第五十五話 決着、ドラゴン対スライムスキル
「……今だ!」
アンドラが何度目かのブレスを吐き散らかしたあと、旋回する。
その上昇が、いつもより高くなっていた。
打ちあわせ通り、俺とマルグレットはその瞬間を狙って
がれきの陰から飛び出した。
そして、ベリトの氷壁カタパルトでアンドラと同じ高さへ。
カーリンの風魔法の加護も受け、滞空時間も長くなり、
一度だけ空気を足場とすることも出来るようになっている。
「……!」
いきなり同じ高さへ飛び上がった俺たちを見て、アンドラはやや目を見開いたが、
すぐにブレスの準備に入り……そして連発する炎を吐いて来た。
それを見計らい、俺たちは手に持っていたポーチを前面にバラまいた。
そう、【疑似・空間収納箱】ポーチだ。
ウルリーカの実験どおり、蓋を開いたままのポーチへと小さい炎弾は
次々と吸い込まれていった。
「!?」
完全にブレスを無効化されたアンドラが目を剥いた。
その瞬間、俺たちは後ろの『空気』を蹴ってアンドラへと突進。
次のブレスを吐くには、再チャージの時間が必要だ。
この時がやつを斬る、絶好のタイミングなのだ――
――だが、やつにも意地があったようだ。
「ナメルナアアッ!!」
俺たちがアンドラへとたどり着く直前、くわっと口を開いて一発の
いつもより大きい炎弾を吐いたのだ。
もうポーチは無く、空中での方向転換も出来ない。
だが。
「マルグレット!」
「ええ!」
打ちあわせの時に彼女と話したのだ。
おとぎ話のように、ブレスごと竜を斬るなんて必要ない。
ブレスだけでいいのだ。
ブラッドカーリンが、こちらの炎魔法を斬ったように。
マルグレットなら、出来る――
「はあああああっ!」
俺より少し先行して飛ぶマルグレットが、気合とともに真一文字に剣を振るった。
はたして炎弾は真っ二つに寸断され、上下に分かれてしぼんで消失。
そして俺は、突進の勢いが落ちたマルグレットを飛び越え、
「これで、終わり!!」
開かれたアンドラの口の中へとあえて飛び込む。
そして竜の舌を【硬質化】。それを足場にして【軟体特性】による全力ジャンプ。
真上の口蓋へ【溶解】剣を突き立て、そのまま周囲にも【水と成る】を
付与しながら、俺は口の中から脳へと達し――
竜の頭頂部から、飛び出した。
「ガッ……アアアグオオアアオア……!」
アンドラの断末魔が、滅んだ魔族の首都じゅうにとどろき……
完全に力を失ったその体は、がれきの上に墜落した。
「魔族の王、アンブロシウス……討伐、完了。
モンスタースキル対決は、俺が2-1で、勝ちだ……
……いや。勝ったのは、皆のおかげだ。皆の力があればこそ。
俺一人の力じゃない……まだまだだな、俺は」
落下し、ぼよんと地上に跳ねてゴロゴロ転がった後。
誰に聞かせるともなく、俺はつぶやいた。
「おおー、竜化の魔法が、解けてくっしょ! 助かる!」
地上に落ちた竜が、その姿をどんどん変えていっていた。
しゅうしゅうと煙を吹き出しながら、小さくなっていく。
最後には、魔女カーリンの姿となっていた。
ただその姿はボロボロで、頭からは血を流し続けている。
「ひ、ひん死のようですが、大丈夫でしょうか!?」
ウルリーカに抱えられたマルグレットが心配そうに言った。
また、お姫様だっこされている。
ブレスを斬ったあと、そのまま飛んできたアンドラに弾かれて
落ちたところを、ウルリーカにキャッチされたのだ。
「まあ、なんとかなるっしょ。あたしを含めて、このパーティには
回復魔法を使えるのが三人もいるし」
カーリンスライムがふるふると揺れながら答える。
このままでは、アンブロシウスに完全にとどめを刺したとはいえない。
しかし、このカーリンの肉体が死ねば、アンブロシウスもまた
その死に引っ張られる。
当然、その前に――
「くそっ! 動かぬ器に用はない!」
アンブロシウスの精神体が、カーリンの体から飛び出してきた。
逃げ去る前に、【水と成る】で精神をスライム状に変え……
ベリトの氷魔法で凍結処置をとった。
「な……なんなんだ、お前の、その、スキルは……
スライムが、あの役立たずの弱小家畜が、使うもののように見えるが……
なぜ、それをニンゲンが使いこなす。それも、異常な威力で……
なぜ……」
ぴきぴきと音を立てて凍り付きながら、アンブロシウスが
息も絶え絶えといったような、途切れ途切れの言葉を吐き出している。
「【スライムスキル】だ。冥途の土産に、覚えていけ」
「それ、なんの説明にもなってないっしょ……」
カーリンスライムがやや呆れ声をあげた。
「……く、くく……ニンゲンごときに、ただの肉の器に、我がやられるとはな。
だが……貴様たちも、もう……終わりだ。儀式はならずとも……
結局は、地上から、ニンゲンは……消える。
せいぜい、勝利の美酒を味わっておくのだな。
短い、あいだの……」
そう言い残し、アンブロシウスは完全に凍結された。
「何を言ってんだ? こいつ。負け犬の遠吠えかい?
解凍して、問いただしてみたいとこだけど」
「……一度凍結したら、どう解凍しても元の姿にはならない。
精神は死んだまま。以前凍結した魔族で研究したけど、ダメだった。
魔法による凍結技術、解凍技術が進歩しない限り……無理」
ウルリーカの疑問に、ベリトが答えた。
つか、凍結魔族を元に戻す実験とかしてたのか。
研究のためだろうけど、なかなか危なっかしいことをする。
しかし、アンブロシウスの最後の言葉。
意味も無く、ああいう事を言うものだろうか……
「よし、体は完全に回復したっしょ。マルグレットちゃんありがとうね」
「いえ、カーリンさんの回復魔法のほうが効果が高く……
手助けになれたのなら良いのですが」
見ると、ボロボロだった魔女カーリンの体は完全に傷が塞がっていた。
二人で回復魔法をかけていたようだ。
「じゅうぶんじゅうぶん。……さて、この体の中にあたしの魂が
あるのも確認したっしょ。それじゃ、この思念体を戻せば完了だ」
カーリンスライムが振り返り、ぺこりと頭を下げた……ように見えた。
「ありがとね! ほんとに! この体もけっこー面白かったけど、
あたしは元の姿に戻るよ! 皆のおかげっしょ!」
じゃあね! またすぐ!」
そう言って、カーリンスライムはくたっと力を失った。
どうやら、思念体は元の体へと入ったようだ。
――しかし、魔女カーリンはなかなか目を覚まさない。
じりじりとした時間が30分ほど過ぎたころ。
「う、ん……」
ようやく、カーリンの目がくわっと開き……




