最終話 スライム王
どどどどど……
ランツの狂戦士たちが立てる足音が、地響きのようにとどろいていた。
中央平原が、みるみるうちに人だかりで埋まっていく。
狂戦士の群れだ。目は鈍く赤く光っており、兵士も一般市民も
ごたまぜで全く統率がとれていない。
しかし、一人ひとりの戦闘能力は限界以上に引き出されており、
多少のダメージを与えたところで、その勢いは止まりはしない。
「そもそもランツの人たちって、民族的に体つきがごつくて
ほとんど国民全員、重装歩兵になれそうな勢いなんだよね。
そんなんがああやって突進してくるの、さすがに迫力あるっしょ」
「確かに。みんなタフそうだ」
カーリンの軽口にうなずく俺。
俺たちは中央平原にかまえられた陣を出て、平原中心部へと歩いている。
「ヴォオオオオオ!!」
先頭集団の狂戦士たちが上げる、雄叫びが良く聞こえるようになってきた。
彼らの首のうしろに、黒くて長いひものようなものが揺れているのが見える。
黒い寄生蟲だ。
「そろそろいいかな。やっちゃって」
「わかった」
カーリンの合図で、俺はしゃがみ込み、地面に手をつく、
そして【水と成る】を発動……目の前の地面が泥沼と化し、
その範囲がどんどん前方へと広がっていった。
「ヴォアア!?」
狂戦士たちが泥沼に足を取られ、ずぶずぶと沈んでいく。
しかし、臆することなく胸元までつかった状態で泥をかきわけ、
わめきながら前進しようとする、が……
「ヴォ……オ……?」
じょじょに狂戦士たちの進む速度が落ちていき、ついには一歩も動けなくなった。
「例によって、毒沼だ。今回は麻痺毒で」
「ランツの総人口は2000万ほどっしょ。
そいつらをまるっと飲み込むには、もっともっと広げないとだね」
俺は持って来た予備の魔力ポーションを飲みつづけ、さらに【水と成る】の
範囲を広げた。それこそ、中央平原を全て毒の沼地にする勢いで。
10平方キロ……30平方キロ……
「そんくらいで良いみたいっしょ」
カーリンが満足げにうなずく。
俺は念のため50平方キロほどまで沼を拡張し、魔力切れでばったり倒れた。
「おつかれちゃん。ランツの人たち全員、沼にハマったみたいだね。
んじゃさっそくこの沼に、黒い寄生蟲の治療魔法を付与していくっしょ。
麻痺の解毒もおまけにつけてね」
カーリンが足元の沼に手をつっこみ、詠唱を始める。
するとその場所から、小さい緑の光球がふわふわと立ち昇り始めた。
その光球が発生する範囲がどんどん広まり、数分後には沼全体にまで達した。
「ヴォオオオ……オオ……お?」
「ああ……あれ? ここは、どこ、だ?」
狂戦士と化していたランツの人々の目に、正気が戻って来た。
彼らの首の後ろから生えていた、黒い寄生蟲はきれいに消滅している。
麻痺も完全に解けたようだ。
俺は地面にうつぶせに寝転がりながら、その様子を見て「さすが、魔女」と
つぶやいた。
「ふー。これでランツの人たちに治療魔法は行き渡ったっしょ。
最初は上空から雨にまぜて、魔法を降らせようとも考えたけど
こっちのほうがはるかに楽で、速攻だね」
魔女カーリンは【大地】属性の魔法使い。
地面の水分を強制的に蒸発させ、上空で雲を作ることも可能という。
大地が関わる自然現象はどうにでもなる、というのがカーリンの弁。
やはり魔女、とんでもないことが出来るものだ。
「でもここまで早く治療魔法を行き渡らせられたのは、ラルスちゃんの
スキルのおかげっしょ。助かった」
カーリンが片目をつぶってみせた。
すっかり泥まみれになったランツの人たちは、鳩が豆鉄砲を食ったような
顔をしながら、ぞろぞろと西へと戻っていく。
それを見ながら、俺はほっと一息ついた。
「これで魔族がらみの問題は、すべてひっくるめて一件落着……
というわけだ。いや、長かったな」
――エピローグ――
「お疲れ様です、陛下」
自室に戻り、豪勢なソファに身を投げ出したところ、マルグレットがやってきて
ねぎらいの言葉をかけてきた。
「陛下、とかやっぱり言われ慣れないな。いつもどおりで頼む。
敬語もちょっと……マルグレットの方が年上なんだし」
