34話 完璧である必要性
12月25日。時刻は5時20分。御堂には「今日は7時くらいからご飯を作り始めるので、それくらいにきて下さい」とメッセージが送られていた。「ちょっと渡したいものがあるから、いまからそっち向かうわ」と軽く返事を送る。本来ならあと1時間は自宅でゆっくりとするのだが、今日はとある役割を果たすために、早めに御堂の家を訪れるのだった。
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「今日は随分とお早いんですね。まだ1時間以上あるというのに」
玄関で迎えてくれた御堂の瞳からは困惑の色が伺えた。おそらく俺が何か企んでいるのではないかと考えてのことだろう。俺が御堂に対して不埒な行為を行うのではないかという不安をなくすために言っておく。
「別に何もしないから」
その瞬間、御堂の目からは安堵の表情が見えたが、それもつかの間。すぐにあきれたようなジト目でこちらを見つめてくる。
「そこは心配してませんよ・・・というかそういう危険のある人ならそもそも最初から家には入れてませんよ。私たちはただ利益を享受しあう関係に過ぎないのですから。貴方は何か他人を毛嫌いしているように見えて、本当はよく観察していて、何かと察してくれる人のようなので、私も気が楽ですよ」
ただ利益を分け合って楽に生活するための関係。友人でなければ、恋人でもなく、ただ都合のいい相手。
あまりにも冷たい関係で、それでいて、友人とは違い気が楽な関係だ。それ以上でもそれ以下でない。それが彼女の俺に対する印象なのだろう。俺だってそうだと思ってたよ。君がどこか感情の抜けた顔を見せるまでは。
「ははそりゃよかったよ。俺も気が楽で居れて助かる」
本当はこんな人間を探していたのかもしれない。むやみに干渉されず、干渉しないことが可能な人間。
むやみに干渉されず、干渉しないことが可能な人間だから、俺が本心を偽らずに話しても非難もされなければ、同情もされない。ゆえに、彼女とは本音で話し合えるから、この関係がちょうどいいと思う俺が心のどこかにいたんだ。
でも冷静に考えたらそんな冷えた関係、冷酷もいいところだ。
「そこのソファにでも腰掛けてください」
「ああ、ありがとう」
ずっと聞きたかった質問があった。失礼な質問だと分かっていた。
「なあ、御堂、お前、クリスマスプレゼントもらったこと、あるか?」
クリスマスの数日前に見た御堂の諦観した表情を思いだす。彼女の家族間でなにかがあるから、一生もらえないと思った。だからあきらめたような顔をしていた。御堂小春の家族事情はおそらく歪なものだろう。遠慮が足らない、と言われてもおかしくない言葉を放つ。家族の話に入り込むのは無粋な行動だ。ただそれでも、俺は目の前の少女の氷を少し溶かさなければならない。ありふれた義務感だ。本当はただそんな義務感が御堂の本心、氷塊の中心部に存在する本心に触れるための手段であり、言い訳であると知っていながらーーーー
図星だったのだろう、御堂はなぜわかったのか、と尋ねるかのような顔で、目を大きく見開く。
「どうして、わかったのですか。私そんなこと一言も言ってません・・・」
自分の弱い顔を隠すかのように、彼女は笑みを浮かべる。
まただ・・・またこいつは無理して笑って自分の本心さえを欺こうとしている。お前がいつもと違う哀しい顔してたら、わかんだよ。俺を舐めんな」
俺は他人とかかわるのを避けたがっていた時期あった癖して、他人の心理を読み取るのが優れているらしい。ポーカーフェイスがそこまで得意でないこいつのことは見てりゃ嫌でもわかる。
「・・・なあ、お前がどんな人生を送ってきたのか、訊いてもいいか」
「聞いても面白くないですよ」
「それでも、だ。お前がよかったらでいいから」
「わかり・・・ました。独り言程度に聞いてください」
「ああ」
「私の両親はどちらも完璧主義者でした。でも、私はそうではなかった。何かが中途半端でも気にしなかった。何かをやり遂げることは私にとっては苦手で苦痛でした。そんな私に彼らは完璧を要求しました。『全部完璧にしろ』『完璧じゃなかったら、追い出します』最初のうちは冗談だと思ってましたが、彼らが本気だと知ったのは中学3年生のころだったでしょうか。『完璧』にうんざりした私は、それまで従順だった私とは大きく異なり、両親に反抗するようになりました。課題をやらなかったり、強制的に行かされていた習い事を休んだり」
それは彼女なりの、完璧であることを押し付ける親への対抗だった。当たり前の権利だろう。子供は親のおもちゃではない。
「反抗を続けて数日が経過し、学校から帰宅しようとしていつものようにインターホンを押しました。鍵は渡されていませんでした。しかし、沈黙が流れたままです。私はもう一度インターホンを鳴らした。そしたら返事が返ってきて。『お前は完璧でないから、うちの子でない』心底肝が冷えました。その日は、泣きわめいて許しを請いましたが、結局許しはもらえず、夜遅くになって、行く果てもなくたださまよって、小さな公園にたどり着きました。ただ偶然、そこを通りかかった警察官の方のおかげで家には戻ってこれましたが、同時に条件を突き付けられました」
「条件?」
「はい。まずあらゆる分野で完全習得を行うこと。そして二つ目。家から離れた高校を受験すること。今思えば私を一人暮らしさせることで、遠ざけるという口実が欲しかったのでしょう。そのときには両親どちらの目も汚物をみるような目になっていましたよ。完璧でない自分の子供が気持ち悪かったのでしょう。それから私は死に物狂いで勉強をして、スポーツをして、芸術なども大会で優勝できるくらいに、努力して、今に至ります」
「なるほど。だからお前は一人暮らしをしているのか」
「はい。そういうことです。でも、私は大丈夫ですよ?全然哀しくありません」
御堂は「ほら」と言わんばかりに微笑を浮かべている。
そんな顔するな。
何が大丈夫だよ・・・強がるなよ・・・
俺はそんな彼女の頬を引っ張り、軽く痛まない程度に左右に伸ばす。
「なに、ひへるんえふか?」
「頬のマッサージだが」
「そうひゃなふて・・・」
手を離せと言われたので、言葉通り手を離す。その顔には悲愁、諦めなどのいろいろな感情を押し込めて笑顔をつくったようだが、できておらず、様々な感情が複雑に交錯したように、ぐちゃぐちゃだった。
「お前・・・今、泣いてるぞ」
そう、彼女はぽろぽろと涙を流していた。本人は無意識のうちに泣いていたのか、それには気づいておらず、今自分の頬に手を当てて、自分の生理状態に気が付いた。
「ぁ・・・なんで・・・」
どうして自分が泣いているのか、さもわからない、といった顔で彼女は困惑していた。
「そんなん、お前が一番わかってるだろ。苦しいときは苦しい。哀しいときは哀しい。泣きたいときは泣いていいんだ。誰もそれをとがめないんだよ」
「でも、私・・はここで泣けば・・・これまでの偽った自分を・・否定す・・ることに・・なる・・・んです。私が・・私を咎めるん・・・ですよ!」
完璧な御堂というのは、いわば努力の結晶だ。そんないままで頑張って作ってきた偽りの自分を、彼女自身が否定してしまう。それを彼女は許さない。
「・・・偽りの御堂小春を作ったのは本当の御堂小春なんだから、お前が偽りの自分を受け止めやれよ」
「・・ッ!ぁぁ...ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ」
そこから御堂が苦しみを含んだ嗚咽を漏らした。涙はとめどなく溢れることを知らなかった。その時間は彼女の生きてきた月日に比べれば、短い時間だった。




