第四十九話 黒い寄生蟲
「こいつがアロルドをおかしくしている元凶か?
引っこ抜いちまえばいいのか?」
とウルリーカが手を伸ばすが、
「ちょ、待った! そんな安直な手で解決できる策を、魔族が使うとは思えない、
いま『鑑定』魔法をかけるっしょ」
カーリンスライムが慌てて近寄り、魔法を発動させた。
「……こいつは寄生蟲の一種だね、どうも人を自在に操れるような
特殊な魔力波を出してるらしい。体内でも複雑に触手を出し、骨やら神経やらに
絡みついてるから、下手に引っこ抜くとアロルドの命にかかわるっしょ」
「だったら、どうすりゃいいんだい?」
息荒くウルリーカが詰め寄るが、カーリンスライムは左右に揺れた。
首を振るジェスチャーだ。
「よっぽど優れた医師による外科手術でないと、今すぐは……
しかも、こいつは今も魔力による通信波を出してるっしょ。
首都に居る魔族の王に、位置情報と生体情報を送ってるみたいだ。
下手にラムエルダスから連れ出すと、気づかれてアロルド自身に
何かされる可能性がある」
「ぐっ……」
ウルリーカが下唇をかんだ。
「要は、この黒いうねうねだけ排除すればいいんだろ?」
と俺が言うと、
「そりゃそうなんだけど……引っこ抜くわけにもいかないし、剣や魔法で
ダメージを与えるわけにもいかない。麻痺魔法をかけて、手術でどうにか、
ってのが最善手と思うっしょ……でも、今ここでそれが出来るわけが……」
カーリンスライムが悲しげな声をあげる。
「手術はしたことないが、出来るとおもうぞ」
俺はそう言って、黒いうねうねを握った。
いやな手触りが伝わって来る。
「どうするの!?」
マルグレットが心配そうな声で聞いて来た。
「【溶解】で、こいつだけを溶かす」
俺はスライムスキルを発動させた。
そして効果を、黒いうねうねの体のすみずみにまで浸透させていく……
「見たこともない寄生蟲の、体の構造とか分かるの!?」
「『水』を通せば分かる。こいつも結構な水分量あるからな」
スライムスキルの基本は水だ。
なので相手が水分を持っていれば、触ってその水を把握すればいい。
俺の手の中で、蒸発するような音をたて、黒いうねうねが消えていく。
アロルドの体から力が抜け、ガクリと膝をついた。
「寄生蟲が、消えた……!」
カーリンスライムが感嘆の声をあげる。
「アロルド! おい! しっかりしな!」
ウルリーカが抱えあげ、その顔を二度三度とひっぱたいた。
するとアロルドは弱弱しく顔を上げ、
「……なに、しやがる……この暴力神官……」
と口角をゆがめながら答えた。
「……おとうさん!」
ベリトがその体に突進した。
ここに、家族三人が無事、再会できたのだった。
「……なるほど。話はわかった」
数時間後。
ほどよい砂地に腰を落ち着けたカーリンスライムが、納得したように揺れた。
意識を取り戻したアロルドを回復させ、お互いの情報交換を終えたところだ。
――黒い寄生蟲は、人間を支配するための道具だという。
魔族によって開発されたそれは、人間の体内に潜り込み、完全に意識を支配しつつ
その人間の能力を、最大限引き出せるように働く。
当然、その人間に対する命令権は魔族にある。
この大陸に繫栄する人間の数が想定以上に多かったため、蘇った魔族全てが
人間を乗っ取っても、まだまだ余る。
そんな人間を無駄に生かしておく必要もない、として奴隷として使えるように、
または忠実なるしもべとして使えるよう、作られたのが黒い寄生蟲……ということだ。
「その最初のサンプルとして使われたのが、戦士アロルド……
ということでいいんだね」
「ああ。俺はラムエルダスに入った直後、魔族の一人に捕まって
首都まで運ばれた……そして情けない事に、黒いアレを埋め込まれて
やつらの都合のいい人形とされちまったんだ」
カーリンスライムの問いに答えるアロルド。
