第四十八話 対アロルド戦
「アロルド……」
ウルリーカがぼそりとつぶやく。
確かに、離れた砂丘に立っているのは、魔女の森で見た
戦士アロルドだった。
魔族カーリンに付き従う、おそらくはまた違う魔族に乗っ取られてると思われる、
ウルリーカの相方……
「……やっちゃったかな。
鯨が大暴れしたせいで、魔族の連中に気づかれてしまったのかも」
カーリンスライムの声に、やや後悔の念が感じられる。
「大暴れさせてしまったのは俺だ」
と声をかけるとカーリンスライムはふるりと揺れた。
どう思われたかは分からないが、このことでパーティに災難が降りかかるなら、
俺がなんとかしないと……
「アロルド! おい! あんたなんだろ!?」
その時、ウルリーカがアロルドの方へと一歩踏み出した。
瞬間――砂丘の上の戦士の姿が消えた。
ギィン!
「うお!?」
気づいた時には、すぐ近くでアロルドの剣をマルグレットの剣が受け止めていた。
なんという速度……全く見えない。
これが勇者パーティにいたアロルドの実力なのか。
「待て待て待て。いくら乗っ取られてるからって、娘にためらいなく剣を向けるな。
そこは寸前で剣を止められるくらい、抗ってみせろよ、なあ!」
ウルリーカの言う通り、アロルドはまずベリトへ攻撃を仕掛けたようだ。
それを危ういところでマルグレットが阻止したのだ。
ベリトは目を白黒させたまま固まっている。
「……」
アロルドは答えない。
その目はぼんやりと赤く光り、乗っ取られている兆候を示している……
いや、何か違う?
魔族に乗っ取られた人間の目は、もっとはっきりと赤く輝いていた気がする。
「おい、何とか言いなよ。乗っ取ってる魔族さんでもいい、なんで黙ってんだ。
無口な魔族なのか、おい?」
ウルリーカがベリトを自分の後ろに引っ張り込みながら、話しかける。
だが相変わらず無言のアロルド。かわりに、剣に力を込めてきた。
「くっ……!」
歯を食いしばるマルグレット。
アロルドはそのまま力で圧倒してくるかと思いきや、いったん自分から身を引き、
すさまじい速度の連撃を繰り出してきた。
かろうじてその一撃一撃を受け止め、いなし、弾くマルグレットだが
完全に押され気味だ。
「その、剣技! アロルドそのものじゃないか!
魔族であっても、あのひとの剣技をそのまま真似て使えるはず、ない!
まさか、あんた……乗っ取られてなんて、いないのか?」
ウルリーカが、腹の底から絞り出すような声をあげた。
やはり、アロルドは以前のリュドたちがやったのとは違い、中に魔族が
入っているというわけではなさそうだ。
となると、アロルド自身の意思で動いているというのか……?
「くっ!」
剣を弾かれ、バランスを崩したマルグレット。
かろうじてバックステップするが、アロルドがその隙を逃すはずがない。
「危ない!」
思わず、俺はアロルドへと突進しつつ剣を斜めに振り下ろした。
アロルドは俺に目もくれず、さらりとかわしながら目視出来ない剣の一撃で
俺の両腕を斬り落とした……
……が、それで実際に腕が地面に落ちるのは、スライムスキルを持たない人間だけだ。
【水と成った】俺の腕は、斬られたところで即座にひっつき、
続けざまの横薙ぎをアロルドへと繰り出す。
「!?」
さすがのアロルドも意表をつかれたのか、体を捻って俺の剣をかろうじて避けた。
俺は剣を振った勢いを利用し、アロルドへとぶつかっていく。
そして剣を離し、アロルドの両腕を捕らえた。
同時に右足でアロルドの左足を踏み、【粘着】を使ってブーツ同士を融合させた。
足を封じれば、あの恐るべき移動速度と剣技は使えなくなるだろう、たぶん。
「ウルリーカ、今だ! 乗っ取られてないのなら、説得でなんとか
目覚めさせたり出来るんじゃないのか!?」
抵抗するアロルドの両腕を抑えながら叫ぶ。
「お、おお! とりあえず、こうだ!」
ウルリーカがいきなり正拳突きをアロルドの右拳に打ち込んだ。
たまらず、アロルドは剣を取り落とす。
砂地に落ちたその剣を遠くへと蹴っ飛ばし、
「再びあんたと会えたら、まず一発ぶん殴るって決めてたんだが……
今のはカウントしないよ! とりあえず、目ぇ覚まさせてからだね!」
と両手の指をボキボキ鳴らすウルリーカ。
……説得するんだよな?
