第五十三話 決戦・アンブロシウス3
「ふう。予定と違うとこもあったが、なんとかなった」
カーリンベリトの最大級炎魔法が消え、メタル化を解いた俺は
一息吐いた。魔族とはいえ、自分の腕の中で人と同じ姿をしたものが
燃え尽きていくのを見るのは……あまり良い気持ちではないな。
それを察したカーリンスライムが静かに言った。
「あたしも、自分と同じ姿をしたものに炎を放つなんて、
って気分っしょ。でもこいつらは魔族……人類の敵だからね」
「わかってる」
と俺はうなずく。
「あとは、本体……!」
ウルリーカに抱えられたマルグレットがやってきた。
彼女は地面の隆起で吹っ飛ばされたが、ウルリーカが抱き留めてくれたのだ。
「一番危険な役割をさせてしまって、すまなかった」
と俺が謝ると、
「いいんです、ラルスならやってくれると信じてましたから」
と笑顔を向けてくれた。
そしてやや照れくさそうな顔をした。
「あの、ウルリーカさん。もう、降ろしても……」
「まだ回復魔法、かけてる途中だからね。お姫様だっこの方がやりやすいのさ」
「うそです、なんとなく面白いからやってるんでしょう!」
マルグレットが抱えられたまま、じたばたし始めた。
「どっちにしろ早くするっしょ。まだ詠唱が終わってないとはいえ、
儀式は進行中……!?」
カーリンスライムが途中でぎょっとしたような声をあげた。
振り返ると、地面に残されていたブラッドカーリンの灰から、
黒っぽいぼろぼろの腕が伸び、さらに顔までが徐々に出て来つつあったのだ。
回復魔法の光がわずかに見えている。
あの状態から、再生できるのか……!?
そのうえ、いつの間にかアンブロシウス本体がすぐ灰の近くまで来ていた。
ブラッドカーリンの腕は、その本体へと向けられている。
「あ……あ……我が、肉親よ……」
「……」
「も、申し訳……しかし、まだ……戦えます、ち、力を……」
「……無様」
ブラッドカーリンは助けを求めるように腕を伸ばしたが、
アンブロシウスは冷たく言い放つと、ブラッドカーリンに向けて
右手のひらを向けた。
そして一瞬にして、そこへブラッドカーリンを吸い込んでしまう。
「同化、完了」
ぼそりとアンブロシウスがつぶやいた。
ブラッドカーリンが、取り込まれた……?
「ありゃあ……まがりなりにも、文字通りの血を分けた同胞……
我が子だったんしょ。親としての情も何もないん?」
カーリンスライムがやや憤ったような声をあげた。
「フン……そんなものは知らぬ。我にとっての価値は、
力があるかどうかだ。力あれば我が子。なければゴミでしかない。
少しばかりの魔力補充要素として使ってもらえて、こいつも
ありがたく思うだろう」
アンブロシウスはそう言って右拳をにぎりしめる。
その目には、一切の感情というものが見えなかった。
ウルリーカが唸り、マルグレットが「なんてこと」とつぶやく。
そして俺は。
「あの、だな……
俺の父親も大概だったんで、あまり言えた立場ではないかもだが。
それはあんまりだろ」
思わず、そんな言葉が出てきていた。
「アロルドが目覚め、ウルリーカ一家が久々に揃った時……俺は胸の内が
温かくなるのを感じた。これが家族か、と。いいものだな、と。
不幸にして、いいものではない関係もあるかもしれないが……
なるべく、家族はいいものであってほしい……俺はそう思う。
俺にも、人間ではないがスライムたちが家族として居る。
それは他から見れば奇妙かもしれないが、俺はいいものだと思っている」
俺にしては珍しく長く話してしまったが、正直なところを
目の前の魔族に対し、ぶつけてみた。
だが。
「何が”いいもの”だ。何を言っているのかさっぱりだ。
ニンゲンごときが我に説法をするな」
アンブロシウスはギラリ、と冷たい光をもった目をむけてくる。
「それ以前に、ここに『居る』な。存在するな。
神聖な儀式を、騒音で邪魔し続けおって」
怒りというより、ただただ不快、といった口調で続けるアンブロシウスの体が、
ベキベキ……と音を立てて変化し始めた。もうもうたる煙もあがる。
「詠唱は9割終わったが、完成する時にニンゲンふぜいが同席しているのが
気に食わぬ。家に勝手に入り込んだ虫ケラは潰すのが道理。
我が無限の炎に焼かれて消滅すべし。灰も残さぬ」
その体が変化をつづけ、数秒後。
そこに立っていたのは……
「ど、ドラゴン!?」
「まさか! うそだろ!?」
マルグレットとウルリーカが驚きの声をあげる。
まさに、その姿は赤褐色の竜そのものだった。
「……この数百年、目撃報告もなく、とっくにおとぎ話の存在と化してた……
モンスター界の頂点! 最強の称号!
