第六話 王都めぐりと職探し
「常に人材不足だし、ギルドマスターは人を見る目があるから、魔族が入り込む余地は無いし……
なに? その、冒険者だけは勘弁、って顔は」
「いや……」
スライムの、はるかに格上モンスターを狩るのが仕事の、冒険者。
そんな人間離れしたような職業に、俺がなれるわけがない。
そもそも、さっき二人の冒険者がリタイアするのを見たところだ。
あまりにも厳しい世界すぎる。
「い、一応街を回って、色んなところで聞いてみるよ。初めての街だし、回ってもみたいし」
誤魔化すようにそう言ったが、本音でもあった。
そう、街に入ってからちょっとワクワクしているのだ。
なにせ人間が住んでる街なんて、初めてのことだ。
さっきから目に入るものすべてが新鮮で、走り出したい気持ちを抑えるので大変だ。
「そう? じゃあ、私が道案内してあげる。まだまだお礼、し足りないしね」
「それは助かる!」
「この街、おいしい食堂もいっぱいあるのよ。まずはどこから行こうかな」
俺は歩き出したマルグレットについていく。
職探しを兼ねた、街の名所めぐりが始まった。
「いや、あそこの屋台の、肉をパンに挟むやつ! 美味かったなあ。
果物ジュースも初めて飲んだよ! 最高!」
「でしょ。この街は美食が売りなんだから」
そんな感じで、日が西に傾き……空の色が赤に染まりはじめるまで、街を回ったのだが。
「ど、どこも雇ってくれない……」
名所めぐりはとても新鮮で楽しかったし、この街の飲食物はどれも絶品だった。
しかし、職探しについては……絶望的な結果しか残らなかったのだ。
「言ったでしょ。身元の確かな人間しか無理なんだから。
でも、あなたほどの腕前、冒険者が天職としか思えないんだけどなあ。
すぐにでも上位ランカーになれるわ。保証する」
マルグレットはそう言うが、とんでもない誤解である。
ジャイアント・マンティスを倒せたのだって、十分の九くらいは彼女の手柄なんだし。
「もっとこう、野草の採取とか、荷物運びとか、ドブさらいとか、何でもいいんだ。
剣やらスキルやら使わないで済むようなやつは、」
「ないわね」
一言で切って捨てられた。
「あなたが冒険者にならないなんて、宝の持ち腐れよ。
……わかったわ、そんな顔しないで。今日はもう遅いから、宿に部屋を取りましょ。
お金? 出してあげるから。一緒に泊まりましょ。
も、もちろん別の部屋だけど」
何から何まで助かる。
これで完全に、こちらがお礼を返すターンになったと思う。
はやく、職にありつかないと。
しかし、この国では冒険者になるしかない……
悩んでいるうちに完全に日が暮れたので、二人して宿で休むことになった。
「寝床がふかふかだ……」
魔女の小屋の、堅い木のベッドとは大違いだ。
俺はあっという間に、深い眠りに落ちたのだった。
「おはよう。やっぱりあなた、冒険者になるべきだと思うの」
朝の挨拶一番、そんな事を言いだすマルグレット。
「それしかないのか……わかったよ」
この国の決まり事を、今ひっくり返せるわけもなく。
どうにも選択肢がないようだ。
覚悟を決めて、冒険者になるしかないか。
「大丈夫だってば。私には分かるわ。
あなたならすぐにでも、A級どころかS級にさえなれる。絶対よ」
とんでもない買いかぶりをされたものだ。
あの化けカマキリを横取りみたいな形で仕留めた事が、こんな形で返ってくるとは。
けっきょく俺はマルグレットに引っ張られるように、冒険者ギルドへと連れていかれたのだった。
この街で普通に働いている人々を、うらやましげに眺めながら……
料理店で働けたなら、あの美味い料理を食い放題になるのかなあ……
「ふむ……」
冒険者ギルドにて。
俺は身分証などの提示を求められることもなく、いきなり冒険者の素質診断を受けていた。
水晶に手を触れるだけで、その人間の資質や能力がある程度分かるらしい。
人間の街には、本当にいろんなものがあるんだな。
「同じ年齢の、一般男性の平均以上の身体機能を備えてますね。
そしてかなり、魔力値が高めです」
とギルドの受付嬢が告げた。
魔女の森で鍛えた体、それなりに評価されたようだ。
しかし魔力が高い、とは意外な。どういったわけだろう。鍛えた覚えはない。
「へえ、ぜったい戦士タイプだと思ってたのに。
まさかの魔法使いタイプ?」
マルグレットが少し驚いたような声をあげる。
「俺は魔法なんて使えないんだが……」
「後から覚えればいいのよ。私の回復系魔法も職が決まってから、だったし」