俺がそう言うと、マルグレットはにっこりとほほ笑んで
「わかったわ、ラルス」
と返してきた。
「御会見だの御会食だの、退屈なクエストが立て続けにやってくる。
まったく、宮廷というのはつまらないところだな。
冒険者として、草原だの地下のダンジョンだの、砂漠だのを
旅していたころが懐かしい」
目をつむれば、その情景はいつでも鮮やかによみがえる。
中でも、ラムエルダスでの一週間は濃厚だった。
「気持ちは分かるわ。でも、ラルスは王様なんだから、最低限やるべきことは
やらないと。全部が全部、トルド宰相に任せてたらいつか国を
乗っ取られるわ」
「そうなれば冒険者に戻って、また世界を旅するのもいいかもしれない」
魔女の森から飛び出したのは、世界を見て回りたいという思いがあったからだ。
それがこうも、石の宮殿に閉じ込められたようになるのは困る。
「クーデターを容認しちゃダメでしょ。
あなたはもう、フィグネリアだけでなく……このエクルンド大陸の、
統一国家の元首なんだから」
そうなのだ。
例の黒い寄生蟲騒ぎを終わらせたことで、この大陸の東西の大国は
まとめて一つになった。
あの事件は、ランツにとってはまさに国家存亡の危機だった。
それを一人の犠牲者も出さず解決したことで、ランツはフィグネリアに
多大な感謝と謝意を示し、確執を捨て――そもそも父ランベルトの治世から
それは始まったことだが――二国間に同盟が結ばれた。
その後、何度かの折衝を経て……大陸は一つになった。
「しかし、王様だからってずっと動けないってのは、なあ」
「ああ、ラルスは外の世界を見て回りたい、って思ってたんだったわね。
そうね……ならもう少し、国が落ち着いてからそうしましょう。
なにか、外に出る理由を考えておくわ。王様が自分の国を見て回るのは、
べつに不思議な事ではないし」
それはありがたい……
さすがマルグレット、頼りになる。
「ただいまーっしょ」
と、いきなり窓がひとりでに空いてそこから入って来たのは、
魔女カーリンだ。手にはスヴェンじいちゃんを抱えている。
「東の方で起こってた飢饉問題、解決してきたっしょ。
干ばつが原因だったから雨をふらせて、それでおしまい」
「ラルス、久しぶりじゃのう。そして王にまでなるとはのう。
森でも話題じゃぞ」
魔女の森は、正式にスライムが治める自治領となった。
俺は法を整備し、スライムたちはいつでもこの国のどこでも
出歩けるようにしてある。
スライムの脅威度は1から0に下げた。
これで冒険者も彼らを狩る意味がなくなる。
そもそもが害のある存在ではないのだ。
この件では多少、混乱が起こったが、俺が力を込めて説得することで
徐々に民衆にも浸透していった。
「ありがとうカーリン。
空を飛びたい、なんていうじいちゃんの話を聞いてくれて」
「お安い御用っしょ。スライムはすっかり、この国の”象徴”だし。
大事にしなきゃね」
ふうっと一息つき、ソファに腰を下ろすカーリン。
それにジト目を送りながら、
「カーリンさんお疲れ様……ですが、いい加減、窓から入って来るのを
辞めて欲しいんですけども……」
とマルグレットが言った。
俺の自室は、宮殿のかなり高い塔の一角にある。
しかし、カーリンは階段を登るのが面倒だと言って、
空を飛んで直接入って来るのが常だ。
「気にしない気にしない。何事も効率っしょ。
あ、でもこないだ二人が良い雰囲気だったとこに
飛び込んだのは謝るっしょ。まじごめーん」
というカーリンの言葉に、かあっと赤くなるマルグレット。
そこにまた新たな来客があった。
「はい王様、大陸の冒険者ギルドネットワークに関する、もろもろの
書類にサインねがいますよっと」
扉を開けて入って来たのは、大陸の全冒険者ギルドを統括する、
ギルドマスター・ウルリーカだ。
「……ボクの新しい魔道具実験、許可も」
ウルリーカの背中から、ベリトが床に飛び降りて猫耳フードを揺らす。
「あー疲れた。カーリンはいいなあ。
空飛んで階段まるごと、無視出来るんだもんな」
「とか言いながら、なんで服を脱ぎ散らかすんですかウルリーカさん!
