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第四十一話 魔の地にて

「はああーっ!」


 マルグレットの長剣が三度、四度と振るわれる。

 そのたびに刀身が白銀の鎧とともにきらめき、周囲を照らすかに思われた。

 マルグレットの連撃を受けたサイクロプスは力尽き、地響きと共に大地に倒れ伏した。


「……(ぼそ)」


 近くにいても全く聞き取れない詠唱ののち、ベリトの手のひらから

 膨大な量の氷の結晶が放たれた。

 複数体のオーガロードが、じわじわと氷の彫像になっていく。



「おおう……二人ともすんごいねえ。ラムエルダスのモンスターを


 難なく仕留めるところを見られるとは。一緒に来たかいがあった」


 ふっふゅう、と案外へたくそな口笛を鳴らしたあと、ウルリーカがそんな事を言った。



 ――ここはラムエルダス。

 魔の地と呼ばれる、魔女の森とは違った意味で、人々が決して近づけない領域。



 周囲は、暗褐色の岩や砂ばかり。

 草木一本生えない、文字通りの不毛の大地。

 そこには異常脅威度モンスターが跋扈し、手練れの冒険者でも一日と生きてはいられない。

 

 王都進撃のために魔族リュドがジャイアントアントに掘らせたトンネルを使って、

 俺たちはその黒き荒野にたどり着いていた。



 そして早速、オーガロードやサイクロプスの一団に襲われたところだ。



「マルグレットとベリトがやっていた、”魔女の森チャレンジ”が想像以上に

 

 彼女たちの鍛錬になったようだ」


 二人の活躍を見ながら、俺はウルリーカに向かって親指を立てて見せた。


 その二人は、結界が生きていた頃に『魔女の森』にどれだけ近づけるか、

 という挑戦を日々行っていた。


 最終的には、並みの人間なら発狂が確実な位置まで、近づいていたのだ。

 そのことが二人の精神鍛錬に大いに寄与した。


「マルグレットは『明鏡止水の境地』に達せそうだと言っていたし、ベリトの魔法力は


 より研ぎ澄まされたものとなっぶふうううう」


 ウルリーカのほうに気を取られた俺は、サイクロプスの一体に思い切り殴られてしまう。

 軽く10メートル以上は吹っ飛ばされ、大岩に叩きつけられてしまった。


「これだから俺は二人の足元にも及ばない、んだよなあ」


 スライムスキル【軟体特性】を使い、ゴムのように大岩からぼよんと弾けた俺は、

 サイクロプスに向けて飛んだ。

 すれ違いざまに、【溶解】を付与した愛剣を水平に薙ぎ払う。


 瞬間……サイクロプスはその動きを止め、その巨大な胸板に一条の赤い線が

 描かれたと思うと、ぱかっとサイクロプスの上半身は二つに分かたれた。


「……一撃必殺か。その尋常じゃない攻撃力と、物理無効な防御力……


 誰にも真似できない領域にいるのは、いったい誰なんだろうねえ?」


「全然なってない。


 彼女たちは、一度も攻撃を食らっていないわけだし」


 そう答えると、ウルリーカはなぜかため息をついた。



 どうやらモンスターの襲撃を退けた俺たちは、大岩が作り出す影に入って、

 一息ついた。ラムエルダスは気候的に砂漠地帯のそれであり、

 じりじりと照り付ける太陽も体力を地道に削っていくのだ。



「三人ともお見事。ラムエルダスのモンスターも、恐れるに足らずだねえ」


 ポーチから水袋を取り出し、配りながらウルリーカが賞賛した。


「ありがとうございます。


 魔女の森に近づく鍛錬法、かなり手ごたえを感じていましたが……


 思った以上に効果があったようです。


 以前より敵の動きを肌身で感じ取れるようになり、落ち着いて剣を振れます」


 水を飲みほし、マルグレットが意気軒高の様子で答えた。


 まあ、そもそもジャイアントマンティスと対等だった彼女だ。

 脅威度的に、格下のサイクロプス相手に後れを取るわけがないのだ。


 ベリトも得意げに胸を張っている。


「水はもういいかい? 何か食べる? なんでもあるよ」


 ウルリーカが俺たちの顔を順番に見て笑顔を作る。

 ”魔女の森チャレンジ”で鍛錬しそこねた彼女は、ラムエルダスでは戦力に

 ならないだろうと考えたらしく、今回は荷物持ちに徹するようだが……


「この先、旅は長いんじゃ? 


