第五話 王都へ
「だいぶ近づいて来たな。
すげえ、あれ全部、人の手で作られているんだ……」
「王都は初めて?」
マルグレットの言葉に俺はうなずいた。
王都をぐるっと囲む城壁はすべてが石造りで、
魔女の森の木々より、やや高いくらい。
人間って、あんな壁を石で作れるんだな。
そして、中にもやっぱり石造りの家々、そして王様の住む王宮があるらしい。
外の世界、何もかもが新鮮だ。魔女の森とは、全然違う。
「それで、どうやって王都に入るんだ?
飛び越えて? それとも登って?」
とマルグレットに聞くと、彼女は目を白黒させた。
「と、飛び越え……? 登って? か、壁を!?」
しまった、何か間違ったらしい。
あの程度の高さなら、【スライムスキル】を使って普通に飛び越えられるし、
登るのも楽勝だ。しかし彼女の反応が「それは違う」と言っている。
「普通は、門から歩いて入るのよ……?
あなたの居た村だって、規模は小さくとも、そうだったでしょう?」
「あっ……はい……」
俺は、名前も知られてない遠くの村から来ていることになっている。
スヴェンじいちゃんの入れ知恵だ。
『魔女の森』は人間世界では忌避されているため、その森出身だと言ったら恐れられるか、
頭のおかしい人扱いされてしまうらしい。
堂々と故郷を名乗れないのは残念だけど、人間世界に馴染むため。
じいちゃんの言いつけは守るべきだなと俺も思う。
そして、スライムスキルも秘密としたほうが良いじゃろう、
というのがじいちゃんの判断だった。
「……もしかして、通行手形、もしくは身分を証明するもの、
持ってきてない……?」
マルグレットの言葉に、うっと詰まる。
そういったものが世の中にはある、とは知ってはいた。
魔女の小屋の、本棚にあった本で多少は勉強したつもりだ。
しかし、手形なんかを森ではさすがに用意できない。
王都は目の前なのに、なんか暗雲が立ち込めてきた気分になってきた。
「持ってない……」
「なんてこと。それじゃ、王都へは入れないわ。
困ったわね……」
おとがいに人差し指を当て、うーんと考え込むマルグレット。
じいちゃんは壁を飛び越えたりよじ登ったりして入ってたらしいが、スライムだから出来た事。
やはり、スライムは人間より優れている気がしてならない。
「……そうだわ!」
ぱちん、とマルグレットが手を合わせた。
「とりあえず、ラルスは私たちについて来て。
そして、話を合わせてね」
何か、思いついたらしい。
話を合わせる……そんな器用な事、出来るだろうか……
「通行手形か、身分を証明するものを」
とりあえず俺はマルグレットとパーティの二人についていき、王都の北大門と呼ばれる場所まで来た。
ここで門番のチェックを受けないと、中に入れないらしい。
マルグレットたちは首から下げた、小さいカードを門番に見せている。
冒険者タグというものと聞いた。
門番はそれをじっと見た後うなずいて、「いつもお疲れ様です」などと言っている。
マルグレット、知られた顔らしいな。
そして門番は俺の方を向いた。ええと……
「あ、門番さん。この人も私のパーティメンバーなの。
さっき、脅威度6のモンスターに出くわしちゃって。
その時、この人の冒険者タグが無くなってしまったの」
などと言いだした。
なるほどそういう助け舟……
「脅威度6!? そんな化け物が、この辺りに出たのですか!?
って、こいつがマルグレットさんのパーティメンバーですと?」
門番がこっちに向き直る。うさんくさいものを見る目で見つめてきた。
いや俺も冒険者になるつもりなんて、さらさら無いんだが。
ともあれ、話を合わすというか、黙っておこう。
「この人、脅威度6のモンスターをも真っ二つに出来る、驚異の新人メンバーよ。
名はラルス、よろしくね」
と、腕をからませてくるマルグレット。
「あっ……なんてうらやましい……!
わ、わかりましたよ。A級冒険者のあなたがそう言うのであれば……
おいラルスとやら、なくした冒険者タグはちゃんと再発行しとけよ!」
威圧的にそう言い捨てた門番の男は、ようやく身を引いて道を譲ってくれた。
助かった、これで街に入れる。
門をくぐり、門番の男から距離を置いたところでマルグレットに向き直った。
「ありがとう、助かったよ」
「いいえ、これくらいじゃさっきのお返しには全然足りないわ」
マルグレットが片目をつぶる。
ウィンクってやつか……女の子の可愛い仕草、と本で見た。
確かに可愛い。
「それじゃ、わたしたちは……ここで」
「ええ、それじゃ……」
女騎士さんのお仲間、シュティーナさんとメルタさんが頭を下げて去って行った。
なんだか浮かない顔をしていたな。どうしたんだろう?
「彼女たち……脅威度6のモンスターと戦って、心底怖い思いをしたのよ。
あんなに強い敵なんて初めてで……手も足も出ず、命を失う寸前まで行った。
だから、冒険者稼業から足を洗う……って」
王都に来る途中、なにか深刻そうな話をしてたのはそういうことか。
冒険者といえど、心折られることもあるんだな……
自分より、はるかに格上の相手に殺されかけたわけだしな。
トラウマってやつか。
俺も、周囲は格上だらけだってことを肝に銘じなければ。
「女同士のパーティで、結構上手くやっていけたんだけどね。
残念だけど、仕方ないわ」
二人の去った方向を見ながら、マルグレットが肩を落とした。
俺はなんとか慰めの言葉をかけようと思ったが、
「そうなのか。でも……命があって良かった」
このくらいしか出て来なかった。歯がゆい。
しかし、マルグレットは笑顔を見せて、
「そうね……ところで、ラルスはこの街には何しに来たの?」
くるっとこちらを振り向く。
「お金稼ぎ、だな。俺は外の世界を全く知らないから、色々見て回りたいんだ。
そのためにはお金ってのが必要なんで、この街で働いて稼ごうかと」
「働く……ってあなた。身分証のたぐいを一切持ってないんでしょう?」
だったら、気の毒だけど……どこも雇ってくれないわよ」
「え? なぜ?」
「ちょっと前から、魔族が人に化けて街に入り込む、なんてことが続いたの。
大事になる前になんとか見破って、全員排除されたけれど。
だから、身分証明が必須になって……この街だけじゃなく、国中どこでもそうよ。
以前はそこまで厳しくなかったのだけど」
国中! この街以外もなのか……であれば。
身分証なくても自由に職に就けるところを探して、他国にでも。
……なんて、余計金がかかるような事が出来るわけがない。
稼ぐことが出来ないなら、帰るしかないんだろうか。
出発一日目にして、戻るなんて。
皆の前で、どんな顔をすればいいのか。
「あ、でも一か所だけ、身分証明とか無くても雇ってくれるところがあるわ」
「それは助かる! なんて職業?」
「冒険者よ」
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