彼女の冒険者としての職は、正しくは聖騎士とのことだった。
戦士タイプの上級職。攻撃系ではなく回復系を覚えたのは、
パーティの生存確率を上げるためだとか。
「魔法が使える戦士なら、魔法戦士ね。私と同じ上級職だわ」
どうやって魔法を覚えれば良いのか聞くと、受付嬢が本棚から一冊の本を持ってきた。
詠唱の言葉の組み合わせと、体内魔力の放出により、魔法が発動するとのこと。
本を読んでみると、そこに書かれているのは全く未知の言語だった。
読み書きは一応出来るが、それは全て共通語の話。
イバラが絡まったような複雑な模様にしか見えない詠唱の言葉、
さすがにこれを一から学ぶ気は起きない。
「ふうん。まあ、冒険者なりたての人が手を出すのも早いかもね。
剣の腕があるんだから、まずは戦士としてやっていくのが良いのかも」
マルグレットの言う通り、二匹の兎を追いかける者なんとやら、だ。
それに俺は、軽いクエストだけ受けられればいいのだ。
壁に貼られた依頼掲示板を見ながら、そう考える。
そこには、脅威度2のモンスター退治依頼の依頼書が、
けっこう貼られているのだ。スライムを除けば、それが最弱ということだからな。
俺でもかろうじて倒せるはず……
「では、ラルス様は戦士で始めるのですね。
一からの出発ですので、ランクはEからです」
冒険者ランクは『E』から始まり、『A』にいたる5つが基本で、その上に特例の『S』があるようだ。
ということは、マルグレットはほぼトップの実力者ということになる。
さすが、脅威度5のジャイアント・マンティスと単独で戦えるだけある。
あらためて尊敬のまなざしを彼女に向けると、「な……なに?」と、もじもじしだした。
じっと見つめるのは失礼だったか……外の世界のマナーというやつ、まだまだ分かってないからな。
「A級冒険者のマルグレット・リリェホルム様。ギルドマスターがお呼びです。
いらっしゃいましたら、今すぐ三階の特別室へお越しください」
突然、頭の上から声が鳴り響き、思わず見上げる。
なんだ!? 誰が喋ったんだ?
「拡声魔法による、アナウンスよ。私、呼ばれたからちょっと席を外すわね」
マルグレットがふふっと笑って、小走りに階段のほうへ向かっていった。
魔法だったのか……世界には色々なものがある……
「……ラルス様。手続きを進めたいのですが」
おっと、そうだった。
「現在、スキルをお持ちでしたら、今のうちに申告してください」
受付嬢によれば、水晶では診断できない要素があり、それがスキル所持の有無だった。
しかし、じいちゃんに秘密にするよう言われたんだが……
でも、黙っているのも後から問題になるかもだし。
さすがに言うしかないか。
「持ってる。【スライムスキル】だ」
「……は? いま何と?
す、スライムスキル? というのは、ええと、あの最弱種の……
スライムが持っているスキル、ということですか?
それをラルス様がお持ち、なので?」
「そうだ」
受付嬢に答えると、彼女は目を見開いたまま、「あー」とか「んー?」とか繰り返した。
笑いをこらえているんだろうか。最弱種のスキルだもんな。
「す、スライムのスキル、ってあれですか。物を溶かすとかの……」
俺はうなずいた。7つある、スライムスキルの一つだ。
「モンスターの中で唯一無害、というか人間を見ると逃げるのが基本なので、
スキルの目撃例は少ないですが……かなりちょっかいを出すと、
まれに反撃してくるって話ですよね。
その時に服を溶かされたり、多少痛い思いをする、という。
しかし、人間が使えるなんて話は聞いた事がありません」
と受付嬢。
そういえば、じいちゃんも言ってたっけ。ふつう人間が使えるはずはない、と。
でも、使えるものは仕方がない。
「その……スライムと友達になって、習った」
「わーははははは!!」
突然、ギルド中に野太い笑い声が鳴り響いた。
近くに居た、ごつい鎧を着た大男が立てたものだ。
どうやら、話を聞かれたらしい……
「す、スライムスキル! そりゃモンスターにもスキル持ちはいるが!
人間には使えねえよそんなの! ハッタリにしても、なんで最弱種のスキルなんだよ!
そのうえ、スライムとお友達ィ!? 初めて聞いたぜそんなほら話!」
いかつい顔をこちらに近づけ、フンと鼻息を吹きかけて来た。
これは、からまれた……ってことなのかな。
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