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第五十一話 決戦・アンブロシウス1

 魔族の王・アンブロシウスは、名前を呼ばれた時に一瞬こちらを見た。


 だがやはり何事もなかったかのように、目を閉じて詠唱を続行する。


「ち、わたしたちは完全に意識の外かい。


 だがしかし、その詠唱は止めてもらわないと……な!」


 ウルリーカが地面に落ちていた石ころを拾って、アンブロシウスに向けて投げつけた。



 事前の打ち合わせで、アンブロシウスとの戦いでカーリン本体が

 傷つくのは避けられない、と判断している。

 カーリンの体から魔族の精神が脱出するよう、追い込む作戦だ。


「多少ボロボロにしても良いから。そこへん、うかつだったあたしへの

 

 罰みたいに受け取るっしょ。体に戻れたら、いくらでも回復して


 完っ璧に元に戻れる自信、あるし」


 というのがカーリンの話だった。


 いくら魔族の王が乗っ取ってるからと言って、年若い少女に向けて

 攻撃を繰り出すのは多少ためらわれたが、かといって見逃すわけにも

 いかない……

 ここは全員、心をオーガにしてかかるしかなかった。



 とりあえずの様子見と嫌がらせの目的で放たれた石ころは、案の定、

 魔族の王の目の前でぴたりと止まる。


 そして次の瞬間、凄い勢いで戻って来た。


「危ない」


 マルグレットが剣の鞘の側面を使って、その石ころの軌道をそらした。

 ドゴン! と音を立て、地面に石ころが深くめり込む。


「ウルリーカさんは、戻って来た石を拳で砕くつもりのようでしたが、


 ここのがれきの石……素材が何か分かりませんが、砕いたり斬ったりは


 そうそう出来ないみたいです」


「鑑定の結果、『ヒヒイロメタル』と出たっしょ。超希少金属の


 ミスリルやオリハルコンに近い素材だね。そりゃ破壊できないわ。


 ラルスちゃんの【溶解剣】だとわかんないけど」


「おっとそうか、悪い悪い」


 マルグレットとカーリンスライムの意見に、ウルリーカが頭をかいた。


 試しに【溶解】を付与した剣で、落ちてた石を軽く斬ろうとしてみた。

 今までになかったことだが、石は簡単に斬れず、抵抗を感じる。

 しかし、剣を押し付けると一応は真っ二つになった。


「少し、硬いな」


「やっぱ斬れるんだ……


 オリハルコンなみの硬度のものを、『少し硬い』ですます、


 ラルスちゃんのスライムスキルも大概っしょ」


「……うるさいハエがいると思ったら、貴様、この体の前の主か。


 我に体を使ってもらえる栄誉では足らず、まだ何か請求しに来たのか?


 分をわきまえよ。それに我はいま、忙しい」


 魔女カーリンの体から、低くしゃがれた声が発せられた。

 そして再び詠唱モードに戻る。

 

「返せっつってんのよ! その体! 詠唱もやめてもらうし


 魔族の復権なんて企みもやめてもらう。そんであんたもこの世から


 いなくなってもらうからね!」


 カーリンスライムが跳ねながら多くの請求を叫んだ。

 しかしアンブロシウスは一切の反応も見せない。


「そうなるだろうとは分かってたけど、力づくで行かせてもらうしかないね」


 ウルリーカが拳を構え、俺とマルグレットは剣を抜く。


「今回ばかりはあたしも積極的に参加するからね! ベリトちゃん、

 

 【合体】だよ!」


「……ええ??」


 猫耳フードを取っ払い、カーリンスライムが戸惑うベリトの頭上に鎮座した。

 

「あたしの知識を全部あげる! 


 あたしのこの体だと、簡単な魔法しか使えないけど、こうすれば


 あたしが習得したものを、ベリトちゃんが使えるようになる!


 ラルスちゃんのスライムスキル話で、思いついた技っしょ!」


「……ああ……! すごい……! これが魔女の知識……!


 カーリンが魔法を極めんと、やって来た事が! 何もかも全部!


