第11話 御用学者
役所での用事を済ませた後、富楽とヴィヴィエットは再びペンブロークの街を歩いていく。
「たしか今日はもう一つ行く所があるんでしたよね?フーさん」
「あぁ、今日はランツ・リッチャーっていう経済学者が講演会を開くって話だから、ちょいと行ってみようと思ってな」
ランツ・リッチャーの名を聞いたヴィヴィエットは露骨に嫌そうな顔をする。
「えー?ランツさんの講演を聞くんですか?」
「その様子、ヴィヴィさんもランツがどんな奴なのかは知ってるみたいだな」
「はい。支出削減の必要性を訴えている人なんですけど、領民やメディナ様には政府の支出を減らすべきだって散々言い続けているのに、なぜか有力者に流れるお金が増えている事には全く触れないんですよ」
「お察しの通り、ランツは典型的な資本家の御用学者だ。今回そいつの講演会に行くのは、敵情視察ってやつだな」
そうこう言っているうちに二人は講演会の会場に到着していた。
場所は普段民間の集会等が行われる施設で、その一室が講演会の会場だ。学校の教室くらいの空間に、組合の代表や、中小企業の社長や、政治に関心のある庶民といった者が座って待っており、その顔ぶれから大衆向けの講演会である事が分かる。
少し待っていると、一人の中年男性がやってきて講演台に立った。綺麗に整えられた身なり、背筋をしっかりの伸ばした立ち姿、シュッとした雰囲気も相まって、とても聡明そうに見える男性だ。
その男性は集まっている人達を一通り見渡した後、丁寧な口調で話し始める。
「本日はお忙しい中ご足労頂きありがとうございます。私はランツ・リッチャー。レジクス大学に在籍している経済学者です。今回は、現在のルプス連邦が置かれている経済状況と、その対策、そして現在ペンブローク領で行われている政策についてお話しようと思います」
ヴィヴィエットは隣の席に座る富楽にコショコショと耳打ちする。
「どんな話をするのかな?もし資本家系の有力者と関わっているのなら、多分フーさんと対立する意見が出てくるんだろうけど」
富楽も小さな声で返答する。
「そこは聞いてみなきゃ分からんな。まぁ俺と対立するにせよ、しないにせよ、お手並み拝見だな」
講演台に立つランツは話を続ける。
「今我らがルプス連邦は危機的状況にある。財政赤字が増加を続けており、このままではいずれ政府支出ができなくなり、インフラの維持もままならなくなるでしょう」
そう言ってランツは何かのグラフが書かれた資料を見せる。
その資料は、昔少なかったものが今では非常に多くなっている事をこれでもかと強調している。これでは資料というより誇大広告だ。
「御覧ください。昔はこんなにも少なかった財政赤字が現在では昔の5倍以上の数値となっています。赤字がこんなにも増えていい訳がありません。これ以上増えれば必ず将来世代の負担になってしまう事でしょう。これ以上赤字を増やさないために、無駄な支出を減らし、政府支出を必要な所に絞るべきなのです」
ランツはその後も、このままでは大変だの、今のままではいけないだのといった話を続ける。だが、グラフで表した数値が何を表しているのか、今のままでは何がどう悪くなるのか、そういった事をろくに説明せずに話しているせいで、何がどう問題なのか何を伝えたいのかが伝わってこない。これでは事前に知識を持っていない人だと意味不明だろう。
ランツの要領の悪い説明を聞いていた富楽は、ガッカリした表情でため息を吐く。
「やはり典型的な権威プロパガンダか。予想はしていたが、なんとも芸がない」
「権威プロパガンダ?なんですか?それ」
富楽とヴィヴィエットは講演会そっちのけでヒソヒソ話し始める。
「大衆を思考停止させる手法の一つでな。学者とかの権威のある人物に言わせる事で、偉い人が言っているのなら正しいのだろうと思わせ妄信させるってものだ。専門家でもない相手に専門用語を羅列したり、やたらと大変だとか急がなきゃ手遅れになるとか危機感を煽る発言を繰り返し、思考を放棄させる様に誘導するのが特徴だな」
「んー、言われてみれば確かに、聞いてても何を言いたいのか分かんないし。なにがどう大変なのか知りたいのに、そこがぼかされている感じがします」
「そもそも、経済知識の無い人達に数値やグラフを見せて説明するのは良い方法とは言えん。良いインフレと悪いインフレがある様に、経済の指標は良くなっても悪くなっても同様の数値を示すものが多い。例えば政府の赤字に関しては、国民の貯金の事だから、国民が貯金が無くても安心できる様になっても、国民の生活が破綻して貯金をする余裕が無くなっても減少するからな。だから経済の指標は、よく知識のない人を騙すのに使われるんだ」
富楽の説明に、ヴィヴィエットはポンと手を叩き納得のジェスチャーを見せる。
