第39話 あなたの笑顔を見て、私は嬉しい気持ちとなる
足音。
メリエーヌ様と、女王様がこちらへと歩いてくる。
だから、私はお母様の頬から手を離した。
メリエーヌ様は私の前で足を止めると、顔をじっと眺めてくる。
「頑張ったわね、レナ」
その言葉と共に、私の意識は遠のいた。
* * *
暗い。
だけど、光を感じた。
意識が、ゆっくりと浮上していく。
重たい瞼を少しだけ開くと、ベッドの天蓋が見えた。
ぼんやりとした頭。
何をしてたんだっけ?
上手く記憶を引っ張ってこれない。
何だか、物凄くふわふわとしている。
それは、異常なぐらい肌触りのいい布団のせいだろうか?
ふと、気配がした。
何だか、視線を感じたため首を左に回す。
すると、人。
人がいた。
私は布団を跳ね除け――慌てて上体を起こす。
「な、何なの、一体!?」
私は絶えられずに、叫んでしまう。
だって、六人もの人間が私の顔を覗き込んでいるから。
特級貴族であるセリアルとデルタは、少し離れた場所で私を見下ろしており、その前にマーガレットの姿がある。
そして、ベッドの端にしがみつき私の顔を眺める三人の姿。
「レナ様〜、大丈夫ですかぁ?」
カトレアは、今にも泣き出しそうだ。
「カトレア、姉様なら大丈夫に決まってます!」
とか言いかながら、妹も不安そうな顔をしている。
何だろ……もしかして私、愛されてる?
私は部屋を見渡す。
カーテンは閉められ、魔法の光が部屋の中を照らしている。
ここ――もしかして、姫様の部屋?
こんな武器庫みたいな変な部屋、姫様以外にありえない。
――と言う事はこの布団、もしかしてアリシア様の?
……。
「レナ様、顔が赤くなっておりますよ?」
え、まじ?
「レナ様!」
「姉様、風邪引いたんですか!」
カトレアと妹は、悲鳴のような声。
なんでこの二人、こんなにも反応が大げさなんだろ?
「失礼いたしますね」
そう言って、アリシア様はベッドの上に膝を乗せ、私へと近付く。
そして、私の両頬に――姫様の冷たい両手が絡みつく。
「少し――熱い、かもしれませんね」
アリシア様が、少しだけ首を傾ける。
姫様の可愛らしい仕草と、予想外の行動に――私の心臓が高鳴って落ち着かない。
「だ、大丈夫ですから」
だから、早く離れて欲しい。そうしてくれないと、やばいことになりそうだ。
「身体に、なんの異変も感じませんか?」
「何も、問題ありません!」
「そう、ですか――それなら、よかったです」
アリシア様の――ほっとした顔が、あまりにも美しすぎて、頭がおかしくなりそうだ。それなのに、彼女は私から離れようとしない。
姫様は私を見つめる。
そして私は、目を逸らせそうにない。
「姉様――何を、見つめ合っているのですか?」
妹はむすっとした。
「す、すみません」
と、アリシア様は謝罪し、すぐに私から離れてしまう。
「い、いえ、アリシア様は何も悪くありません。悪いのは、姉様だけですから」
「はい? なんで私だけ?」
「それよりも、姉様――」
「ちょ、無視するんかい」
ラナが、鼻で笑う。
「アリシア様が離れて――何だか、残念そうですね」
「う、うるさい」
妹を、軽く睨みつける。
すると、ラナは"べー"と舌を出した。
くっ!
「可愛いではないか、こんちくしょう」
「な、なにを、馬鹿なことを言っているんですか、姉様は!」
妹は顔を真っ赤にして、怒り出す。
「この、シスコン」
その言葉に、私とラナはほぼ同時にセリアルへと顔を向けた。
「どっちも反応するとか――あぁ、やだやだ。やっぱりどっちもシスコンか」
セリアルは大げさに肩を竦めてくる。
「シスコンで何が悪い」
と、私は正当なる抗議を行った。
なのに、妹はいい顔をしない。
「セリアルちゃん、もう諦めたら?」
「何でよ」
「運命の相手はね、身近にいるものだと思うの」
「一体なにが言いたいのよ、あんたは」
その言葉に、デルタは笑みを浮かべたまま、ため息を吐く。
「何よ、喧嘩でも売ってるわけ?」
「まさか、そんなことはありえないよ。私はセリアルちゃんとのより良い未来を常に考えているもの」
「あんたは時々、本当わけ分かんないこと言うわね」
「セリアルちゃんは私に会うたび、ラナちゃんのこと——鈍感鈍感言うけども、人のこと言えないなぁーと思うの、私」
「そんな陰口みたいなこと、言ってたんですか?」
ラナは不満そうに呟く。
「い、言ってないから!」
セリアルは焦った感じ。
確かに、デルタの気持ちに気づかないセリアルは鈍感だと思いますねぇ。
「ちょ、レナ! あんた何、ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いわねぇ!」
え? そんな、ひどい。
「セリアルちゃん、レナちゃんに当たるとか駄目だと思うの」
「そうですよ、セリアル。姉様に当たらないでください」
「ぐぬぬぅ、レナぁぁ」
セリアルは、憎々しげにこちらを見てくる。
いやいや、私は何も悪くないと思いますけど?
「マーガレットも黙っていないで、何か言ったらどうなの!?」
「何か――とは、なんでしょうか?」
「このシスコンぶりを見て、あんたは何とも思わないわけ?」
「セリアル様、私はおふたりが小さい頃から常に側におりますの」
「だったら何よ」
「――であるならば、この程度のシスコンぶりで心動かされては、ラナ様のメイドなど全く以って務まりませんわ」
と、何故かどや顔。
セリアルはぐぬぬと悔しげな顔。
「マーガレット!」
と、ラナに叱られ、彼女のメイドはすぐに落ち込んだ。
そんな私たちを見て、アリシア様はくすくすと笑うのだった。
 