脅威度100の、あのドラゴン!?」
饒舌ベリトがまくしたてた。
こんな時だが興奮を隠しきれないようだ。
「『竜化の魔法』っしょ! その身をまさにドラゴンに変化させる……
ああもう、子供を作るわ竜になるわ……人の体で好き勝手やっちゃって!」
カーリンスライムが地団太を踏むように跳ねまくる。
「しかし、ドラゴンといっても動かないぞ。煙も吹きまくってるし」
「まだ変身中っしょ。今のうちにダメージを与えたいとこだけど……
あの煙はとてつもない熱を持ってる。危なくて近づけないよ」
なるほど、変身か。
スライムの仲間にも、外見を変えられる奴がいた。
【変身】のスライムスキルだが、【合体】同様、俺がマスターできなかった
スキルの一つだ。なんとか体の色を変えるまではいけたのだが。
「……!? なんで肌の色が青に変わってるの!?」
俺を見たマルグレットが目を剥いた。
「ちょっとした対抗だな」
「???」
アンブロシウスはドラゴンに姿を変えられるみたいだが、結局は
中身は同じなのだ。変身できるスライムもそうだった。
見た目が竜といえど、問題なく戦えるだろう。
「しかし……全部終わった後、あたしが無事に元の姿に戻れるかどうか
不安になってきたっしょ……! 竜化ってどうやって解くんだろ?」
とカーリンスライム。
確かに、自分を別人の手で変身させられてるわけだ。
スライムの次は、ドラゴンの姿で生きることになるのかもしれない。
「どっちかというとスライムの方が便利だと思う」
と俺が言うと、
「人間に戻りたくてここまでやってきたのに、そんな事言う!?」
と怒られてしまった。
「こうなったら倒したあと、竜化の魔法が解けるのに期待するしか……!
いや、そうでない場合は、どれだけ年月がかかってもその魔法を
研究すりゃいいだけか! よし、頑張ろうみんな!
人の世界を守るため、あたしの体を取り戻すため!」
勝手に立ち直ったカーリンスライムが檄を飛ばす。
「わかった、思い切りやっていいんだな?」
「あいつを倒した時、本体のあたしが消滅したなら……
やつがやろうとしてる儀式自体を解析して、元に戻ってやるわ!
思い切りやっちゃって!」
俺の言葉に、カーリンスライムがぴょんと跳ねて同意した。
「ひええ、あのドラゴンとやりあうってか!?」
ウルリーカが正気かよ? と言わんばかりの目を向けてきた。
「いつも通りやればいけるさ。皆ならやれる」
「……。ラルスがそう言うなら、やるしかないですね。
どっちにしろ、ここであれを止めないと、全ての人間が魔族の手に落ちます。
それを見過ごすことは、私には出来ません」
マルグレットがこくりとうなずき、剣をかまえる。
「ち、仕方ないね! ドラゴンスレイヤーの異名を持つギルドマスター、ってのも
悪くない! わたしは後方支援だけど!」
ウルリーカが頭を振って、身構えた。
ベリトもうなずき、ドラゴンを見上げる。
その時、目をつぶっていたアンブロシウスドラゴンがくわっと目を開いた。
そして翼をひろげ、煙を全て吹き払う。そして天に向かって咆哮。
俺は剣を抜きはなち、気合を込め直した。
「変身完了……といったところか。
よし、みんな……竜退治と、いこう。最終決戦だ」
最終回まで、残り5話です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