 水も食料も、普通は切り詰めるもののような気がするが」


 と俺が聞くと、ウルリーカはにんまりと笑い、背中に背負った大袋を指さした。


「この中には、このポーチと同じものがどっさり詰め込んであるのさ」


「?」


 全く意味が分からない。

 そもそもポーチってそんな風にして運ぶものだっけ?


「このポーチは特殊なポーチでね……


 娘が、モンスタースキルを研究してると言ったろ。


 そもそもその目的は、勇者のスキルを一般冒険者でも使えるようにならないか、


 というものだったのさ」


「勇者のスキル? 【身体強化】とか、【空間収納箱アイテムボックス】とかの?」


 マルグレットの問いにうなずくウルリーカ。

 

「ただ、勇者を直接研究対象には出来なくてね……王様だし、人体実験も出来ないし。


 だから、モンスターを研究して応用できないか? なんてわたしが考えて、


 娘が応じてくれたのさ。


 モンスターにも【空間収納箱】的なスキルを使うやつがいたからね」


 なんか不穏当な単語を聞いたような気がする……


 そういえばベリトも昔、似たようなことを言っていたな。

 さすがに母娘ってところか?

 

「その成果がこれさ。【空間収納箱アイテムボックス】とまでは行かないが、


 普通のポーチの何倍もの容量を入れられるようになったのさ」


 ウルリーカが手のひらにポーチをのせ、ぽんぽんともてあそぶ。

 何倍もの容量が入っているのに、重さも大したことがなくなるらしい。


「水も食料も、皆でふんだんに使っても三カ月は持つよ。節約すればもっとだ。


 それだけあれば、余裕をもって魔族の『首都』まで行って戻ってこれる」


 ポーチにスキルを付与したってことか……便利な代物だ。

 しかし、長旅で食糧や水の心配をしなくて済むのは、大変ありがたい。


 ここでウルリーカがやや肩をすくめた。


「ただ、試作段階ではあるんでね。今のところ娘の魔力がないと、このポーチも

 

 スキルを発揮できないんだ。一般冒険者も使えるようになるのは、まだ先の話だね」


「つまり、ベリトがいるパーティ専用のアイテム……ってことになるんですね」


 マルグレットの言葉ににウルリーカがうなずく。


「そして、ベリトはラルスのいるパーティ以外には入りたくない……そうだな?」


 ウルリーカがベリトを振り向くと、猫耳が揺れて肯定をあらわした。

 俺より強い冒険者なんてざらにいるだろうに、それでも俺について来てくれるのは

 嬉しいことだ。


 しかしベリトは魔法の力もすごいが、便利な道具もいろいろと作れるよな……

 俺が感謝と尊敬の意味をこめてその頭を撫でると、ベリトの目が細まった。


「お、ベリトに1ラルスポイントが入ったみたいだ。


 このポイントが10たまると、正妻の立場をゲットできます」


「なっ!? なんですかその制度は!!」


 マルグレットが地面から数センチばかり飛び上がった。

 それへニヤニヤ笑いながらウルリーカが答えた。


「期限はこの旅が終わるまで。審判はわたしが務める。わたし自身も


 正妻獲得対象者に含まれることとする。異論は認めない」


「そ、そんな妙なことでラルスの人生を左右しないでください!」


「審判への抗議により、マルグレットはマイナス1ラルスポイント」


「はあっ!?」


 またマルグレットが飛び上がった。


 ……俺の名前がついてるポイントはなんなのだろう?


 聖祭とか言ってたが、そういえば王都では年に一度、祭りが開催されるという。

 以前はランベルトの名前が冠せられていたようだ。

 となると今年はラルス聖祭になるのだろうか。


 マルグレット聖祭とか、ベリト聖祭とかのほうが響き良さそうだな……


「さて、休憩もここまでにしようか。はやいとこ首都にたどりつかないとね。


 場所はもう”分かってる”んだし、あとはこの荒野を踏破するのみだよ」


「あ、待ってください! 取り消してください、マイナス!


 私も、より頑張りますから! い、いえ正妻とか関係なくですね!?」


 歩き出したウルリーカの後を慌てて追うマルグレット。

 俺とベリトも、同じ方向へ向かって砂地に足を踏みだした。

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