第29話 メリエーヌ様の弟子
どうやら、メリエーヌ様の弟子は私とメリナさんのふたりのみ――とのこと。
まぁ、ふたりだけなら特別感はあるよね!
「あ、さっそくメリエーヌ様にお願いがあるのですが」
「ね、姉様?」
妹は――ありえない、という顔をした。
「何?」
メリエーヌ様は相変わらず無表情で、声に抑揚もないため、本当に感情が読めない。
なのに、なんだろ?
初めは近寄り難い雰囲気を感じていたけども、今は違う。全てを受け入れてくれる――そんな、感じがする。
「やはり、あなたは変な子ね」
え? まだ、何も言ってませんけど?
だけど、それよりも大事な話がある。
「実は――お母様に、認めて貰わないといけないんです。それも、明後日までには」
「ラウラ、ね」
「あ、知ってるんですか?」
「あの子は、この時代で一番精霊に愛された子だもの」
と、言った。
お母様を、あの子扱いとは。
ちょっと、違和感が凄い。
だって、目の前の美少女は私と同じぐらいの年齢に見える。
「その精霊様に愛された人が、実はめちゃくちゃ過保護なんです」
と、私は話を切り出した。
「だから一刻も早く、そのお母様に私を一人前だと認めさせ、予定通り明後日には自分の領地へと帰って貰わないといけないんです」
「それは、何故?」
「今のままだと、ずるずるとここに居座って、バーバラに迷惑をかけちゃうからです!」
「そう」
と、メリエーヌ様は気の無いお返事。
私の熱意が、全く伝わっていないとは!
「アリアに任せたらいいんじゃない?」
「アリア?」
「母――この国の、女王の名です」
と、アリシア様。
「姉様――まさか、この国の女王様の名前、知らなかったんですか?」
妹が、ありえない――と言った顔を、姉であるこの私に再び向けてきた!
「し、知ってたから」
と、私は嘘をついた。だって、姉としての威厳を保ちたいからね!
「……本当、ですか?」
「ほ、本当だから!」
まぁ、嘘なわけだから、ラナの疑いは正しい。流石は、私の妹だね☆
「レナ様。私の方から、陛下にお願い致しますか?」
と、アリシア様は素晴らしい提案してくれる。
だけど、私は腕を組み少しだけ悩んでみた。
「うーん、でもそれは――出来たら、最終手段かなぁ」
「……姉様、他に方法はないと、思いますけど?」
妹はぼそぼそと、口にする。ラナは私の服を掴んだままであり、まだどこかおどおどとしている。その姿を見ると、不謹慎だけど――可愛いなぁと思ってしまう。
「だってさぁ、女王様がお母様に命令して、無理やり帰らせたとしても、それは根本的な解決にはなってないわけじゃん」
「まぁ……それはそうですけど」
「私は、お母様にちゃんと認めて貰って、そして安心して、自分の意志で帰って貰いたいんだよ」
「レナ様、それはとても素晴らしい考えかと思います!」
と、アリシア様は私を全面的に支持してくれる。
「それは、子供の我がままよ」
と、メリエーヌ様は言った。
すると、アリシア様は悲しそうにショボンとした。
それは一体、何故?
言われたのは、私なのに!
だけどそんなアリシア様――可愛いですけどね!
「簡単に信頼など得られない。だから、人は実績を積み重ね、少しずつ認められていくもの。一朝一夕で得られるものではないわ」
「分かっています。でも、私はあの人を騙してでも、認めさせたい。いや、認めさせないと駄目なんです。それは確かに、私の為ですが――ブロード家の土地に生きる全ての民のためになると思っていますから」
「……」
メリエーヌ様に、無言で眺められる。
一瞬、狼狽えたが――私は目線を逸らさずに、見つめ返した。
妹の震えが強まるのを、感じた。だから、彼女のその手を掴んだ。振り払われるかと思ったけれど、握り返してくれた。気持ち、震えも収まったような気がする。それは――私の、勘違いだろうか?
「つまり、騙したいと?」
「私だって直ぐに認められるわけないって――そんなことぐらい、ちゃんと分かってます。だから――騙すしかないんです。そしていつか、ちゃんと実力で認めさせてやります」
「ふーん……」
と、メリエーヌ様は言葉を発した。それは――感心、してくれた、のかな?
「本当の意味で、認めさせるのはいつ?」
「え?」
「いつのあなたなら、認めさせることができるの?」
「それは……」
メリエーヌ様に、ジッと見つめられる。
「じ、10年?」
メリエーヌ様は、ジッと見つめてくる。
「ご、5年ですね!」
メリエーヌ様は、ジッと見つめてきた。
これ以上は、無理だと思いますね! 多分、ですけどぉ!
「そう――分かったわ」
と、メリエーヌ様は納得? してくれたみたいだ。
「では明日、その5年後のあなたで、ラウラを分からせればいい」
「それ――どう、いう意味です?」
「メリナ、気が変わったわ。明日の祝賀会、私も参加する」
「おぉ、これは盛り上がりますぞぉ!」
と、メリナさんはひとりでテンションを爆上げさせた。
「レナ」
と、メリエーヌ様は、私の名前を呼んだ。
「私が手助けする。だから、あなたは――あなたが伝えたい言葉で、ラウラとぶつかればいい」
「え? あ、はい」
「では、あとはメリナ、あなたに任せるわ」
そう言うと、メリエーヌ様はソファに寝そべり、本を開いた。
「あ、あのー」
私はどうすればいいのかが、よく分かっていない。
だから、内心大混乱である。
「レナ様」
私は、メリナさんの方へと顔を向けた。
「あとは、メリエーヌ様に任せておけばよいのです」
「そう――なん、ですか?」
「レナ様はただ、明日の祝賀会までに、ラウラ様に何を伝えたいか――それを整理しておくことですぞ」
「それだけでいいんですか?」
「それは凄く難しいことだと、儂は思います。そして、それはレナ様にしかできないことじゃしのぉ」
「私にしか、できない」
「そう、レナ様にしか――」
「メリナ、うるさい。今、いいとこなの。だから、向こうでやりなさい」
メリエーヌ様は本に視線を向けたまま、無感情に呟く。その言葉で――アリシア様と、妹の身体は震え上がってしまった。




