<第09話>
それから間も無く、広嗣様が筑紫で兵を集めているとの報が京に届きました。帝はそれに対して広嗣様を謀反人とし、征伐隊を出兵することを命じました。
姫様は青ざめていました。
「広嗣様はどうなるのかしら」
「罪人として処罰されるでしょう」
「広嗣様は間違ったことを言っていないのに」
「仕方がありません。帝に無断で兵を集めるなど、天に逆らうも同じ。姫様もおわかりになるはず。それが皇族でも貴族でもどのような者であっても処罰されるのは当然のこと。皇后の身内だからと許したら、帝が国を治める意味がなくなってしまいます」
「でも、玄昉僧正だって国を傾けようとしたのでは」
「玄昉僧正のことは、確たる証がありません。一方、広嗣様は、兵を集めているという誰が見ても明らかな謀反行為をしているのです。処罰せねば律令が軽んじられます。信頼していた広嗣様を罰せねばならない、帝のお気持ちも辛いのです」
「……私が帝になったら、務まるかしら……」
「何とかなります。もしも困ったら私を呼んでくださいませ」
私はにっこり微笑みかけました。
しかしそれを最後に、私は長いこと姫様とお会いすることはありませんでした。
というのも、姫様に玄昉僧正とのことを話したのは私ではないかと皇后に疑われ、宮中への出入りを禁じられてしまったからです。
その機に私は思い切って隠居することにしました。京外の別荘に移り住み、野菜を作り鳥を飼って、時折、占卜や夢解きをしながら気ままに暮らすこととしたのです。
そうして皇后が逝去するまで約二十年間、宮殿には一歩も足を踏み入れませんでした。姫様と再会したのは、皇后が逝去した二年後でございます。