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第五十六話 最後の悪あがき

 妙に長い間のあと……

 むくりと上半身を起こしたカーリンは、実にいままでのカーリンらしい

 言葉で、妙な事を言いだしたのだった。



「……た、大変っしょ!!


 は、はやく王都に戻らないと! 黒い、寄生蟲が!」


 黒い寄生蟲――

 アロルドを操っていた、あのにゅるにゅるか。

 それと王都に、何の関係が……?

 

「寄生蟲が、どうしたんです?」


 マルグレットがしゃがみ込んで問いかける。


「色々言いたいことはあるけど、とりあえず、かいつまんで言うと……!」



 魔族の王、アンブロシウスに体を乗っ取られていた魔女カーリン。

 その体を取り戻した時に、残っていたアンブロシウスの記憶を読んだという。

 

 それによれば……


 魔族の乗っ取り能力とはまた別のやり方で人を支配する、黒い寄生蟲。

 復活した魔族が乗っ取っても、まだまだ余りある人間を奴隷化するために

 作られた存在だ。


 その黒い寄生蟲が、西の大国ランツにバラまかれたという。

 寄生蟲を植え付けられた人間は、自ら分裂して増える寄生蟲を

 さらに別の人間に植え付けていく。


 そしてランツは寄生蟲の支配下に完全におかれた――



「王都へ攻め入るため暗躍していた魔族、リュドたちとは


 別行動してた魔族がいたみたいっしょ!


 ランツの国民全員が狂戦士と化し、フィグネリアに攻め込んでる!


 その戦端が開かれたのが……35分前!」


 このままでは戦争になる、どころではなく、すでに始まっている!?


「アンブロシウスは、魔族が復権できないなら人間もこの地に

 

 存在する権利無し……と考えてたらしいっしょ!


 計画が失敗した際、地上をめちゃくちゃにするために用意してたの!」


 完全にアンブロシウスの嫌がらせじゃないか。

 底意地の悪い次善の策があったものだ。


「しかし……そんな事が出来るなら、フィグネリアの王都を狙う際に


 なぜ寄生蟲を使わなかったんだろう?」


 俺が首をかしげてると、


「フィグネリアの人たちは魔力が強いお国柄っしょ。冒険者の数も大陸一。


 魔力波で人を操る寄生蟲的には、あまり相性が良くないみたい。


 その点、ランツの人たちは尚武の気質が強いためか、比較的魔力が弱くて


 寄生蟲が乗っ取りやすいみたい」


 とカーリンが答えた。

 確かにランツは軍事大国として有名だが、魔法使いはあまり重要視してないらしい。

 

「アンブロシウスの記憶が残ってたおかげで、黒い寄生蟲の対抗策、


 治療魔法はもう出来てるんだけど! 間に合わない!


 どんなに早くても、ここから王都まで戻るのには一週間……!」


 カーリンの魔法使いとしての才能には驚かされるが、それでも

 物理的距離はいかんともしがたいようだった。


「魔族の王の記憶が読めるなら、飛翔魔法を解析するというのはどうです?」


 マルグレットが提案するも、


「それも出来てるけど! あたし一人で飛ぶのがせいぜいだし、


 今は魔力がカラッカラ! 回復魔法で使いすぎたっしょ……!」


 とうなだれるカーリン。

 

「……この。トラベルクリスタル、なら」


 ベリトが、胸元から例の転移用クリスタルを取り出した。

 なるほどそれなら、一瞬で王都に戻れる。


「ダメだ。そのクリスタルの設定が問題だ」


 しかし、ウルリーカがすまなさそうに首を振った。


「設定上、使用者がベリト、転移先はベリトの家、ってなってるんだ。


 他の人間には使えない。転移できるのは、ベリト本人と


 身に着けている物だけ、なんだ。


 一度設定したそれは、もう解除できない……」

 

