第一話 経済を救ってくれとか言われたんだが
「あ~やってらんね~」
ワンルームの小さな部屋に気だるげで呂律の回っていない男性の声が響く。
部屋の中は薄暗くパソコンの光だけが光源になっている。パソコンが置かれた机の上には酒の空き缶が大量に置かれており、部屋主の自堕落な暮らしぶりを彷彿とさせる。そんな部屋の中、一人の男性がパソコンの画面を見ながら酒を飲み進めていた。
男性としては長めの肩まで伸びた髪、目つきは鋭く人相は良いとは言えない。若く見える顔立ちだが、剃り残した髭からそこそこの年齢だという事が見て取れる。
彼の名は笹霧 富楽32歳。何か人生で上手くいかない事でもあったのか、酔わずにやってられるかとばかりに酒を浴び、愚痴を紡いでいた。
「俺がせっかく間違いを訂正してやったってのに、なんで俺が非難されなきゃなんねぇんだ。挙句の果てにもう来なくていいだ?ふざけやがって・・・」
グチグチと愚痴を並べていると、冨楽はふと尿意を感じトイレのために席を立ったその時だった。
「うわっ!?」
富楽は足がもつれてその場に倒れ込んでしまった。
普段ならすぐに立ち上がるのだが、今は力が入らず立ち上がる事が出来ない。
「あれ?体が・・・」
そうとう酒を飲んだからだろう。グルグルと目が回っている様な感覚、気分も悪い、吐き気もする、だんだんと意識も遠のいていく。
「あれ?これ、ヤバイ?」
富楽が身の危険を感じた時にはもう既に遅かった。頭の中にモヤがかかっていき、意識は薄れ、そのまま富楽の魂はこの世界から引きはがされてしまった。
それからどれだけの時間がたっただろうか、富楽はまだ眠いのに目が覚めてしまった時の様なまどろみの中にいた。
「〇×◇#!□▽××!!」
ぼんやりとした意識の中、なんかの呪文の様な奇声の様な、変な声が聞こえてくる。一応若い女性の声だという事は分かるが、女性らしいお淑やかさは感じられない。
「□□▲!!〇×△ー!!!」
ってかうるさい。意識がハッキリしてくるにつれ、やかましい声もだんだん大きく聞こえてくる様になる。寝ている横で大音量を流されている様な感じだ。これじゃあ寝ていられないと目を開こうとすると、そこで富楽の意識は覚醒した。
「ここは・・・どこだ?」
そこは明らかに自宅でも病院でもなかった。薄暗い小さな部屋の中、ろうそくの火で照らされているのか明かりがぼやぼやと揺れ動いている。怪しげな本が並べられている本棚、何に使うのか分からない物体が入っている小瓶、妙な紋章が数々の小道具、少なくとも倒れた人間が担ぎ込まれる様な所ではない。そんな部屋の中、富楽は仰向けに寝ていた様だ。
魔女の住まいにでも迷い込んでしまったのかと考えていると、突如驚愕の声が富楽の耳に入り込んでくる。
「うわ!ほんとに出た!!」
さっきまでの奇声と同じ声だ。
体を起こし声のする方に体を向けると、そこには黒づくめの怪しい出で立ちの18~9くらいの女性が立っていた。
腰まで伸びた髪は大海の様に青く、クリっとした大きな目は黄金の様な金色、コスプレくらいでしかお目にかかれない色合い、見た目だけなら可愛い系の美人といった感じだ。
その女性は何故か富楽に向けてファイティングポーズを向けている。
「え、えーっと。俺の名は富楽、笹霧富楽だ。貴方の名前は?」
色々と聞きたい事はある。だが、眼前の女性はどうも富楽を警戒している様子。いきなりあれこれ聞くべきではないだろうと思い、名を名乗り一つだけ質問する。
富楽の落ち着いた雰囲気に安心したのか、女性はファイティングポーズを解き、深呼吸をした後話始める。
「私はメディナ。ここペンブローク領の領主、メディナ・リィル・ペンブロークです。貴方は多分私の儀式でここに呼び出されたのです」
富楽は即座に理解した。多分という言葉が引っかかるが、このシチュエーション、これはアレだ。異世界に転移して云々とかいう奴。呼ばれたという事は、なんらかの使命かなんかがあるのだろう。
「俺が別の世界に来たってのは分かった。わざわざ別の世界から人を呼ぶって事は、何か理由があるんだろ?俺は何のためにこの世界に呼ばれたんだ?」
この後魔王を倒してくださいとかなんとか言ってくるんじゃないかと身構えつつも、富楽は自分が呼び出された理由を問う。しかし出てきた答えは魔王だのなんだのといった仰々しいものではなかった。
「笹霧富楽さん、どうかこの領の、ひいてはこの国の経済を救ってください」
「え?経済?」
要求された内容はとても異世界に来たとは思えない内容だった。