第四十四話 対アストラル戦
お待たせしてすいません、ようやくネット開通したので一応連載再開です。
しばらくは週2~3回の更新になるかなと思います。
「本当に、真っ暗闇ですね……」
俺の体にぴたりとくっつきながら、マルグレットがつぶやいた。
完全に日が沈み、ラムエルダスの地に夜が訪れた。
普通なら空には星がまたたき、大小二つの月が輝いているはずなのだが、
どういうわけかこの地ではどちらも見ることが出来なかった。
そのため、月明りどころか星明りすらない。
「暗いなあ。ベリトちゃん、火ぃない?」
スライムの姿になった思念体カーリンが、タバコでも吸うかのように聞いたが、
猫耳は黙って横にふるふる揺れた。
「私が光系魔法を習得していれば……そうだ、回復魔法で多少明るくできますよ?」
マルグレットがそんなことを言った。
確かに、回復魔法が発動する時は緑の光が発生する。
「回復魔法で明かりを取るなんて、さすがのあたしでも聞いた事ないよ!」
ぴょんぴょん跳ねるカーリンスライム。
「わたしのコレではどうです?」
と今度はウルリーカが、除霊のための神聖力を拳に宿した。
しかしこちらも明かりを取るのが目的の魔法ではないため、光量的に物足りない。
「二人とも、その魔力はじき現れる霊体系のために取っておいたほうがいいっしょ。
神聖力が使える二人が、夜のラムエルダスではかなめなんだから。
仕方ない、あたしがどうにかしよう」
とカーリンスライムの身体がにわかに光り出した。
周囲が青い光で満たされる。その様子はまさにスライムランプ。
そういや、さすがに光るスライムは仲間内には居なかったな……
「この体の維持のため、魔力はあまり使いたくなかったけど。
これくらいなら、まあ大丈夫かな?」
「え、ええと。カーリンさん」
おそるおそるといった具合でマルグレットが手を上げた。
「私、神聖系は使えないんですけど……」
「あれえ? あなた聖騎士でしょ?」
光るカーリンスライムが体を捻る。
たぶん首をかしげるアクションだと思う。
「そう、なんですが。
お、おばけはほんのちょっとだけこわ、いえ苦手なものでして……
対策は信頼できる人に任せたほうが、適材適所というか効率的というか」
と手をこすり合わせたり、人差し指どうしでグリグリしたりのマルグレット。
目は泳ぎまくり、顔もほんのりと赤かった。
「あれま。それは想定外っしょ。
それだと、アストラル系の敵にはウルリーカちゃんしか当てられないじゃん」
カーリンスライムがうーんと唸る。
「申し訳ありません……剣にのみ生きてきたもので……回復がせいぜいなんです。
料理も出来ないし、お役立ち道具も作れず……女子力低くてすいません……」
ベリトと俺をチラチラ見るマルグレット。
以前のことを気にしているのか……除霊に女子力は関係ないと思うが。
というかアストラル系が出る夜のせいか、やたら弱気になってる感じだ。
「とはいえ、ベリトちゃんの通常魔法もやつらにはあまり効果ないしにゃあ。
剣士のラルスちゃん、も神聖系は無理そうだよねえ」
「ああ、魔法は無理だが、俺ならアストラル系でも水に出来るだろうから大丈夫」
俺の言葉に、またカーリンスライムが体を捻る。
「は? 水に? ……そういや、あたしをこの体にしたの、
魔法使いちゃんだと思ってたんだけど、まさか」
「……! 警戒。周囲、いつの間にかすっかり囲まれてる。
急に現れた。霊体系のモンスター、その数……
300体以上……!」
ベリトが索敵結果を報告し、しゃがみ込んで頭を押さえる。
あとはお任せのポーズだ。案外この子は割り切りがいいよな。
そして報告通り、周囲には青白く光る、ゆらゆらと揺れる人型の
おばけ……アストラル系の敵がじわじわと近づきつつあった。
「じゃ、100体をウルリーカ、頼む。
残りは俺とマルグレットでどうにかしよう」
「はいよ。久々の大仕事だねえ、拳がうなるねえ!」
ウルリーカが意気揚々と敵に向かって歩き出した。
俺は「え? なんで?」といった表情のマルグレットを引きずりながら、
ウルリーカと反対方向へと進む。
「ちょ、ちょっとラルス私はあのおばけがこ苦手なんで戦うのは
なるべくなら勘弁なのだけれどもどうしておばけのほうに引っ張っていくの
なんでなのどうしてなのやだやだやだ!!!!!!」
早口でまくし立てながらジタバタするマルグレット。
そんな彼女の両肩に手を置いて、俺は言った。
「大丈夫、マルグレットなら戦える」
「無理! むーりー! 剣で斬れないおばけは無理なの!