「あー、なんとなく分かります。何か統計データとかを持ってきて、他と比べてどうだのとか、過去と比較してどうだのとか言われても、何をどうしたら変わる数字なのか教えてくれないと、何を伝えたいのか全然わかんないですもんね」
「そもそも本来知識人がやらないといけないのは、誤った情報で混乱を招かない様に知識を持たない人達に正しい情報を伝える事だ。専門用語を分かりやすい言葉に言い換えたり、統計データが何を表したものなのかを説明したりしなきゃいけないのに、それを全くしていない。その時点でお察しだな」
ランツの講演を鼻で笑う富楽。一方ヴィヴィエットはルプス連邦の現状に思いを巡らせた。
「それでも、皆信じちゃうんですよね。学者とかの偉い人がこのままだと大変な事になる、今すぐどうにかしなきゃいけないんですって言ってたら、そうなんだ大変なんだって思い込んじゃう。これがフーさんみたいな、胡散臭い感じの人だったらすぐに信用とかしないと思うんですけどねー」
ヴィヴィエットはニヘヘと冗談交じりに笑い、富楽はちょっぴり呆れた感じで返す。
「おいおい」
と冗談を交えた会話をしていると、ランツはペンブローク領の経済政策について話し始めようとしていた。
「あ、フーさん。ペンブローク領の話をするみたいですよ?」
「はてさて、何を言ってくるのかな」
富楽とヴィヴィエットはランツの講演に注目を向ける。
「嘆かわしい事に、ここペンブローク領では無計画なバラマキ政策が行われています。貯金を止めてもらうためと称し、財源の話もせずに社会保障を充実させる等と都合の良い事を言い、カネが無いからとペンブローク商品券等という新しい通貨を勝手に発行する始末。そんな都合のいい政策がうまくいく訳がありません。この領の経済政策は失敗する事でしょう。こんな政策を進めた人は無責任と言わざるを得ません」
ランツの言葉を聞いて、ヴィヴィエットはからかう様に富楽に問う。
「言われてますよ?フーさん」
「ふん。まともに情報を伝えれていない奴がよく言う」
相手がプロパガンダ程度の事しかできないのは分かったが、それでも自分の進めた政策がボロクソに言われるのは良い気がしない。それに、プロパガンダで引っ掻き回されるのも面倒だ。この講演会では最後に質問の機会が用意されている様だし、そこでかましてやろう。
しばらくランツの中身の無い話を聞いていき、最後の質問コーナーにさしかかる。
「では最後に、今回の講演会を聞いて聞きたい事があればお答えします。何か質問はございませんか?」
来た。富楽は質問が許可されるや否や、ビシッと挙手をして言い放つ。
「言いたい事があるんだが」
「はいそこの方」
富楽は質問者に選ばれると席を立ち、堂々とした雰囲気で話していく。
「あんたの話だと、ここに居る人達に十分な説明が出来ていません。ちゃーんと分かる様に説明すべきでしょう」
富楽のひょうひょうとした態度で話す。その言葉には、ハッキリとランツと敵対する意思が込められていた。
言葉に込められた敵意を察してか、ランツの表情が険しくなる。
「というと?」
「あんたは政府の赤字が増えて大変だと言っていたが、あんたの説明では、その赤字が何なのか、何を問題視しているのかろくに伝えれてはいない。政府の赤字というのは、政府支出に対して税収が少ないという事であり、その分国民の手元に残っている通貨が多い事を意味している。つまり、国民の貯金が多いって意味だ。それが、ここに来ている人達に全く伝わっていないんだよ」
「何を言うか!私はちゃんと説明したぞ!」
不機嫌そうに反発するランツ。それに対し、富楽は両手を広げ会話の対象を全体化させて話す。
「ではここに居る皆様にお聞きしたい。今回の話を聞いて、それが自分達の貯金が多い事を問題視したものだと分かった人は居ますかな?」
富楽は他の参加者に問いかけるが、反応は芳しくない。
「君は聞いてて分かったか?」「いや、分からなかった」「お金が足りないって話じゃなかったのか?」と言った、内容を把握していなかったであろう意見が湧き出ている。
「御覧の様に、政府の赤字が増えていると言われても、それが何の話なのか伝わっていない。いくら警鐘を鳴らした所で、それが何の話をしているのか伝わらなければ意味がないでしょう」
ランツは反論もできず、ただ悔しそうな表情を浮かべている。反論できないのも当然だ。ここに居る人達に正しい情報を伝えれていなかったことは、否定しようがない事実なのだから。
富楽はさらに追撃する。
「第一、政府の赤字を減らすために支出を減らすべきだって言っておきながら、あんたは富裕層に流れる公的資金が増えている事には何も言及していないじゃないですか。政府支出を減らすべきだと思うなら、ギリギリの生活をしている庶民に我慢を求めるのではなく、富裕層にこそ強く言うべきでは?」