「おい! アロルドさんよ! もう昼過ぎだぞ、起きろ!
いつまでも寝ぼけてんじゃないよ!」
ウルリーカがアロルドの鼻へ手を伸ばし、ぎゅっとつまんでそんな事を言った。
息が出来なくなったアロルドの顔が真っ赤になる。
……説得、なのかこれ?
「ぶはっ!」
ウルリーカが手を離し、アロルドが息をつく。
しかし、やはり戦士は無言をつらぬくだけだった。
「おいおい、ここは『何しやがる暴力神官!』だろお?
何もかんも忘れちまったのかあ? ベリトの顔も忘れるくらいだからなあ、
一体なにされたってんだ、アロルドよお。まあ、ベリトは成長著しく、
最後に会った時から、だいぶ背も伸びたからなあ」
ベリトが横にやってきて、アロルドを見つめる。
しかし戦士の様子は今だ変わらない。
「ベリトが生まれてからも二人とも冒険者をやめなかったから、
ベリトをあまり構ってやれなかったよなあ。頼れる親類縁者がいないもんで、
金払って近所の一人暮らしの婆さんに預けたはいいが、こいつが
腐れババアだったのに気づくのが遅かったんだよな」
ウルリーカの説得……というか昔語りが続いている。
昔の話をすることで、思い出してもらおうという算段か。
「人当たりが良いから騙されたが、あのババア、家ではベリトをろくに構わず、
ケガさせない名目で家に閉じ込めつづけ、気づいた時には
あの子はすっかり内向的になっちまった。
わたしら二人とも楽天的すぎたんだ……」
「う、うう」
アロルドが身じろぎをした。
少しずつ、ウルリーカの話が功を奏しはじめているのかもしれない。
「だから冒険者はあんたに任せ、わたしは王都でギルド職員として
ベリトの近くにいられるようにした。勢いでギルドマスターになっちまったんで
色々ベリトのために融通をきかせられるようになったがね。贖罪の意味も
込めてのことだが……」
ベリトがやや居心地悪そうに手をよじる。
「その頃はわりと安定してたなあ。わたしもそれなりに家に居られて、
すくすく育ったベリトも、独自の才能を開花させはじめて。
あんたも定期的に家に帰って来て、ベリトの相手も出来てた。
突然ラムエルダスで行方不明になるまでは……
……まだか? そろそろ思い出せ、この剣技バカ!
ラムエルダスで何があった? どうしてこんなことになっちまったんだ?
ベリトのためにも、父親に戻れよおおお!」
「……おとう、さん……!」
ウルリーカが叫び、ベリトが声を上げた。
二人とも、少し涙声になっていた。
「うああああああ!」
その時、突然アロルドが身をよじって苦しみだした。
「く、び、だ……!」
そして初めて、まともな言葉らしきものを口にした。
くび、首のことか?
アロルドが前のめりに身を折る。
その際、長い髪がばさりと前に落ち、首の後ろがあらわになった。
「なんだこれっ?」
ウルリーカが気味悪そうに叫んだ。
うなじの下あたりから、黒っぽい触手のようなものがうねうねと伸びていたのだ。
アロルドの体から直接生えているように見える……!




