<第01話>
「自分の見た夢をやたらと他人に語ってはならない」
昔から人々は、眠っている間に見た夢には意味があると思っていました。夢の中に隠された真実を読み解き、夢が告げる未来を知りたいと願っていました。「夢を解く」とは未来を知ることなのです。
しかし誤った夢解きをすれば、吉夢が凶となり、悪夢はさらに悪夢を呼びましょう。夢解き次第で運命は思わぬ方向へ動き、人生が狂うこともあるのです。
夢解きを名乗る者の中には、悪しき企みを抱く人物もいます。出鱈目を言う者、他人の吉夢を手に入れる者、心に入り込み偽りの夢解きで未来を変えてしまう者、そんな人物には、決して見た夢を話してはなりません。
私が帝の初子であられる姫様と初めてお会いしたのは、今から三十一年前、姫様が十四歳の夏の初めでした。
私は、夢解きができる占卜師として、宮中への出入りが許されていました。帝を先祖に持っている私は、日頃から皇族や貴族の方々と親しく付き合っていたのです。
まだ髪上げをなされず振分髪の耳元に紫の躑躅の花を刺した姫様は、若々しい裳を菖蒲色の帯で飾り、化粧もうっすら紅を指しただけの唇で、年齢よりずいぶん幼く見えました。
「私が夢解きをするのは容易いこと。但し、私をお信じになられ、正直に全てをお話しいただくようお約束願います。姫様に私の夢解きを受け入れるお気持ちがおありですか」
姫様はとても緊張なさっているように見えました。膝に置いた緋色の衣の袖から、握りしめた指が見えました。初めて体験する夢解きと、初対面の私への警戒心といったところでしょうか、不安そうな眉をしておられました。
私はそれまでの硬い口調から顔を崩し、にっこり微笑みました。
「なあに、私をお信じくだされば、大丈夫、姫様の望む未来へ導きましょう」
姫様にとって私は御母君と同じ年頃、包容力を見せるなど何の造作もありません。
「我の望む未来へ、本当に……でも、とても恐ろしい夢でしたの。それでも」
「恐ろしい夢には忠告が隠されています。忠告に従えば、何も恐れることなどありませぬ」
「何か、良からぬことが起きるのではないかと、我は、我は……」
夢を思い出したのか、姫様はつぶらな瞳を迷い犬のように潤ませました。
私は姫様の心を落ち着かせようと静かに語りかけました。
「悪夢の中にある忠告を正しく拾い上げないと、悪夢は悪夢のままでございます。正しく夢解きをすれば吉にもなりまする。どうぞ詳しくお話しくださいませ」
「……どこかの寺のようでした」
姫様は、か細い声で話し始めました。
「空は青く澄み切って、寺の屋根に光が降り注ぎ宝珠が輝いていました。寺の庭には大勢の人が平伏し拝んでいて、お父様が、お姿は見えねども、寺の中におられると感じました。我もお父様の近くに寄りたいと歩き出したその時、足元の草の蔓に足を取られて。誰か人を呼ぼうと見回すけれど、声が出ません。そうしたら蔓がどんどん伸びきて、恐ろしくなって、南無、と呟いたその時、目が覚めました」
私は、姫様が、父帝をとても誇りに思っていること、自由な意志が周りの環境に妨害されていると感じていることを、夢から読み取りました。
夢の意味をそのまま説明するのは簡単です。でもそれだけでは夢解きとは言えません。夢から読み取った依頼人の感情、心理状態を解析し、今後の生活に大切な助言を与える。それこそが夢解きの重要な仕事なのです。
「失礼いたします」
私は手を伸ばし、膝の上にある姫様の両手指に触れました。指先は、緊張からか初夏だというのにとても冷たくなっていました。
私は姫様の指を私の手の平で包み込みながら、姫様の瞳を覗き込みました。
「姫様は今、孤独を感じておられます。誰にも本心を話せない、誰もわかってくれない、そんなお心が夢に出ております」
姫様は何か言いた気に唇をかすかに開きました。でも、その口は何の音も発しませんでした。
「それから、姫様が御父君をとても尊敬なさっているのがわかります」
「ええ、ええ」
姫様は、当たっているとばかりに頷きました。
「夢に出てくる空の様子はご自身のお心を表すものです。姫様は、夢に出てきた青空のように澄んだお心の持ち主です。御父君のような立派な人になりたい、そう思っておられるのでしょう。草の蔓が行く手を阻むのですね。どんな草でした?」
「ええと」
姫様が答える前に私は言いました。
「草の蔓に足を取られるというのは姫様の邪魔をする人物がいる、あるいは何かの障害があって姫様が思うようにできないという現実を表しています。夢の中での行手を遮る物は、障害となる人物の象徴です。例えばこの夢では、障害となっているのは草の蔓。草に関係のある姓や名の人物という意味になります」
おそらく夢の中の蔓は藤、つまり母親である皇后を表しているのだと思いましたけれど、私はあえて藤と言いませんでした。
「草の蔓の名前……」
姫様は心当たりを考えておられるようでした。草や木の氏、名前など、そうそうありはしません。姫様の頭に思い浮かぶのはただひとつでしょう。
「姫様はこれからも夢の中の蔓のような人物や物事に邪魔をされ、自由を奪われ、道を阻まれることがあるかもしれません。周りの人を呼ぼうとしても声が出なかったのは、周りの人を信頼していないという意味でしょう」
姫様の冷たい指先が微かに震えているようでした。
私は、穏やかな口調で言いました。
「でも、心配には及びません。南無、と唱えたら悪夢から覚めた。それは仏のご加護が姫様にあられるということです。周りの邪気に惑わされず、ご自身のお心を強く持ち信じる道を進めば、必ず仏が守ってくださいます。草の蔓に御身を囚われぬよう、お気をつけなさいまし。さすれば、草の蔓もいずれは枯れまする」
姫様はまだ不安が残っているようでした。
私は姫様の手を握る私の手に力を入れました。
「大丈夫でございますよ。姫様には仏と御父君がついておられます。今は悪い夢と思っても、お心次第で良き未来に変えられます。もし、私の夢解きを受け入れられないのなら、この場でお忘れください。信じるか信じないかは姫様が選ぶこと、未来を選ぶのは姫様ご自身なのですから」