「そしていま魔族は、かつての魔族の復活と、全ての人間の精神活動を停止する、
という大魔法儀式を進行させている、と……」
マルグレットが深刻な面持ちでつぶやく。
アロルドは操られながらも、そのとき見た事聞いた事は全て把握していた。
そのため、魔族の企みを全て知ることが出来たのは僥倖だった。
「いやとんでもない大魔法だよ。しかもそれは、あたしの魔法使いとしての
【属性】を利用しているという話……腹立つったらありゃしないっしょ」
カーリンスライムがぴょんと跳ねる。
この世の魔法使いは【火】だの【水】だのといった属性を持っているが、
魔女カーリンは【大地】属性の魔法使いらしい。
土、という意味ではなく、この星の大地すべてを司る……ということだ。
そして星の大地は、そこで起こった全ての出来事を、時空を超えて記憶している。
魔女カーリンは、その記憶を『大地の声』として聞くことが出来るという。
「魔族はそれを利用して、かつて繫栄した魔族たちの記憶を呼び出し、
さらに形を与え、元の姿を取り戻すつもりらしい。とんでもない大儀式なので、
魔法の術式が完成するまでは、まだあと三日はかかるようだ」
とアロルド。
ここから首都まではあと二日ほどなので、どうやら間に合いそうだ。
そしてやはり、今回の旅は偵察ですむわけはなく、いきなり決戦となる。
「さすがに大地の記憶から元の姿をとりもどす、ってのはあたしにも出来ない。
そこは『魔法』の第一人者たる、魔族のアレンジが加わってるってわけ……
めっちゃ興味あるっしょ、あ、いやゴホンゴホン」
カーリンスライムがわざとらしい咳ばらい……の音を言葉で言った。
ベリトもうんうんとうなずきかけたが、さっとフードをかぶって誤魔化す。
「しかも大地を通して、全ての人間に対して影響を与えるってのも!
恐ろしい力っしょ。精神活動を停止して、完全に『器』とするのが
目的みたいだね。なんとしても止めないと」
やや話をそらしたかのようなカーリンスライムの言葉だったが、
言ってる事はもっともなので、今度は全員がうなずいた。
「当然、俺も力を貸すぜ……と言いたいが、残念ながら加勢は出来そうにない」
アロルドがすまなさそうに言った。
「黒い寄生蟲が酷使したせいで、回復魔法も追いつかないくらい
俺の体はガタガタだ。最初のサンプルとして色々無茶をやらされた。
生命力を消費して、空間を超えるような真似までさせられたからな」
魔女の森で突然アロルドが現れたのは、そういうわけだったのか。
しかも、支配者の魔力とかではなく操られる側の生命力を使われるという、
かなり理不尽な扱いだ。
「さっきの剣技も、無理やり寄生蟲が再現したってわけか。
なら、今回ばかりはしゃあないね。役立たずは置いてくよ……
と言いたいが、さすがにラムエルダスに一人放置はできないか」
とウルリーカ。
「……」
心配そうなベリトに対し、ウルリーカは笑いを返した。
「大丈夫さ。もう、家族三人は離れない」
「どういうことだ?」
アロルドが首をかしげる。
「こういうことさ」
とウルリーカがアロルドの鼻先に手を伸ばし、何かの魔法を発動させた。
とたんに、くたっとくずおれるアロルド。
「睡眠魔法さ。アロルドはしばらく、眠った状態でこれの中に入ってもらう」
そしてウルリーカは例の【疑似・空間収納箱】ポーチを取り出した。
寝ているアロルドの頭にポーチを開いて近づけると、すぽっ! と
小気味良い音を立て、アロルドはポーチに吸い込まれてしまった。
「ギリ、人間が入る容量で助かった。
これでいつも一緒、ってね」
そう言って、アロルド入りポーチを振ってみせるウルリーカ。
……まあ、家族の人がそれで良いと思うならいいか。
ともかく、これで懸念の一つ……アロルドを取り戻す、ということは
解決したわけだ。
あとは、首都ヴィカンデルにて、すべての決着をつけるのみ……!