 魔法の全てが、うん、わかってきたよ……!」


 ベリト久々の饒舌モード。

 全然内容が違う【合体】だが、魔女の魔法が使えるなら、これは頼もしい。


「なんだか、ベリトの目がぐるぐるしてて不安な気もしますが……


 カーリンさんの技術を信じましょう。まずはその魔法で先制攻撃。


 機を見て、私とラルスで斬りかかります」


 マルグレットの言葉にうなずく。

 魔族の王の様子はいまだ変わりがない。


「カーリンさんいわく、脳と心臓だけは避けてネ!


 とのことでした。可能な限り、消耗させて魔族の精神を


 追い出したいところです。耐久戦になります。ウルリーカさんは


 後方から支援と回復をお願いします」


「了解だ。がぶ飲みしまくれるよう、今日は朝から水を抜いてる」


 ポーチ内の魔力回復ポーション瓶を確認しつつ、笑って返すウルリーカ。

 

「では……行きましょう。決戦、です!」


「……詠唱完了……カーリン的最上級、最大攻撃力の炎、ぶっ放すよ、


 ……ええいっ!」


 マルグレットの合図と同時に、カーリンベリトの魔法が放たれた。

 今まで見たことのない、強い魔力で編まれた火球が

 アンブロシウスに向けて飛んでいく。


 砂漠巨鯨ですら一撃で消し飛ばせそうな、早くこれを考えついて欲しかったと思える

 高威力の攻撃魔法。


 これにはさすがのアンブロシウスも目を開き、いままで一切動かさなかった

 腕を横に振るった。


 黒い奇跡が見えたかと思うと、カーリンベリトの火球は真っ二つに切り裂かれ、

 上下に分かれて萎んで消えてしまった。 


「でえ、あれ消しちゃうの。さすがに並大抵じゃいかないっしょ」


 驚愕の声を上げるカーリンスライム。


「あれは……剣の一閃?」


 マルグレットは眉を寄せ、考え込むようすだ。

 剣……? やつは剣は帯びてないようだが。マルグレットには何か見えたのか。

 

「……我は忙しいと言ったはず。そもそも、この地に土足で踏み入るだけでも


 万死に値する。ただの肉の器でしかない、愚劣なニンゲンども……


 我が娘とでも遊んでおれい!」


 アンブロシウスが語気荒く叫び、いきなり自身の右腕を左の手刀でぶった切った。

 傷口から流れ出る大量の血が、地面を赤黒く染めていく。


「な、なにを……!? 娘……?」


 マルグレットが戸惑いの声を上げる。

 その直後、地面の血が徐々になにかの形をとり、むくりと起き上がった。 


 真っ赤な人形に見えたそれは、すぐに人の肌の色へと変化していく。

 数秒後、そこに立っていたのは、目を閉じた長い黒髪の少女……

 カーリンそのものだった。


「ぎゃーっ! なんで裸なの!」


 ベリトの頭のカーリンスライムが跳ねる。

 血から生まれたカーリンの姿をしたもの……は文字通り、生まれたままの姿だ。


「これは……なにが起こったの!?」


 俺の視界を手でさえぎりつつ、マルグレットが叫んだ。 


「魔族は男女の区別がなくて、ああやって自分の子を作り、


 種を維持していくらしいけど……人の血を使って勝手に増えるなっしょ! 


 あと服、着て! もー!」


 じたばた暴れるカーリンスライム。

 そうしている間に血から生まれたカーリンは髪の毛を変化させ、

 黒い包帯を体中に巻き付けたような格好になった。


「そうそう、それで良し……いや良くない!


 かなりきわどい! なんだか闇に落ちたあたしって感じだけど……


 と、とりあえずアレを早いとこぶっ倒して、王の詠唱を止めないと!


 そんでめちゃ恥ずかしいし! 早く!」


 カーリンスライムが跳ねまくる。


「わかった、あの……ブラッドカーリンなら、気兼ねなく攻撃できるな。


 隙があれば、王本体にも攻撃をしかけよう。娘とやらを作るのに、


 わりと消耗したみたいだ」

 

 事実、目をとじて詠唱を続けるアンブロシウスの顔は、青ざめている。

 心なしか、ふらつきも見えるようだった。

 

「人間も魔族も、子供を産むのは大ごとであるはず……了解です。


 ブラッドカーリンと戦いつつ、本体にも意識をさきましょう」


「うう、そのネーミングもハズイけど……やるしかないね!」

 

 マルグレットの言葉に、カーリンスライムが気合を入れ直した。

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