民の声を聞き
用事も終わり、帰路につこうとしていた時、ヴィヴィエットが富楽に尋ねる。
「今日の用事ってこれで終わりですか?フーさん」
「まぁ外での用事はひとまず終わりだな。何かしたい事でもあんのかい?」
一応、屋敷に戻った後で報告書に目を通して政策の進行状況を把握しなければならないが、それは別に急ぎの用事でもない。ヴィヴィエットが何かやりたい事があると言うのであれば、付き合うのもやぶさかではない状況だ。
「良かったら、一緒に食事行きませんか?」
ヴィヴィエットから食事のお誘いだ。
女性からの食事のお誘いというと、一見するとデートのお誘いの様だが、ヴィヴィエットの様子はそんな感じではない。
富楽はそれを察して答える。
「あぁ。行こうか」
二人が向かったのは少女が看板娘をやっていたあの食堂だ。景気を良くして客を増やすと富楽が約束をしていた事もあり、ヴィヴィエットも今どうなっているのか気になる様だ。
「いらっしゃいませ」
富楽とヴィヴィエットが店内に入ると、前と同じく無邪気で元気な声が出迎えてくれた。この食堂の看板娘ミニアはテトテトと富楽とヴィヴィエットの前に近づくと、すぐに前にここに来ていた二人だと気づく。
「あ、ヒーローのおじちゃん!」
「おう。元気にしてたか?」
「うん!お店もいっぱいお客さんが来てくれる様になったんだよ」
富楽は店の様子を見渡す。
店内は以前とは見違える様だった。満席とまではいかないが、大勢の人達が席に座り雑談をしながら食事を楽しんでいる。これなら十分に繁盛していると言っていいだろう。
ホールにはミニアの母親の姿もあり接客対応をしていた。以前の様なくたびれた様子は無く、元気を取り戻している様子が見て取れる。
「繁盛している様でなによりだ。俺も策を考えた甲斐があるってもんだ」
「それにお父さんも一緒にお店やれるって」
「おー、そりゃあ良かったな」
「うん!」
ミニアはよっぽど嬉しかったのだろう、太陽の様な眩しい笑顔を富楽に向ける。
入口で話ている富楽とミニアを見て、ミニアの母親はミニアに優しく諭す様に言葉を飛ばす。
「ミニア、お客さんを席へご案内して」
「はーい。ではお客様こちらへどうぞ」
ミニアは母親の言う事を素直に聞き、富楽とヴィヴィエットを席へと案内する。
二人が席に着くとすぐにミニアの母親が来て注文を聞き、注文をキッチンへと届けに行った。
料理を待つ間、ヴィヴィエットは富楽に話しかける。
「よかったですね」
心なしか嬉しそうなヴィヴィエット。自分の事の様に喜んでいる様に見える。
「やった甲斐があるってもんだ」
富楽はヴィヴィエットの言葉に同意した。
夫婦が一緒に店を切り盛りし、娘が看板娘としてその手伝いをする。それが恐らくこの店の完全体なのだろう。そしてその完全な状態を取り戻す事ができた、そんな気がする。
その後、食事を終えて会計も済ませ、帰ろうとしていた時だった。
キッチンからミニアの父親であろう男性が出てきて富楽に話しかける。
「あの、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん?なんだ?」
「もしかして、貴方が今話題の笹霧富楽さんですか?」
それを聞いた富楽はニヤリと笑い、親指で自分を指差し言い放つ。
「おう、そうだ。俺が今回の経済政策の立役者であり、現在のペンブローク領経済顧問、笹霧富楽だ」
「やはりそうでしたか。娘から話を聞いて薄々そうじゃないかと思っていたのです。ありがとうございます、富楽さん。おかげで私達は生活を続けていく事ができそうです」
「なぁに、政府が本来やるべき事をやったまでだよ。それに政策もまだ途中だし、礼を言われるにはまだ早いさ」
「だとしても、貴方のお陰でこの店を続けられる事に変わりありません。もし貴方の経済政策で手助け出来る事があれば言ってください。協力は惜しみません」
その言葉を聞き、富楽は少し考え、ミニアの父親に提案する。
「じゃあ、さっそく頼みたい事があるんだが」
富楽はミニアの父親へ頼みたい事を伝え、店を後にした。
