<第03話>
数日後、私は再び姫様に呼ばれました。私が皇后と話したことを侍女から聞いたようです。
「お母様とはどのような話をしたのですか」
「それは申し上げられません」
「やはりそなたも。もう下がってよろしい」
「姫様とのお話のことも皇后に訊かれ、同じようにお答えしました」
姫様の顔がぱっと明るくなりました。
「我は……」
姫様は私の袖を掴み、早口で話し始めました。
「いつもお母様からあれこれ言われるのです。我がやることなすこと、袖の上げ下ろしまで細かく小言ばかり。貴女は私の言う通りにしていれば間違いない、と。少しは我の好きにさせてほしいのに」
私は私の袖を掴んだままの姫様の手に、もう片側の手をそっと重ねました。
「ええ、姫様には姫様のお考えがありましょうにね」
そのひと言だけで充分でした。姫様は自分の気持ちをわかってくれる、と私を信頼してくださるようになったのです。
後宮には私の知ってる者も多くいます。女官たちの話では、姫様は常に皇后に監視されているということでした。皇后本人が見ているのではありません。姫様に仕える侍女たちが、毎日その日の姫様の一挙手一投足を皇后に報告しているのです。
皇后は、姫様の気持ちを支配するのも上手でした。
姫様が皇后に少しでも異を唱えたり反抗的な態度を見せると「母に口答えするとは、なんと嘆かわしい子に育ってしまったのかしら。ああ、母は悲しい」と大袈裟に騒ぎ立て、姫様が言い訳をする間も与えず、よく通る声で捲し立てるのだそうです。
皇后は、人の心に強く響く声をしています。本人は意識していないでしょう。おそらく彼女の内面から来るもの。権力者の家に生まれ、帝の妃となるべく育ったその自負、この世の全ては自分の思い通りになるという自信、そうした性格矜持が全て音吐声音に現れているのです。人が声を発するというのは、自分の内面を吐露することなのです。
そうして姫様の中に「母に逆らうのは悪である」という気持ちが植えつけられたのです。姫様は皇后に対する不満や反発が心に溜まっていても、不満を感じる自分が悪いのではないかと、自分の気持ちを表に出すのを差し控えるようになったのでしょう。
しかし、言いたいことを我慢し抑圧された自我はいずれ爆発するものです。誰にも気持ちをわかってもらえない姫様の心は、いつか耐えきれなくなるかもしれません。