第12話 気が重い日々
シスター長が、直系30cmほどの水晶玉を持ってくる。
「まずはラナ様、こちらを右手で触れてください」
ラナが触れると印が赤く光、水晶玉に文字が浮かび出す。
魔力/質 A。
魔力/量 A。
「これは――かなり優秀ですね。流石はお館様の娘様」
シスター長は感激の声を上げる。
ランクとしてはS〜Fまであるが、最高ランクであるSはお母様しかいない。
お母様の魔力の質はSだが、量はBのため、量に関してはラナのほうが優秀だ。
魔力の質と量は、修行により上がることはない、生まれ持った才能。
儀式をするまでは結果が分からないため、15歳までは大事にされていたのに、儀式の後には親の態度が冷たくなった、という話はよく聞いたりする。それぐらい、この日で人生が変わる。
妹は喜びよりも、安心したような顔をしている。
お母様がラナの頭を撫で、ようやく笑顔になった。
「それでは、次はレナ様」
目の前に水晶玉が置かれる。
Bランクで優秀だと言われている。そのため、出来ればCランクであることを祈りたい。無駄に目立つのは好きじゃない。
手をかざすと、印が黒く光り、文字が浮かび出す。
魔力/質 EX。
魔力/量 EX。
一瞬、我が目を疑った。
エクストラ――その意味を、前世の知識で何となく想像がつくけども、この世界でも同じ意味となるかは分からない。
こんなランクがこの世界にあること、私は今――知ったのだから。
「こんなの初めて見ました。凄いです、姉様!」
妹は素直に喜んでくれたが、シスター長とお母様が意味ありげに視線を交わしている。
私は自分のスローライフ生活が、また遠ざかった気がした。
あ、そういえば。
「お母様、大賢者メリエーヌ様って知ってる?」
お母様は何ともいえない顔をした。
「……その名前、どこから?」
「え? えっと……クロノス様から聞いたんだけど」
「クロノス様は、何故その名前を?」
「まずは、メリエーヌ様を訪ねろって……それしか、言ってない」
お母様とシスター長が再び目線を合わせた。
何か、やばい空気になったんですけど!
* * *
結果が出た後、シスターサラは直ぐに王国に帰っていった。
国王に報告し、正式に私たちを招待するとのことだ。おそらく一週間ぐらい後の話だろうけど、今からすでに気が重い。
ブロード家は驚くぐらい素晴らしきゆとり教育の鏡。そのため、あまり作法にはうるさくない。妹からは口酸っぱく言われて来たが、耳を塞いで生きてきた。つまり、自信がない。
双子の妹は私と同じ環境、同じ時間を共に生きて来たはずだが、彼女は貴族としての振る舞いはしっかりとマスターしている。
「自覚が足りないから駄目なんです姉様は」
妹からはダメ出しをされる。
「流石に甘やかしすぎたかもしれないわね」
と、お母様は言った。
「そ、そんなことは――ないと、思いますけど?」
お母様が、無言で私を眺める。
な、なんだか怖いんですけど!?
「招待状が届くまで――徹底的にお勉強よ、レナ」
その言葉で、私は立ち眩みを感じた。
どうやら私、これから――拷問を受けることになりそうだ。
あぁ、憂鬱。
誰か私を、助けてくれないものだろうか?
* * *
私が屋敷に戻ると、カトレアが子犬のようにお出迎えをしてくれる。
あぁ、癒やされる。
地獄の前の、一時の癒やし。
部屋に戻り、儀式の服から普段着に着替える。妹は貴族らしく、メイドに着替えさせているが、私は昔から自分で着替えるようにしている。こういうところも、無意識に前世の記憶が影響を受けていたのだろうか? 例え記憶がなくても、前世の私に意識が引きずられていた?
私が着替えている間、カトレアは必ず背を向けている。昔はそーでもなかったのだけど。
「カトレア、着替え、もう終わったよ」
振り向いたカトレアの顔が、何故か少し赤い気がする。
気のせいか?
「それにしても、今から一週間で身につけたものなんて、ただの付け焼き刃だと思わない?」
私は盛大なため息を吐く。
「レナ様なら大丈夫です」
カトレアはいつも、無責任なことを言う。
そして、笑顔でガッツポーズ。
まぁ、可愛いからいいんだけど。
「ですが……」
そんな可愛い笑顔のカトレアが、急に表情を曇らせた。
「……少しの間とはいえ、レナ様がこのお屋敷からいなくなる――そのことを想像しただけで、私は駄目になってしまいそうです」
「え? カトレアはついてこないの?」
「わ、私なんかがついて行ってもいいんですか!?」
「そ、そのつもりだったんだけど」
カトレアの圧に、私は少し後ずさる。
「レナ様、大好きです!」
「お、おぅ」
ど、どーした? いつもそんなド直球な言葉、使わないくせに。な、何か、照れるでないか!
部屋の扉がノックされ、お母様とメイド長、そして妹の姿が現れる。
私は天井を仰ぎ見た。
さぁ、地獄の始まりだ。
* * *
こんなにも長いと感じた1週間はない。そして、憂鬱だった筈の招待状が届いた時、縋る思いで文字を追った。
今から5日後、王国内のとある御屋敷まで来て欲しい――とのこと。
そして少し骨休みした後、6日目に国王と面会し、7日目にはパーティがあるらしい。
なるほど、と私は頷いた。お母様も横から覗き込んでいる。
「レナ、良かったわね。ここから王国まで3日ほどだから、後2日は練習できるわ」
お母様は善意(多分)の笑顔を私に向けてきた。自分で自分の顔が引きつっていくのがよく分かる。
部屋の片隅で、カトレアは笑顔でガッツポーズ。
いや――まぁ、可愛いんですけどね!




