第四十話 出発、ラムエルダスへ
「何が遅かったんだ、じいちゃん」
言葉を止めたスヴェンじいちゃんをうながす。
「ラムエルダスの最奥には、魔族が暮らしていた国の首都があった。
そこで、魔族は種としての滅びを迎えたのじゃ。じゃが、最後まで
生き残っていた王と数人の配下は、いつか再び肉体を得て蘇ることを
期待し、自らの精神を【命の水晶】に移植。永い眠りについたのじゃ」
「ということは魔族は元々は精神生命体ではなく、肉体を持った
生き物、だったわけですね」
マルグレットの言葉にふるふると揺れて答えるじいちゃん。
「そして首都の地下、命の水晶が安置された場所へとカーリンは降り立ったのじゃ。
魔族にしてみれば、自分たちの器が向こうからやって来たことになる」
「そのうえ、カーリン自身の魔法力は人間界最強。
魔法を得意とする魔族にとって、あまりにも好都合だったろうね」
腕を組みながらウルリーカがうなる。
「カーリンもそれと気づきはしたものの、一瞬遅く……
魔族の王に乗っ取られてしまったのじゃ」
「人間界最強の魔導師でも、乗っ取りは防げなかったのか」
という俺のつぶやきに、じいちゃんが普段より妙に甲高い声でまくし立てた。
「そこは魔法については魔族が圧倒的に先駆者だしー、自分の中にない概念で
攻められたら防ぎようがなくない!? そもそも乗っ取りの技術は
魔族の王だけが使える秘伝だったらしいし!」
じいちゃんの豹変? に目を白黒させていると、
「というのがカーリンの弁明じゃ」
落ち着いたじいちゃんが、普段通りの口調で付け足した。
あらかじめ突っ込まれることを予測して、その言葉をじいちゃんに伝えていたのか……
しかし『乗っ取る魔法』なんてものは人間界にはなかったんだな。
確かに、何も知らない状態で相対したなら、そうなっても仕方ないかもしれない。
「じゃあ、カーリンが王に乗っ取られたなら、『数人の配下』とやらは
俺たちが戦った、ええと……あいつら、になるんだな」
「ウリヤーンね。それとディナラにリュド」
俺の適当な言葉に、ややあきれ顔でマルグレットが補足してくれた。
そうそう、そんな名前だった。
「魔族の王は、この機会に地上を魔族の手に取り戻すことを決意したのじゃ。
王は乗っ取りの秘伝を配下たちにつたえ、彼らはラムエルダスからモンスターの体を
中継して、この国にたどり着いたようじゃな。そして大量の人間――
魔族にとって肉体の器があることに狂喜し……そして、冒険者の存在に気づいた」
冒険者の存在?
そういえば、あいつらは『冒険者狩り』なんてことをやってたな。
なぜ、冒険者を狩るのかは今一つ謎だった気がする。
「魔族は魔法力の強い体を好むようじゃ。だから、冒険者は乗っ取る相手として
申し分ないのじゃが……数が多すぎた。だから、自分達に都合のいいよう、
目減りさせようと考えたようじゃな。人間よりモンスターに親近感を持つ
魔族としては、モンスターを狩る職業、というのも癪に障ったらしい」
モンスターを愛玩動物みたいに感じでもするのか、魔族。
冒険者が癪に障るわりには、魔法力が強ければ乗っ取るとか、節操なしか。
「ラムエルダスへと乗り込んでいった、アロルドもそうやって
都合が良いから乗っ取った……ってことかい。あいつは魔法はからっきしだが
秘めたる魔法力自体は強かったからね」
ウルリーカの疑問に、じいちゃんはうなずいて答えた。
スライムなので、はた目からは少し分かりづらかったが。
「冒険者を適度に減らしたり、分散させたところで、王都へモンスターによる
進撃を開始した、と。人間の次は国を乗っ取ろうとでもしたのかい?」
続けてウルリーカがまた質問をした。
「もともとは、肉体の器の確保が第一目的だったようじゃ。
地上を取り戻す、ということは大勢の魔族がこの地に蘇るということ……
そのために、大勢の人間の肉体を欲したようじゃ。
しかも、王とその配下以外の魔族には、冒険者ではない一般人を割り当てるつもりで」
「乗っ取る体に、力の差をつけるってか。
魔族にも、支配する側とされる側ってのが存在してるようだね」
ウルリーカがフンと鼻を鳴らす。
「でも、生き残った魔族は他にはもういないのでは?」
マルグレットの疑問に、俺はうなずき、ベリトの猫耳フードも揺れた。
魔族は、王とその配下しかいないという話だったはず。
入れるものがないのに、器だけたくさん集めてどうするのか?
