雫の中の思い出
昔、とても幼い頃の話だけれど、私は隣の家のコウくんとよく遊んだ。
コウくんは雨の日も泥だらけになって遊ぶようなヤンチャな男の子で、面白いから皆に好かれていた。
小学校の帰り道、私とコウくんは必ず一緒に帰った。高学年になると、私は塾ばかり行くようになったので、家に帰ってから一緒に遊ぶことはなくなったけれど、クラスが違っても卒業するまでずっと一緒に帰っていたと思う。
コウくんは大体暑い時期はダンゴムシを捕まえて手に持って歩いた。時にはいっぱい持って歩いた。私が気持ちが悪いと言うと、「可愛いのに。ほれ。」とわざわざ見せてくる。私が虫嫌いと分かっていて狼藉を働くのだ、あやつは。
そして、寒くなるとコサックダンスする人みたいに手を袖の中に入れて歩く。大体手袋は忘れてくる。いつも「手袋持ってきなよ〜。」と私が言うと、コサックダンスをしてそのまま帰り道を帰った。
私は大体笑っていた。
楽しいことばかりだった。じゃんけんして、負けた方が次の電柱までランドセルを持ったり、チヨコレートの歩数で帰るのもやった。
私は、幼いながらにも多分コウくんのことが好きだったんだと思う。
私は今、高校2年生になった。それなりに友達とも仲が良いし、彼氏もできた事はある。
だけど、あの時のコウくんとみたいに一緒にいて、いつも笑っていられるかっていうと、そうでもない。お互いがスマホをいじっている時があるし、会話がない時もある。
あのキラキラした時間を思い出すと、何だか胸が締め付けられる。
コウくんとは中学に上がってから全く会わなくなった。
私は中学受験して、少し遠い学校へ行くことになった。たまに近くの回転寿司で会うことがあったけれど、お互い思春期もあって、から笑いするか、無視するようになった。高校生になってもそんな感じだ。
会っても知らん顔している。なんか、恥ずかしい気持ちになるのだ。お互いが、あの頃と別人のようになってしまったから。
駅から家まで10分ほどの間を傘をさしながら歩いていると、豪雨に見舞われた。バケツをひっくり返したみたいな雨が傘に一気に
降り注いで重い。足元も水溜りだらけで、バシャバシャと靴と靴下を濡らしている。
本当はこのまま家まで帰りたかったけれど、あまりにもひどい雨で前が見えないほどだったので、駅近にある公園にある休憩スペースまで走った。
そこには屋根とベンチがあって、とにかく屋根を凌げる。ほとんどずぶ濡れになって屋根の下まで走った。
私と同じくして、この雨の餌食となった先客がいた。制服からして、近くの高校の男子生徒だった。私は、その人の座るベンチの隣のベンチに腰掛けた。
「すっげーずぶ濡れじゃん。」
その人は、急に私に声をかけてきた。私はびくりとして、その人を見た。その人は、見たことのある人だった。
「え…。」
「俺、コースケ。覚えてる?」
っていうか、家隣だけど。と言って彼は笑った。
「え、うん。分かるよ。コウくんでしょ。」
「うわっ。コウくん呼び懐かし〜!」
もう誰も呼んでくれんわ。と、耳の後ろをかいた。照れくさいのかもしれない。
「美波はあんま変わってないな。」
「え、そう?」
変わってないの?それはそれでどうなの。高校生になったんだけど。
「なんか、優しい雰囲気がそのまま。」
そう言われて、少しどきりとする。高校生になったコウくんは昔よりずっと大人っぽい。
昔なんか、ただの悪ガキだった。
「コウちゃんは、なんか大人っぽくなったね。」
「えーマジか。ちょっと嬉しいかも。」
そう言って、顔を赤らめて口元を隠した。
雨は相変わらず土砂降りのままだ。コウくんはあまり濡れていない。
雨が降る前からいるのかもしれなかった。
それからは、何となく打ち解けて昔の話をちらほらした。ダンゴムシの話とか、大体帰り道の話だった。
「コウくんが私のランドセルにダンゴムシ入れてたせいで、お母さんに怒られたことあったの思い出した。」
「おい、恨み言はやめろよ。久々に会ったんだからさ!」
「だって、コウくん悪戯ばっかしてたから、そういうイメージよ。私は。」
「まあ、してたな〜。でもしょうがない、それはしょうがないのだよ。」
「何それ〜。」
「だって美波は、俺の初恋だったからさ。」
コウくんは優しい顔してこっちを見た。
「ま、初恋は叶わぬものよ。」
ヨヨヨとか言って笑っている。
「私も、コウくんのこと好きだったかも。今思えば。」
「え!マジか。」
「うん。だって毎日楽しかったし。」
コウくんは物凄く嬉しそうな顔をして
「そっか!」
と言った。
話している間に小雨になって、いつの間にか雨は上がっていた。隙間から陽の光が差し込んでいる。
「そろそろ帰る?」
「いや、俺ここで人と待ち合わせてるから。」
「そっか。じゃあ、家隣だし、また話そ。」
「おう。またな。」
コウくんはそう言って手を振った。もしかしたら、彼女でも来るのかもしれない。
公園から出たところで、もう一度振り返ると、コウくんはもう一度「美波!またな!」と言った。
これからはもっと、コウくんと昔みたいに話せるかも。そう思うと嬉しかった。
私は、雨で濡れた制服だったけれど、爽やかな気持ちで家へ帰った。
家へ帰ると、お母さんが険しい顔で「おかえり、お母さんからの連絡みた?」と言ってきた。
「見てない。」
そんなに緊急な出来事だったら、電話してくれれば良いのにと思いながら、スマホを確認する。
「コウくん、昨日、交通事故で亡くなったんだって。」
スマホの文面と同じことをお母さんが言った。
「トラックが信号無視して曲がってきたんだって。お母さん、さっきその話聞いて、びっくりして。
美波が帰ってくるの遅いから、心配になっちゃった。まさか、コウくんが亡くなるなんて。」
「え?」
「小学校の頃、コウくんと仲良かったでしょ。お葬式は身内だけでするそうだから、落ち着いたらお線香あげに行こうね。」
理解が追いつかなかった。じゃあ、さっき会ったのは誰だったの。
ダンゴムシの話とかしたのは?あんな話はコウくんじゃないと知らない。あれは、絶対にコウくんだった。
自分の部屋に戻って、サブで持っていた鞄の中を机に出すと、入れた覚えのない黒いビー玉が入っていた。それはどこかダンゴムシを思わせた。
「コウくん、悪戯ばっかりじゃん。」
私は、そのダンゴムシが雫に包まれたようなビー玉を、彼を想ってぎゅっと握った。