第34話 私は、姉失格だ!
アリシア様とメリナさんが、この場所から出て行ってしまう。
お母様は女王様と、何か真剣な顔で話をしている。
私たち四人はお互いの顔を見合わせた。
「どうしますの? 何か、食べ物でも見繕ってきましょうか?」
マーガレットが、そんな提案をしてくれた。
周りは、たくさんの貴婦人とご令嬢たちがテーブルを囲んで楽しそうに? 食事をしながら話している。
私が何かを話そうとした時――音が鳴った。
入口から見て、左奥の端に音楽隊がおり、音楽を奏で始めたところだ。
皆がそちらへと視線を向けていく。
音楽隊の前には何もない広い空間があり、数人の令嬢たちが前に出ると、ペアで向き合い、肩に手を回し、クルクル回りながら楽しそうに踊り始めた。
うん。
大したものだ。
私ではとても真似できそうにない。
「ラナ、レナ。久しぶりね」
声をかけられた。
相手は、見知った令嬢二人組。
ブロード家のお茶会によく参加していた――私たちと同じ特級貴族の二人。
水の力を扱う、オーシャン家の娘セリアル。
土の力を扱う、エルデ家の娘、デルタ。
セリアルは気の強いお嬢様。私よりふたつ年上でマーガレットと同い年。
青色の髪は赤色のシュシュでポニーテールにしており、気の強そうなお目々は青色の瞳。そして、青のドレス姿。
彼女の右手には精霊の印が刻まれていないが、かなり優秀な魔力の持ち主。
だから結婚したい相手は山ほど存在していると――当の本人がよく自慢している。
デルタはいつもニコニコしたお嬢様で、私よりひとつ年上の女の子。
少しくせ毛な茶色い髪は肩まで伸ばしており、黄土色のドレスは落ち着いた彼女によく似合っている。
大人しい少女だが、エルデ家期待の次期当主だ。
当然、彼女にもたくさんの縁談話があるようだが、全て断っているらしい。
「まずはお互い、おめでとう――と、褒めてあげるわ」
と、セリアルは腕を組むと、偉そうに言った。
その態度に、マーガレットは眉根を寄せる。が、それはほんの一瞬だけ。
「ラナ」
セリアルは妹の名前を、再び呼んだ。
「何?」
妹と目が合うと、セリアルはふんっといった感じでそっぽ向いた。頬を染めながら!
「まぁ、これでようやく――あなたは合格よ。だからまぁ、あんたが望むなら――なってあげてもいいけどね」
「はい? それは一体、どう言う意味でしょうか?」
その言葉を聞き、セリアルはラナを――キッと睨みつけた。
「本当、肝心なところであんたは鈍いわね!」
「鈍い――とは、失礼ですね。姉様ならともかく」
ふふっ。
残念だけど、私はちゃんと気づいているよ。
セリアルが、ラナにホの字だということがね!
そして彼女が何を言いたいのか、私にはちゃんと分かっている。
ふふふふふ。
マーガレットだって、おそらくは気付いているのだろう。だって明らかに不機嫌そうな顔となっている。
デルタだってそうだろう。だって、いつものニコニコ顔ではなく、明らかに笑みが引きつっている。(彼女がセリアルに恋をしていることを、私は知っている!)
この中で気付いていないのは、ラナと――カトレアのみ。
「このことに関してだけは、レナの方がよっぽど鋭いと思うわよ」
「何をふざけたことを」
と、ラナはぷんぷんとした。
「まだるっこしいですね、セリアルは。あなたは一体、なにが言いたいのですか?」
妹の言葉に、セリアルは明らかにムッとした顔になる。
「この私が! あんたに嫁いであげてもいいわよってことよ。感謝しなさいよね!」
「? ……え?」
ラナの表情が固まった。
そんな妹の姿を見て、セリアルは溜息を吐いた。
「本当にあんた――私の気持ちには一切、気付いてなかったのね。このシスコン」
え? ラナはやっぱり、私と同じでシスコンだったの?
「ど、どういう意味――でしょうか? それに私、シスコンじゃないですから」
やっぱり、違うんかい!
私はショックのあまり、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。
セリアルは軽く咳払いすると、真剣な目で妹を見つめる。
「ずっと昔から――私より姉であるレナにばかり目を向けるあなたが嫌いだったわ。だからまぁ、ちょっと、嫌味なことを言ってしまったのは、悪かったとは思ってる」
と、珍しく殊勝な態度。
「でもね――それ以上に私は、あなたのことが好きなのよ、ラナ。だから、私と――婚約して――レナよりも、私を見て頂戴」
セリアルは真剣な目で、ラナを見つめる。
「い、いや――ちょっ、と、待って、ください」
ラナは自分の頭を抱え込む。
「せ、セリアル様!」
と、マーガレットは叫ぶと、二人の間に割り込んだ。
「何よマーガレット、文句でもあるわけ?」
「文句とかではなく――き、急にそんな話、困りますわ!」
「何を言っているの? ラナには精霊の印があるのよ。だから私は――認めたくないけど、焦ってるの。でもね、焦らなかったなら、直ぐに別の誰かに奪われてしまうわ。第一夫人と、第二夫人とでは、天と地ぐらいの差があることぐらい、あんたなら分かるでしょ」
マーガレットは悔しげに、唇を噛んだ。
「えーと――つまり、私に精霊の印があるから、私に求婚した、と言うことですか?」
ラナの言葉に、セリアルは先程よりも深く息を吐いた。
「あなたに精霊の印が宿らなかった場合は、私を好きになってもらうよう――ゆっくりと時間をかけたわ」
「それは、何故――ですか?」
「そんなの――恥ずかしいからに、決まってるじゃない」
そう言って、セリアルは顔を真っ赤にしたまま"ぷいっ"とそっぽ向いた。
「えっと――本当に、私のことが好きなんですか?」
「だからもう、そうだって言ってるじゃない。本当に分からず屋ね。何よ、キスでもしたら分かってくれるのかしら?」
「い、いえ。おそらく、分かりましたから。そこまで、しなくていいです」
「そう――なら、いいのだけど」
ラナの顔まで真っ赤となり、二人は顔を背けたまま、無言となる。
そのため、周りの声が騒がしく楽しげな雰囲気でありながらも――私たちの間ではなんとも言えぬ空気が蔓延した。
マーガレットは怒りで顔が歪み、デルタは笑みを浮かべながらも黒いオーラが滲み出し、何だか怖い。
カトレアは、何故か目をキラキラとさせている。今すぐにでも手を叩きそうな気配だ。
……。
うむ。
……なんだろう?
これは――私が求めていた百合、のはず。
なのに、今は素直に喜べていない自分がいる。
その事実が、私を混乱させる。
ツンデレ同士の百合カップル、なんて――私の中ではめちゃくちゃありだ。
美少女同士であり、絵面も完璧。
なのに、私は何が納得できないのだろうか?
それは、ラナのことを好きなマーガレットがいるから?
……。
私は、ラナとマーガレットの百合カップルを想像する。
うん、悪くない。
でも、やはり――何処か、喜べない自分がいる。
私たちはもう、この世界では大人の仲間入り。
いつ結婚したっておかしくない。
だから、だろうか?
ラナが誰かと恋に落ち、私から離れていく姿が、とてもリアルに想像できる。
生まれたときから、隣にいるあなた。
ずっと、一緒だった。
そんなあなたが、私から離れていく。
別の誰かと共に。
それは何だか、嫌だなぁ――と、私は思ってしまった。