「その点については、王にも何か考えがあるようじゃったが……
残念ながら、カーリンでも王の思考を全て把握することは出来んかったようじゃ」
乗っ取られてるわけだからなあ。意識があるだけでもすごいことだ。
ウリヤーンに乗っ取られた、クリストなんとかいう冒険者は
完全に意識を失い、乗っ取られてる間の記憶は全くないという話だった。
「……以上が、魔族の王に乗っ取られながらも意識を保ち続け、
魔族の行動を把握していたカーリンの報告、というか、
わしが受け継いだ記憶じゃな」
長い話をおえ、やれやれとじいちゃんがため息をつく。
俺はじいちゃんを膝に乗せ、その体をマッサージしてあげた。
「とりあえず……魔族たちは、いまだに暗躍してるってことのようね。
それも、少しの時間を惜しむくらい、活発に」
「活発? なぜ?」
マルグレットの言葉に、俺は首を傾げた。
そんな俺に彼女はふりむいて、
「あの時……カーリン、つまりは中身が魔族の王と出会った時。
彼らは、こちらと言葉一つ、かわさなかった。
まるで眼中にないような態度。考えられることは二つ」
と指を二本、立てた。
「一つ。配下が捕らえられ、懲りたので人間たちにはもう手は出しません。
二つ。作戦進行中、人間たちと関わる暇なんて一切ない。
まあ、大物ぶってる可能性もなくはないけど」
なるほど、あの態度からそんな可能性まで考えられるのか。
さすがマルグレット、剣の腕も頭もキレる人だ。
そして、一つ目は絶対ありえなさそうだ。
「……『急ぎ城へ戻る』とか言ってた」
ベリトが軽く手を上げて、補足した。
ウルリーカがその肩を軽くたたき、
「さすが我が娘。
なら、魔族は確実にまた我が国を狙って来る、ということだ。
また面倒な事になりそうだねえ」
と眉をゆがめた。
「その前に、こっちから打って出る、ってのはどうかな。
今度ばかりは、今までみたいな受け身でいると危ない予感がする。
魔族の王が城に戻る、って言ってたなら、そこが魔族の本拠地ってことだ」
「本拠地か。いきなり討ち入りってのは無謀だし、まずは偵察だろうね。
問題はどこにあるか……ってまあ今までの話で予想はつくけども」
ウルリーカがあごに手をやった。
マルグレットもベリトも、やや緊張の面持ちで俺を見てくる。
「当然、ラムエルダスだ」
皆がやっぱり、という表情になった。
魔族が最期を迎えた、首都がそこにあるわけだしな。
「カーリンたちが飛んでいった先が、ラムエルダス方面だったことを
木登りしていた黄スライムが目撃しているから、ほぼ確実だろう」
その黄スライムのスアットは今、俺の足元で跳ねている。
「すげー早かったっス! 俺じゃなきゃ見落としてたっス!」とは
スアットのコメントだ。
「行くのかい、ラムエルダス。魔女以外、誰も生きて戻れなかった魔境へ。
ラルスはどこでも問題なさそうだが、マルグレットとベリトはどうだろ?
確かに、『例の鍛錬』で以前より強くなった感じは受けるけど……」
ウルリーカが腕を組み、頭を傾ける。
「行きます、私たちも。魔の地の異常脅威度モンスターにどこまで通用するか、
試したい気持ちもあります。もはや、サイクロプス程度のモンスターは
何度もこの国に出没している有様。
魔の地へ行き、異常脅威度モンスターたちと戦い、可能な限りその情報を
持ちかえるだけでも、今後の戦いへの足しになるかと」
マルグレットが姿勢を正し、ウルリーカをまっすぐ見て言った。
さすがに誇り高き聖騎士。つい見とれてしまう。
しかし、サイクロプスって異常脅威度ってほどではなかったような?
ウルリーカは頭をひとかき、そして皆をぐるっと見回した。
「次も、リュドと同じ手を使って来るとは限らないけども……
ま、やられっぱなしなのは嫌だしね。次はこっちからってのは賛成だ。
行くか……ラムエルダス」
引っ越し準備作業が本格的に忙しくなってきたので、申し訳ないですが
今月いっぱいは週一更新とさせてください。




