後遺症
三題噺もどき―さんびゃくろくじゅうなな。
「……」
ふと、目が覚める。
視界には真っ暗な部屋が広がっている……ハズだ。
何せ真っ暗だから、何がそこにあるのかは分からない。
寝ている以上寝台のある部屋ではあるだろうけど。
今ぼんやりと思いだしている寝る直前の記憶が正しいかどうかは分からない。
「……」
今寝ているところが、寝台の上かどうかも怪しいかもしれない。
もしかしたら、申し訳程度に置いてあるソファの上かもしれない。
……まぁ、でもこの寝心地の良さは、あの固いソファでは叶わないだろう。
だからまぁ、寝台の上で、寝台のある部屋で合っているんだろう。
「……」
横向きになっていた体を倒し、仰向けの状態になる。
視界は少し、暗闇に慣れてきたのか、うっすらと天井が見える。
ぼんやりとしているのは、寝起きのせいだけではないかもしれない。
「……」
ぼうっと休みながら、さて何をしようかと巡らせてみる。
特にすることはないし、すべきこともないのだけど。
久しぶりにサンルームにでも出てみようかなぁ。
「……」
今が、朝なのか昼なのか、はたまた夜なのか。
そんなことは全く分からないが……。
外が暗ければ、サンルームに出よう。
明るければ……軽く食事でも済ませてまたこの部屋に戻ってこよう。
「……」
それだけでも少し、なぜか、億劫な気持ちになりながら。
冴えてきた頭に引きずられ、体を起こす。
小さな軋みを上げる寝台に憐れみを向けながら、足を床に落とす。
「……」
変わらず真っ暗な部屋が広がっている。
部屋には、カーテンもなければ、窓もない。
……いや、窓はあるにはあるが、全て閉ざされている。
光が漏れてこないように。
眩しさに怯えないで済むように。
誰かの視線にさらされることがないように。
窓をすべて、板で、塞いだ。
「……」
本当は、全ての部屋の窓をそう、してしまいたかったのだけど。
まぁ……いろいろとあって、自室のみに限られてしまっている。
寝台と申し訳程度のソファが置いてあるこの部屋。
ここに居れば、何に怯える必要もない。
ずっとここに居て、生きていけるならそうしたい。
「……」
でもまぁ、生きている以上は、息をしている以上は、ここで固まっているわけにもいかないので。そう、なんとか言い聞かせて外に出る努力をしている。
とは言え、外出はあまりできない。
「……」
寝て、起きて。
外が暗ければ、たまにサンルームに出てみて。
外が明るければ、食事だけ済まして自室に戻る。
「……」
暗ければ、まだ長時間出て居られるが。
明るいと、どうも……まだ、どうにもできていない。
これでもまだ、マシになった方ではあるんだが。
「……」
「……」
床に置いた足に力を入れ、立ち上がる。
少しふらつくが、問題はない。
ゆっくりと歩みを進め、部屋の扉に手をかける。
ゆっくりと押し開き、ヒヤリとした空気に襲われる。
「……」
廊下を進み、階段に足をかける。
階下からは、カーテンの隙間から入ってきたのか。
外の光が滲んでいた。
いくら遮光しても、アレは容赦なく入ってくる。
ぴったりと閉じたところで、小さな隙間からでも入り込んでくる。
煌びやかな眩しい光は、加減することなく。
目の奥へと入り込む。
「――」
足がすくむ。
光は。
だめなのだ。
「――」
過去に向けられたソレを思い出してしまうから。
妬みの含まれた視線を、想起してしまうから。
大量の光と共に浴びせられた、妬みと罵倒と憎しみを思い出すから。
ざわざわとした人の声と人の群れと。
暑いほどの光を思い出してしまうから。
―息が止まってしまうから。
「――」
これでも、最近はほんとにマシになったのだ。
部屋の窓をすべて閉じて、起きるでも寝るでもなく怯えていた日々から。少しは。
世間はすでに別のものに、その感情を向けていると気づいてから。
ホントに、少しはマシになったのだ。
「――」
あぁ、でも。
今日は、無理なようだ。
足がどうにも動かない。
階段から下に降りることが叶いそうにない。
「――」
息が止まっている気がする。
心臓がうるさい。
手が震えている。
視界が明滅する。
目の奥で光が弾ける。
沢山の影が、残像が、蠢く。
「っ――」
仕方ない。
大人しく部屋に戻ろう。
そうしたら少しは落ち着くかもしれない。
一度寝てみるのもいいかもしれない。
そうすれば、起きたときには。
きっと平気になっているはずだ。
お題:サンルーム・寝台・妬み