第五十四話 最終決戦、アンブロシウスドラゴン
「ゴォオオオオオン!!」
アンブロシウスが変身した竜が一声吠えて、翼をふるって飛び上がった。
そして両足の爪をくわっと開き、急角度で突進してきた。
「散って!」
マルグレットの言葉で皆が一斉に動く。
しかし一瞬遅れた俺は、やつの爪にがっきと掴まれてしまった。
そのまま地面に押し付けられる。
轟音とともに地面が割れ、土煙が上がった。
一人仕留めた、とばかりにまた吠えるアンブロシウスドラゴン。
しかし、俺はその爪の隙間から水のようににゅるりと這い出し、
「ドラゴン対スライムスキルといくか」
と【溶解】剣を振るう。
足の爪二本を斬り落とされ、竜が痛みに吠え猛った。
「アンドラにも効くぞ。竜だからって攻撃は通用しない、みたいな
おとぎ話の幻想の存在じゃないんだ」
続けて剣を振るい、今度は足を斬りさく……がアンドラが身を引いたため
傷は浅かった。
「変な略称つけるなっしょ! わらう!」
カーリンベリトが力を合わせた最大級氷魔法を発動。
巨大な氷のつららが赤褐色の竜を襲う……が、着弾と同時に
つららは一瞬で溶けて消えてしまった。
「ありゃ、氷は相性悪いか。原初の炎を象徴する存在でもあるしねえ」
続けて横からマルグレットが剣の一撃を加えるが、硬いウロコに
弾かれてしまった。
「……! ラルス、私の剣にもスライムスキルを!」
「わかった」
彼女の剣に【溶解】を付与する。
しかしその間に、アンドラは再び空中高く飛び上がってしまった。
「おい、爪が復活してるぞ!」
ウルリーカが叫ぶ。
見ると、確かに斬り落としたはずの爪が、元通りに生えている。
「あの体でも、詠唱なしに回復魔法が使えるみたいっしょ。
なら、心臓か脳に一撃で致命傷を与えるしかないか。
ひええ、結局やっちまうことになるっしょ……一度は納得したけどさあ」
カーリンスライムがふるふると身を震わせた。
彼女の本体にそんな事をするのは気が引けるが、他に方法がない。
「すまないが、辛いところを耐えてくれ。
儀式の解析には、俺も出来るだけのことはするから」
「お、ラルスちゃん、いいのか?
一生モンの作業になるかもだぞ? ずっと一緒にいるハメになるぞ?
それはもう結婚なんじゃないか? あーあたし求婚されちゃったわ!」
「なんでそうなるんです!!」
「……ボクも研究のため、ラルスとずっと一緒に居るのは決定済み。
結婚? 結婚?」
「ベリトまで……!」
カーリンスライムの軽口に突っ込みを入れ、ベリトの発言に
頭を抱えてしまうマルグレット。
竜退治とあって皆も最初は緊張が見られたが、もう平静を取り戻しているようだ。
頼もしい限りである。
「うわっ、ヤバ……! あたしの周りに集まって!」
テンションが急転直下、カーリンスライムが真面目なトーンで叫ぶ。
見上げると、空中のアンドラがホバリングしながら超巨大な雷球を
生成していた。規模的に、砂漠巨鯨の雷撃より数倍はデカい。
次の瞬間、その超雷球が放たれ、カーリンスライムの対魔法結界が
同時に発動した。
周囲で荒れ狂う閃光と腹に響く雷鳴、それだけで気の弱い者は
失神しそうな勢いだ。
「ひえー雷こわいよー」
とウルリーカが抱き着いて来た。
「絶対嘘です!」
例によってマルグレットの突っ込み。
しばらく続いた雷の嵐がようやく去り、土煙が流れて消える。
俺たちが立っている地面だけが無事で、その周りは円状に深くくぼみ、
雷球の威力を物語っていた。
「あっぶな……!