ここはあなたの自室じゃないんですよ?」
顔に手を当て、呆れ声をあげるマルグレット。
しかしウルリーカはどこ吹く風だ。
「固い事、言いなさんな。ここはラルスの部屋だけども
半分くらいは、わたしらの部屋でもあるようなもんだろ」
「どういう理屈ですか……って、なんで全裸になるんです!?」
「わたしは自分ちだと、だいたいこうだぞ」
「人の部屋でくつろぎ過ぎでしょう! あなたはアロルドさんのところに
いてあげてください!」
「あいつとの付き合いは普通に続いてるよ。心配しなさんな」
アロルドもすっかり元気になったらしい。
そして、冒険者稼業はまだ続いているようだ。
「そ、それにそんな恰好、ラルスの目の毒です!!」
ウルリーカの姿には、毒の効果があるのだろうか?
しかし、俺には毒は効かないので心配いらないぞマルグレット。
「まだそんなこと言ってるのかい? まがりなりにも、”ラルス王の妃”に
なったんだから、これからお世継ぎに関する話が持ち上がってくるぞ。
そろそろその辺のこと、ちゃんとしないと」
ウルリーカの言葉にさらに顔を赤らめ、うぐっと詰まるマルグレット。
そうなのだ。
俺とマルグレットは結婚した。
俺は常にマルグレットに助けられていた。
初めて会ってからというもの、それはずっと続いていた。
そしてラムエルダスの首都ヴィカンデルで【合体】したとき。
もっとも側にいるのを感じたのが彼女で、合体を解除する際には
一瞬迷いが生じたのだ。もっと、こうしていたいと。
そのような事をある時、ウルリーカにもらしたらこう言われたのだ。
「そりゃもう、マルグレットと結婚するしかないねえ」
俺が首をかしげると、ウルリーカはやや呆れた顔をした。
「うーん……スライムに育てられたという環境上、そういうことに
無自覚なのは仕方ないかねえ。まあそれはともかく。
マルグレットのことが気になって、いつも側にいてほしいとか、
支えて欲しいとか支えたいとか、思ってるわけだ?」
俺はうなずいた。
ウルリーカは笑い、「なら、すぐそう伝えな!」と俺の背中を
強く叩いてきたので、俺はそれを実行し……
驚いたことにあっさりと受け入れられ、結婚、ということになったのだった。
「……そ、そのような、みだりがわしい事は私も、詳しくはないので
ぼ、ぼちぼちと言った感じでですね……」
両手を揉みながら、マルグレットがぼそぼそとつぶやく。
ウルリーカはまた呆れたような顔になった。
「じゃあ仕方ないね……
その辺いろいろ、さりげなく教えていこうじゃないの。
わたしとベリトで」
「な、なんでベリトも巻き込むんです!」
マルグレットが飛び上がり、ベリトの方を向く。
ベリトは人差し指どうしをつつき合わせながら、「……よろしく」と
俺に小さくささやいた。何をだろう?
「ベリトも了承済みなんですか!?」
「そりゃもう、わたしらはラルスの側室みたいなもんだし」
目を白黒させるマルグレットに、ウルリーカは片目をつぶってみせた。
「あたしもかね? まあ、ラルスなら申し分ないけど」
「カーリンさんまで……」
言葉を失った様子のマルグレット。
なんか、俺のあずかり知らないところで大騒ぎが始まっている?
特にマルグレットとウルリーカの間で火花が飛んでるようなので、
俺は二人の間に割り込んで言った。
「まあまあ……この国の、【国是】を思い出してくれ。大陸を統一した時、
国旗といっしょに決めたのは、なんだった?」
「……そうね。ちょっと騒ぎ過ぎたわ。私もまだまだね」
「そうだな。国是に逆らうわけには、いかないねえ」
マルグレットとウルリーカが、ふっと息をつく。
「俺は皆のことをもう『家族』だと思ってる……家族は、仲良く、な」
俺の言葉に、部屋にいる皆がうなずき、ほほえんだ。
そして、部屋の片隅にかかげられた国旗のほうへ顔を向ける。
エクルンド大陸統一国家、”ラルスヘイム”の国旗。
緑を背景に、青い楕円が中心に描かれている。
もちろん、魔女の森に住むスライムを模したものだ。
そして国是は『まったりとした平和』。
スライムたちのように、のんびり静かな暮らしをしようじゃないか、
という思いが込められている。
そういった、あまりにもスライム推しが強いこと……
スライムの力を使えることから、民衆は俺を
”スライムキング”と呼んでいるらしい。
実に良い名称で、俺は満足だ。
これからも、俺はスライムの良さを世に広めていきたいと思っている。
完
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!
ブクマや評価、コメントにも感謝です。
おかげさまで最後まで書き切ることが出来ました。
重ねてお礼申し上げます。
途中、「カギ括弧内のセリフに空行を入れると読みづらい」との
指摘がありましたが、そういうものでしょうか。意見お待ちしています。