大衆寄りの人達が集まっているという事もあり、この場に来ている人達は富楽の質問に共感の反応を見せる。支出を減らすべきだと言っておきながら富裕層に流す通貨が増えている事に関しては、大衆の間でも不満の的になっている様だ。
富楽が質問で追求するが、ランツはそんな質問を予想していたのだろう、理屈をスラスラと言い並べていく。
「富裕層に回るカネは、全体から見ると0.1%にも満たないごく少数でしかありません。富裕層が気にくわないからと金持ちに流れるカネを減らした所で、政府の赤字を減らす事に繋がらないのです。それに、富裕層は流れたカネを投資に回しており、大衆と違い貯金に回していません。この事からも、政府の赤字を減らすためには、政府支出の大半を占める大衆への支出を減らす必要があると言えるのです」
そんなランツの返答に、講演会に集まっている人達はランツに「ふざけんな」「裏でカネでも貰ってんのか」といったブーイングを浴びせる。
だが、そんなランツは強気に言い放つ。
「皆さまの不満の声も分かります。ですが、現在のルプス連邦に多額の赤字があり、国全体で政府の赤字を減らすための政策を進めている事は事実。ここペンブローク領だけ何もしなくて良いなんて事はありません。それとも、領民への支出を減らす以外に政府の赤字を減らす方法があると言うのですか?」
どうやらランツは、赤字があるから領民への支出は減らさなきゃいけないだろうという理屈で押し通すつもりの様だ。
恐らく、今までも相手が政府の赤字が何なのか分からないのをいい事に支出削減を煽り、支出削減を行った分資本家へ還元させるという手を使ってきたのだろう。富裕層への支出を減らさなくていい理由もずいぶんとスムーズに出てきた。
もし経済知識のない人だけで対処していたら、政府の赤字があるのだから支出削減は仕方がないという風に言いくるめられていた事だろう。だが、この場に富楽が居る以上その手は通じない。
富楽は勝利を確信し言い放つ。
「政府の赤字云々というのなら、どうするつもりなのか聞きたいのはこっちの方だ」
ランツは富楽を睨みつける。
「どういう事ですか?」
「さっきも言ったが、政府の赤字というのは国民の貯金によって増えるもの。国民が貯金をする分だけ増え、貯金を止める分だけ減る数値だ。つまり、政府の赤字が多すぎるという事を問題視しているという事は、国民が貯金をしすぎて困っているって事だ。あんたは政府の赤字を減らす手段は支出削減しかないかのように言っているが、現在ペンブローク領で行われている政策は、社会保障によって貯金をする動機そのものを無くしていくという、正に政府の赤字を減らすための政策だ。本気で政府の赤字を減らしたいというのであれば、この事に言及しないのはしないのはおかしい。支出削減と社会保障、どちらが貯金を減らす政策として正しいか議論すべきだろう。第一、貯金に回る通貨を減らしたいのなら、真っ先に政府の赤字が貯金によって増える事を伝えるべきだろう。なんでその事を説明せずに話しを進めようとしているんだ?是非とも教えて頂きたいな」
富楽に呼応する様に「そうだそうだー」「ちゃんと説明しろー」「政府の赤字が貯金で増えるなんて知らなかったぞー」と他の来場者のヤジが飛ぶ。
「で、ですが、支出を減らしていけばいずれ貯金に回る通貨は減っていくはず」
ランツはうろたえながらも反論する。だがその内容は反論としては弱い。
「確かに、通貨の供給を減らし続ければいずれ国民の貯金は尽きる。ですが、そんな方法で国民の貯金を減らした所で経済が良くなる訳が無いでしょう。それとも、領民の不安を無くす事で貯金を止めてもらう政策が進められているにも関わらず、それを無視して領民へ流すカネを減らす政策を進めなければならない理由でもあるのかな?」
富楽の追及でさらにランツへのヘイトが向かう。
もはやこの場の空気は完全に富楽が掌握していた。ランツの講演会であるというのにランツは完全にアウェーとなっている。
富楽は止めと言わんばかりに言い放つ。
「さぁ説明してもらおうか。なぜ政府の赤字と国民の貯金の関係について伝えようとしなかったのか、社会保障強化によって政府の赤字を減らす政策が進められているのにそれを無視し、支出削減しかないと吹聴しているのかをな」
ランツは悔しそうに歯ぎしりをする。反論は無く、代わりに富楽に怒声を放つ。
「キサマ!覚えていろ!!」
相当悔しかったのだろう、ランツは捨て台詞を吐き、他の来場者も無視して会場を去ってしまった。
講演会に集まっていた人達は、主役の突然の退場に少しの間唖然としながらも、主役が居なくなった事もあり、映画が終わった映画館が如く何も言わずとも会場から離れていった。そして、富楽もヴィヴィエットと共に会場を後にするのだった。