屋敷へと戻った富楽はすぐさまメディナの元へ行き、会って欲しい人が居る事を伝えた。
富楽に連れられながらメディナはいったいどんな人と会うのかと身構えていたが、応接室で待っていたのは、なんて事はない食堂の主人とその娘、ミニアとその父親だった。
「あ、あのー。どういったご用件でしょうか」
唐突の来客に対応しようとするメディナだったが、オドオドと目が泳いでしまっている。多分不満かなにかを聞かされるものだとでも思っているのだろう。
領主とは思えない程弱弱しい対応を見せるメディナに対し、ミニアの父親はハキハキと話していく。
「私はこの度の経済政策の件でお礼を言いに来たのです。メディナ様とこちらの経済顧問、笹霧富楽さんが進めた経済政策のお陰で、私の店はなんとか続ける目途が立ちそうです。ありがとうございました、メディナ様」
とりあえず不平不満の意見ではない事にメディナは安堵した。
続けざまにミニアが口を開く。
「領主さま、お客さんをいっぱい増やしてくれてありがとうございました。おかげでお父さんもお母さんも一緒に居られる様になりました」
小さな子供の純粋なお礼にメディナは照れた表情を見せた。
そんな照れているメディナに対し、ミニアの父親は息を整え真剣な表情で語る。
「失礼かと思いますが、正直に言うと、私はこれまでメディナ様が庶民を見捨てているものと考えていました。お金を一部の富裕層ばかりに流し、庶民からはお金を取るばかり、そんな政治に失望していました。ですが、メディナ様は庶民の事を考え、今回の政策を打ち出してくれた。私は、領主である貴方が庶民の事を考えてくれていた事、それが分かった事がなにより嬉しいのです」
ミニアの父親が吐露した言葉にメディナはしんみりとした雰囲気に変わる。
そしてメディナも自身の思いを語る。
「私は未熟だった、いえ、今でも未熟なんです。私は未熟者で、これまでまともな経済政策を行う事が出来ていませんでした。やる事なす事間違いばかりで、状況を悪化させる事ばかりしていました。そんな私でしたが、富楽さんの協力でようやく領民を救う政策が進められる様になったんです。これからは、富楽さんと一緒にペンブローク領を救うための政策を進めていこうと考えています。こんな私ですが、応援してくれますか?」
心情を吐露したメディナを見て、ミニアの父親は理解した様に優しく笑う。
「はい。貴方は私達をないがしろにはしていなかった。庶民を救うため、必要な人物との協力を取り付け、不況で苦しむ私の店を救ってくれた。応援させてください、メディナ様」
続けてミニアも言う。
「がんばれー、領主さまー」
「はい。がんばります」
二人に宣言するメディナの目には少し嬉し涙がにじんでいる様に見えた。
話し終わった後、ミニアとミニアの父親はメディナに再び礼を言って頭を下げ、屋敷を去って行った。
その場に残ったメディナは富楽に聞く。
「ねぇ富楽さん。なんであの人達を呼んだんですか?」
メディナに不満の様子は無いが、特に専門家でも有力者でもない人を呼ぶ意図が見い出せずにいる様だ。
「経済政策を受けている領民の生の声を聞いてほしくてな。人を見ずしてまともな経済政策はできん。それに、少しはポジティブな意見を聞いて自信を持ってほしいってのもある」
富楽の答えを聞き、メディナは少し考えると、富楽に願いを伝える。
「富楽さん。私にもっと経済について教えてくれませんか?私はもっと知りたいんです。今までは何が良いのか悪いのかも分からず、言われるがまま政策を進めていました。私は領主という立場ではありましたが、ただ怒られるためにそこに居る、そんな存在でしかありませんでした。もうそんな事は終わりにしたいんです」
領民の生の声を聞いて、メディナの雰囲気が何か変わった気がした。弱弱しさというか自信の無さというか、そういうものが無くなった。そんな気がする。
「うむ、その意気だ。メディナさんは領主なんだから、俺の言いなりなんかじゃなく、自分で出来る様にならなきゃな」
「はい!」
メディナの返事はとても力強かった。