ギリギリ耐えられたけど、短いスパンで連発されたら割られそう」
カーリンスライムの声もやや震えている。
しかし、上空のアンドラは旋回しながら、次の攻撃の準備をしているようだ。
「それで、その心臓と脳はどこに?」
俺はさっきの話の続きをカーリンスライムに振った。
「心臓は、あのデカい体のどこか……正確な位置はわからんっしょ。
脳なら、頭の中だろうね。竜といえど、おかしな位置にはない、はず」
「狙うならまだ小さい頭のほうか」
しかし、飛ぶ相手にはそれは難しそうだ。
降りてきてくれれば、地面を毒沼化して動きを止めて……と
やりようはあるのだが。
などと考えていると、アンドラが急旋回して、こちらへと突進してきた。
また爪攻撃かと思いきや。
「……口を開いてる! こりゃ、アレっしょ!」
「炎のブレス! ……皆、がれきの陰に!」
カーリンスライムに続けてマルグレットが悲鳴のような声を上げた。
炎なら、【硬質化】で耐えられるのでは……と思う間もなく
マルグレットが俺の手をつかみ、がれきの間に引っ張り込まれた。
次の瞬間、紅蓮の炎が周囲で踊り、周囲の空気が灼熱と化した。
俺たちがいる、がれきの間にまでは炎は入ってこないが、それでも
この熱はすさまじい。
「あっちーい! カーリン、またさっきの結界を頼むよ!」
ウルリーカがわめく。
「ブレスは魔法じゃないっしょ! 微小の氷魔法であたしらを
包んではみてるけど、それでもこの熱……!
ヒヒイロメタルのがれきも、少しずつ溶けて来てるっしょ!
いつまでもこれの影で身を守れないかも!」
カーリンスライムも叫んだ。
まだ炎のブレスは続いている。がれきの隙間から見える炎へ、
手だけ、硬質化して伸ばして触れてみる。
「……あっつ!」
あわてて手を引っ込めた。
メタル化した手が少し溶けていた。
竜の炎は、硬質化では防げないか。すごいブレスだ。
しかし、マルグレットが慌てて俺の手を掴まなかったら、
これを正面から受けてたわけだ……
しかもブレスから身を守れる位置へと皆を誘導した。
さすがに高みに居る冒険者のカン、といったところか。
「ありがとう、助かった」
マルグレットに頭を下げると、
「い、いえ。とっさに動いただけで」
マルグレットは首を振る。
「お、炎がやんだぞ」
がれきの間からはい出ると、再びアンドラが上空で急旋回しているのが見えた。
「待った、また来るっしょブレス! さっきのがれきはほとんど溶けている、
違うがれきに身を隠さないと!」
そして、これでもう二十回目か。
がれき上空を往復しながら、アンドラのブレス攻撃が続いている。
「あちゃちゃ! やつのブレス攻撃は無限なのかい!
だんだん、隠れられるがれきが無くなってきたぞ!」
髪の端を焦がしたウルリーカが、上空を見ながら叫んだ。
言うとおり、陰に隠れられる大きいがれきがブレス攻撃により
溶け、どんどん小さくなっていっている。
「ラルスちゃんの【溶解】剣でようやく斬れる、ヒヒイロメタルを
こうも溶かしていくとは……残り火と熱せられた空気だけでも、
こっちは地味に消耗してく。そのうえ、ブレスは切れ目がないっしょ。
無限の炎ってこういうことか。あれもモンスタースキルだろうね……
【飛行】【無限の炎】っていう」
カーリンスライムがため息をついた。
モンスタースキル、やはり厄介すぎる。
「しかし、ドラゴン対スライムスキル……今のところ1-1で同点。
ここらで巻き返しを図りたい」
「……何の話っしょ?」
「ただの独り言だ」
なんとかして頭を狙いたいが、まるで届かない位置にいる。
ベリトの氷壁カタパルトで飛ぶ手もあるが、ブレスがあまりにも
間断なさすぎる。そのうえ、やつは細く長い炎、幅広い炎、連発する
小さめの炎弾などのバリエーションで攻めてくる。
「すぐれた剣技で、ブレスごと竜を斬る……おとぎ話に出てくるような事が、
私に出来れば……」
マルグレットが悔しげに歯をかみならす。
ん。そういえば、それに近いことを最近見た気がする。
「……見えた、炎の隙間」
そんな時、ベリトがぼそっとつぶやいた。
またやってきたブレスをがれきで避けながら、ベリトが続ける。
「……アンドラのブレス。細長、幅広、連発。
ブレスを吐いたあと、ボクらの位置の上空を通過。旋回して戻る……
を繰り返してる。旋回時に大きく呼吸し、ブレスの前準備もしてる」
ベリトの言う通りだ。
しかし、その順番がランダムすぎて先が読めないのだ。
「……細長と幅広をランダムに吐いたあと、いつか連発が来る。
その前兆は、旋回。連発は、旋回の時に上昇高度が高い。
……たぶん、より広範囲に炎弾をばらまくため」
おお、と皆のあいだに感心のどよめきが広がった。
先が読めるなら、やりようもありそうだ。
「あと、コレにも使い道、まだあったぞ。
さっき、こっそり試してみて実証済みだ。連発に効く」
ウルリーカがにやりと笑いながら、あるものを取り出した。
それを見て確信できた。
巻き返しは、ここからだ……!




