で通貨の価値が下がる訳ではありません。通貨の価値が失われるのは、その通貨で交換できる物が足りなくなってしまうからです。必要な商品を作ってくれる人達にお金を流すのであれば、むしろお金の価値を上げる事に繋がるんですよ。ペンブローク領の産業を守れば、ペンブローク商品券の価値は守られるんです」
メディナは再び富楽に教わった事を思い返す。
富楽は言っていた「紙幣ってのは何処まで行っても万能引換券でしかない、それで交換できる物があり、その交換できる物に価値があるからこそ紙幣に価値がある。だからこそ、通貨の価値を守るのなら、価値あるものを作り出す人材や設備や資源を守らなければならない。これを理解していれば、そうそう間違った言論に騙される事も無くなるだろう」と。
エイマンはイラついた様子でメディナに言う。
「メディナ様はどうしても有力者にカネを流す事をしたくないらしい。ですが、ご存知でしょう?有力者の支持が失われれば、メディナ様は今の立場を失うという事を。我々有力者に敵対した所で貴方は領主でいられなくなるだけなんですよ」
エイマンは脅しにかかるが、メディナはそれでも怯まない。
「だとしても、今は私が領主です。私には領民の生活を守る義務があります。そして、今まで私がしてきた過ちを正す責任があります。富楽さんの政策が私の過ちを正す事が分かった以上、その政策をやり遂げる責任が私にはあります。だからエイマンさん、私は貴方の言う事は聞けません」
メディナは富楽のアドバイスを思い返す。
富楽は言っていた「もしエイマンさんが脅すような態度を見せた時は、こちらも強気で行くと良い。調べてみたが、この領内の有力者はほとんどが優勢な方や自身の利益になる方へ付く日和見主義。メディナさんを傀儡にしていたのも、ただ稼げるからってだけだ。だから、俺達が優位にたてば、有力者の大半を俺達の味方に引き入れる事ができるだろう。一方エイマンさんは最近求心力が失われつつある。領内の景気悪化により、利益の独占により稼ぐ方法にも限界が来ているからだ。領内の有力者もそれに気づいてきている。だから今がチャンスなんだ」と。
メディナは富楽の言葉を信じ、毅然と対応して見せた。
そんな強気の姿勢を見せるメディナに、エイマンはイラついた様子のまま聞く。
「では、もうメディナ様にペンブローク領を任せる事は出来ませんな。次の有力者会議で貴方への不信任を出さざるを得ませんが。宜しいのかね?」
「かまいません。覚悟は出来ています」
この言葉により、メディナは自らに絡みついていた傀儡の糸を断ち切った。




