第32話 カトレアとふたりだけのお茶会
パーティーは夕方の16時から始まる。
私は朝ご飯を済ませ、暫く応接間で妹とおしゃべりをした後、自分の部屋で待機することになった。
ソファに座り、まったりとしているように見えて、実は私の心――嵐で吹き荒れている。
うん、緊張して胃が痛い。
何せ、私たち姉妹が主役のようだからね!
本当、ひとりじゃなくてよかったよぉ。
ひとりだったなら、胃に穴が空いたね。間違いなく。
だけど、悩みの種はそれひとつではない。それは、昨日からお母様とまともに口を利いていないこと。
そのお母様はこの屋敷に、現在いない。彼女はメイド長とお城にあるパーティー会場へと既に向かっている。(しかも早朝から)
だから今は、ただただ悶々とする以外にない。しかも、たったひとりで!
愛しの妹は、中庭でマーガレットと剣の稽古中。
『姉様も一緒にどうですか?』
と誘われたが、私は断った。
だって、後からパーティーですよ?
その前に疲れたくなどない。
だけどこうやって、部屋で悶々とするよりかは、幾分マシだった気がする。
戸の叩く音。
カトレアが姿を見せる。
「レナ様が好きなハーブティーです」
そう言って、カトレアは机の上にティーカップを置いた。
「きっと、心が落ち着きますよ」
そう言って、カトレアは微笑む。
その笑顔だけで、私の心を簡単に慰めてしまった。
彼女とも長い付き合い。
何も言わなくても、私の心が荒んでいたこと――きっと気づいていたのだろう。
「ありがとう、カトレア」
「そんなの当たり前ですよ、レナ様」
本当、嬉しいことを言ってくれる。
「カトレアも、一緒に飲まない?」
「え? でも――」
「今ここには、私しかいないんだから、何も問題はないよ」
カトレアは少しだけ悩んだ後、笑みを浮かべる。
「それでは、ご一緒しますね」
「うん、どうぞどうぞ」
カトレアは自分の分のお茶を入れ、席についた。
そして、ふたりでお話。
何気ない話。
何の特別でもない、いつもと同じ。
でも、心が落ち着いた。
安心した。
カトレアはもう――私の一部。
彼女がいなければ、私という存在は成り立たない。
だから、ずっと私の側にいて欲しい。
だけどそれは、カトレアの自由を奪うこと。
そして、カトレアの幸せを奪うこと。
だって、カトレアはめちゃくちゃ可愛い。
そしてすごく良い子だ。
それは私だけが特別にそう思っているわけではなく、意外とカトレアはモテたりするのだ。
ブロード家で開催されたお茶会で、カトレアに熱視線を送る令嬢は何人かいた。身分の差を超えてでも愛を囁きたくなる魅力がカトレアにはある。それでも、特級貴族のメイドに手を出そうとする勇者はいない。
だからこそ、百合の気配に敏感な私が――ふたりの愛の架け橋となれば、カトレアは今頃――幸せになっていたかもしれない。
「レナ様?」
おっと、しまった。
つい、物思いにふけっていたようだ。
カトレアが、私を心配そうに見ている。
本当、駄目なお嬢様だなぁ、私。
「何か、考えごとですか?」
「いや、別に大したことではないよ」
だから、カトレアが気にすることではない。
「大したことでなくても、レナ様のことなら――私、知りたいんです」
本当、良い子だ。
「いや、本当に大したことじゃないんだよ。ただ、カトレアは今、本当に幸せなのかなって――そう、考えてただけ」
言葉にして思う。
何だこいつは? って、自分で自分に突っ込みたくなる。
「幸せですよ。だって私は今、レナ様のお側にいるんですから。こんなの、幸せにならないほうがおかしいです。私、幸せすぎて――怖いくらいです」
そんな小っ恥ずかしいことを、カトレアは真面目な顔で言うもんだから、私はつい笑ってしまう。
「それは流石に大袈裟だって、カトレア」
本当、ありえない――そう、思った。
「いえ、大袈裟なんかじゃないです。レナ様は――私の全てですから」
カトレアは真剣な目で、私を見る。
少しだけ怯んだ私は、曖昧に笑うと、目線をそらし――ハーブティーに口をつけた。
* * *
時間が来た。憂鬱な時間が、やってきた。
再び赤いドレスを着た姉妹。
髪型はマーガレットにしてもらった。
その間、カトレアが悔しそうにしていたのが、なんだか可愛かった。本当はカトレアにしてもらいたかったが、髪を整えるのはあまり馴れていないので仕方がない。
鏡に映る私。
後ろで編み込んだアップスタイルに、黒いリボンが添えられている。
妹も同じ髪型で、赤いリボン。
うん、やっぱり妹は最高だ。
私とは大違い。
「レナ様。次こそは、絶対に私が完璧に、髪型を整えて見せますからね!」
と、カトレアは早くから既に燃えていた。
「カトレアには、無理だと思いますわよ。だって、凄く不器用なんですもの」
と、マーガレットはにやにやしながらカトレアを眺める。
「で、できますから!」
「主人に恥をかかせない髪型を整えるまでには、相当の努力が必要ですわよ?」
「血反吐を吐くまで頑張ります!」
そういう努力は必要ないと思うけど?
「よく言いましたわ、カトレア。今度、教えてあげますから覚悟しておくことですわ」
「はい、先生!」
と、カトレアは元気よく声を出した。
それを見て、マーガレットは腕を組むと満足げに頷く。
このふたり、中々に仲が良い。
本当、良きかな良きかな。




