40話 すれ違い
何気もない冬休みの一日。
そう言えば聞こえはいいが、うちはわりかしの進学校ゆえに、出される宿題の量は冬休みという短い期間に反して多い。
幸いなのは年越し前であるということだ。まだまだ時間はたっぷりある。別にこの記述は冬休みの宿題が終わらないフラグを立てているわけではない。実際、俺は少しずつ片づけていっているので、あとは消化試合だ。
そして俺の場合は実家に帰省する予定も特にないので、特に関係ない。本当は両親に冬休みのどこかで帰っているように言われていたのだが、イブに父親が来たことと、また学校の宿題が多いことを伝えると、「無理にとは、……ねぇ……?」という雰囲気になった。
よって俺は規制もせず、ゆっくりと宿題を消化するだけでいい。
そしてそれは目の前の少女も同様らしかった。
時刻は16時半。
いつもの約束の時間にはまだ全然早いのだが、御堂が「一緒に宿題をしませんか?」と誘ってきて今に至る。彼女が自分から誘ってくるなんて、これまた珍しい。そこで俺は、明日は雪でも降るんじゃないかと思ったけど、そういえば生憎明日は本当に雪の予報だった。
「んで、どうしてまた俺の家で宿題消化会をしようと?」
「えーっと、そ、それは内緒ですっ………」
目を逸らしながら何か隠しごとをするような彼女の素振りに、不信感は募っていくばかりだが、まあ彼女なりの理由があるのだろうと深く詮索するのはやめておいた。
「そういや御堂は宿題、どこまで終わったんだ?」
「数学の課題と英語の問題集の演習は一通り終わらせましたね」
「あの山のような数学の課題、終わったのか………」
もう何も言うまい。
出された数学の課題というのは教師お手製のもので、網羅系参考書のような紙の束なのだ。そんな数日で終わるものではないはずなのだが……。だがその一方で御堂だから終わっていても不思議ではないという考えも頭によぎる。まぁ実際彼女は学年1位をキープしているし、何か問題への独自の対処法があってもおかしくない、か。
「よしみで聞いてあげますが、そちらは?」
「お前と同じく英語の課題と、あとは古典の課題かな」
「そうですか……」
そう言って彼女はまた視線を下に戻し、ペンをかりかりと動かし始めたので休憩時間は終わりなのだろう。俺の引き続き彼女が終わらせたと言う数学の課題に取り組む。
そうして課題を消化すること1時間強。
(つ、つかれたー)
早くも疲労が来て少し休憩をすることにした。彼女のほうはどうだろうか、と視線を向けるとまだまだペンを動かし続けている。どこからその体力は湧いてくるのか、と問いたくなったが集中している御堂を邪魔するのは気が引けたのでやめておいた。
「よかったら、ほれ」
その代わりに、ミルク砂糖たっぷりのコーヒーを目の前に置いておくことにした。彼女が苦いのが苦手とかは聞いたことはないので別にブラックでもよかったのだが、甘めのほうが無難だということでそれに落ち着いたのである。
「ありがとうございます………甘いですね………」
「まぁ、そりゃミルクたっぷりに砂糖たっぷりだからな。甘いのは苦手か?」
「そんなことはないです。美味しい、です……」
「ならよかった」
以前だったら何か、理不尽な不平を言われていただろうに。どんな心境の変化なのだろうと苦笑する。まぁ、別に不平を言われても甘んじて受け入れるが。
ふと時間を見ると、時刻は18時を回っていた。
俺はちょうど少し前から気になっていたことを目の前の少女に訊くことに。
「なぁ、お前はこの約束を律儀に守って俺に晩御飯を作ってくれてるんだよな……?」
「はい」
そうして俺は少し前の御堂とのメッセージ履歴を見せる。
【御冗談を。〇キブリ入りの夕食は食べたくないので、その時はかわいそうな稲庭君に一週間くらいは私が作ってあげますよ】ー8:44
確か、『HR教室で席が隣になったら』みたいなフラグになったメッセージだと思う。まあ、あり得ないと思っていたそれは実現し、俺たちは席が隣に。よって彼女は約束を義理固く履行しているわけだが―――。
「―――これ、悠に期限過ぎてるけど」
そう。
〈言っておきますが、私のご飯が食べられるのはあと6回ですからね。すごぉーく!!貴重なので、一回一回味を噛み締めてくださいねっ〉
なんて言って、晩御飯を作ってくれた日から既に一週間を過ぎているのだ。
「確かに……そう、ですね」
何ともぎこちない顔で頷く御堂。
何かと葛藤するような、何かを迷っているような。
そんな素振りを見せたのも束の間。
「―――では今日からは各々の部屋で食べるということで、いいですよね?」
…………違う。
俺が言いたかったのはそういうことじゃ、ない。
「ふー、やっと稲庭君と別々にご飯が食べられる。清々しますよ」
うわずった言葉とは裏腹に、ちょっとした怒り、悲しさ、孤立感。さまざまな感情ををぐちゃぐちゃに混ぜた顔をして、御堂は踵を返す。
「あ、ちょっ―――」
気づけば玄関のドアが開いてはまた元通り。
誰もいない静かな部屋の中、一人残された俺は玄関のドアを眺めながら。
―――ただ虚無感を感じていた。