 超貴重品ゆえ、万一盗まれた時のためにそういうセキュリティを

 施してあるのだそうだ。


 それに、ベリトだけ戻っても、やれることは限られている。

 さすがに魔女カーリンとベリトでは、同じ治療魔法を使うにしても

 その効果範囲と威力に大きな差異が出てしまうのだ。


 ベリト一人だと、狂戦士の群れに飲み込まれてしまうだけだ。 


「そうです! アロルドさんを入れたみたいに、ポーチに皆で入って、


 ベリトがそれを身に着け……あ」 


 マルグレットが言いかけてやめた。

 例のポーチは、すべてブレス対策に使っている。

 それらはドラゴンの炎を一時閉じ込めたあと、中から焼き尽くされてしまっていた。


 魔力ポーションも、アンドラ戦の際にすべて飲み干している。


「ええい面倒なことを残しやがって。あのアンドラの野郎」


 ウルリーカがガツンと拳を地面に打ち付ける。


「自然回復を待って、あたしが飛ぶしかないか……」


 カーリンがつぶやく。

 それが最短の手段でも、間に合わない可能性が高い。


 黒い寄生蟲は、乗っ取った人間の性能を限界以上に引き出す。

 そんな人間の群れに、フィグネリアの国軍がどれだけ持ちこたえられるか。


 狂戦士たちは力尽きるまで、この大陸の人間たちを殺戮して回るだろう……

 

「戻れるのはベリトと、身に着けている物だけ、か」


 俺はつぶやきながら、脳を必死で回転させた。

 そして、一つの回答を得た。

 しかしそれは、大変な賭けになる。


「【合体】、だ」


 俺の言葉に、皆が顔を上げた。


「スライムスキル【合体】は同種族で合体するスキルだ。


 俺たちが合体し、巨大ベリトになるんだ。そしてクリスタルを使い、


 転移する。その後、合体を解いて元の一人一人に戻る」


「そんなことが出来るの!?」


 マルグレット、ウルリーカ、カーリンの三人が目を剥いた。

 ベリトは『巨大ベリト』という単語を聞いて眉を寄せている。


「一応、出来るはず、なんだが。今まで【合体】を人間で試したことが


 ないからな……それに【合体】スキルを使うものの、体の主導権を


 ベリトに任せるという調整が必要だ。クリスタルを使えるように。

 

 そこが少し、難しいかもしれない」


「……」


 もはや理解不能、といった具合のマルグレットたち。

 しばし考え込む様子だったが、


「……私はラルスを信じるわ。今までも、聞いた事もないラルスの


 スキルでたくさん助けられてきた。今度も、きっとうまくいく」


 とマルグレットが真っ先に、賛同の意思を示してくれた。


「そうだねえ……それは、確かに、だな。


 どれだけ理不尽に見えても、そのスキルはわたしたちの力に

 

 なってくれたものな」


 ウルリーカがぱちんと掌を合わせた。

 どうやら同意してくれたようだ。そしてカーリンも、


「ほかに方法もなさそうだしね。あたしもラルスちゃんに託すっしょ」


 と片目をつぶる。

 ベリトもこくりとうなずいた。ただ、ぼそりと「巨大ベリト……」と

 小さく何度もつぶやいている。なんとなく気になるらしい。


「じゃあ、やってみよう……出来なければ、大陸の人間は死滅する。


 いや、出来ないわけはない。スライムスキルは万能なんだ」


 俺は気合を入れ直す。

 そぅだ、俺がスライムスキルを信じないでどうする。

 

 俺たちは円陣を組み、お互いの肩に手を回した。

 

 そして、スキルを発動する。


「……【合体】」


 俺たちという存在が、いったんその区別をなくし、一つとなった。

 しかし溶け合い、混ざりあうことはなく……存在を保ったまま

 一人の大きい、ベリトへと。



 ・・・


 

 巨大な円形闘技場のような、首都ヴィカンデル。 

 そこに、一人の巨大な人間が居た。


 身長は10メートルほど。

 その巨大な人間……ベリトが少し興奮気味につぶやいた。



「……巨大ゴーレムに乗ったみたい。ボクの顔の部分が操縦席!


 見下ろせば、人がアリみたいに……誰も、いないか。もう、魔族も」

 

 

 そして胸元から小さいクリスタルを出し、直後……

 その姿はかき消えた。



 あとには砂嵐の音が響く、がれきだらけの廃墟だけが残された。

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