なのに、おばけからはこちらに干渉出来るなんて理不尽、そんなの無理なの!」
確かにアストラル系は物理攻撃や通常魔法が効かず、なのに向こうからの
攻撃――魂に干渉し、生命力を奪う――は通用するのだ。
やつらの身体、アストラル体は希薄な魂のエネルギーであり、本来なら
そんなものはすぐにでも散ってしまう。
だがそれをこの世にとどめ、かろうじて人の姿を形作っているのは
『魔霊核』と呼ばれる特殊な魔力の粒子のおかげだ。
その粒子がアストラルの体じゅうに細かく広がり、魂のエネルギーを
人の形に保つことで彼らを活動可能にしている。
「理論上は全ての魔霊核を一度に斬ることで、実体剣でも倒せるというけど
そんな事は不可能なの! それ以前に顔も怖いの!」
じわじわと近寄って来る大勢のアストラル体。
その顔は、この世や生きている者たちへの恨みで歪んでいる。
そんなやつらから一ミリでも遠ざかろうと、力いっぱい足を踏みしめるマルグレット。
しかし俺は彼女の腕を掴み、地面に【粘着】しているため全く動かない。
「い、いやー! ど、どうしてこんな意地悪をするの?
離して! き、嫌い、ラルスなんて!」
「大丈夫だって。俺のスライムスキルで、マルグレットはやつらを
斬れるようになるから。こうやって」
俺はやつらに手を向け、【水と成る】を発動させた。
そのとたん、近くにいた複数のアストラル系のぼんやりした体が
はっきりとした体に変化した。
正確には、青いゼリー状のつるっとした人形に。
顔の表情も、手の指などもなくなり、まるで風船をねじって作った
バルーンアートのようにも見えるものだ。
そんなものがひょこひょこと歩いてくる様子は、先ほどとはうって変わって
笑いさえ誘うようだった。
それを見たマルグレットの様子があからさまに変わった。
「あら……なんだかちょっと、かわいい、かも……」
「とはいえ、敵は敵だからな。捕まれば魂を吸われるのには変わりない。
だけど、これなら通常のモンスターと何ら変わりないだろ?
魔霊核も心臓のあたりに集めて凝縮しておいた。俺がやつらを皆
この水人形にするから、マルグレットにはそれを斬ってほしい」
「……! わかったわ!」
がぜん勢いと生気を取り戻し、剣を抜き放つマルグレット。
その目にはもう恐怖はない。
その後の戦いは、一方的なものになった。
俺がアストラルのやつらの間を走り抜けながら、片っ端から水人形にする。
後からついてくるマルグレットが、その水人形の心臓を剣で一撃。
ばしゃっ、という音とともにその体は弾け、溶けるように消えてしまう。
そうやって数百体ものアストラル体が次々と倒されていく様子を見ながら、
カーリンスライムが興奮した様子で叫んだ。
「ほえー、【スライムスキル】! 【水と成る】!
こんなの初めて見たよ! すごい、すごいよラルスちゃん!
剣で斬れないなら、斬れる体に変化させるという発想も!
不思議な力を持ってるのは感覚的に分かったけど、いや想像以上っしょ!
ますます、興味がわいてくるねえ!」




