第三十八話 魔女と戦士の帰還
ウルリーカが驚きの声を上げるなり、魔女の森へと向かって走り出した。
『魔女の結界』はどういうわけか全くその効果を発揮することなく、
ウルリーカはずんずんと森の中へと分け入っていく。
「ちょ、ちょっとウルリーカさん!?」
慌ててマルグレットもその後を追った。
彼女も、いつものような結界の効果を感じる事がないようで、
若干のとまどいを見せつつも、森へと入って行く。
俺とベリトもすぐ、ウルリーカたちに続いて森へと走った。
「あんのバカ、久々に帰って来たと思ったら女連れとは……!
一発ぶん殴ってやんなきゃ気がすまないね!」
森は人が足を踏み入れる事のないため、うっそうとした下生えが茂りに繁っている。
それらを苦労してかきわけながら森を進むウルリーカに追いつくと、
彼女はそう文句をたれていた。
「確かに、ウルリーカさんという良い人がいながら、それは
褒められた行為ではありませんね……!」
ウルリーカを追い越すと、剣でバサバサと下生えを払い、道を作りながら
マルグレットも憤る。
だが、ウルリーカは目をぱちぱちさせると、
「いや、別に他に女を作るのは良いんだ。それを報告してさえくれれば、
わたしも自由にやらせるさ。わたしも自由にやるからな。
報告なしってのが、許せないんだ!」
と声を荒げた。
「そ、そこですか……」
マルグレットは困惑のため息をついた。
ウルリーカがややニヤリと笑う。
「お互い、束縛しないのがわたしらのモットーなんだ。
だから、ぼやぼやしてるとラルスもいただくからね!」
「ちょっと!? あの、ちがっ、もう……!」
なんで、そこで俺の名前が出てくるのか良く分からなかったが、
その間にも二人は競うように進む速度を上げる。
って、むやみに森を進まれても困るのだ。
「ちょっと待った。魔女の小屋はそっちじゃない。
スタインブレカーに案内させるから、ついてってくれ」
二人に追いすがり、金属スライムのスタインブレカーを先行させた。
「お、おう……これが金属スライムか。滅多に遭遇報告のない、
超レアモンスターに会えて光栄だね」
最初こそ狼狽の動きを見せたものの、もういつもの落ちつきを取り戻しているウルリーカ。
「……すごい……綺麗……」
俺の背中で、ベリトも感激の声を上げた。
そうだろうそうだろう。あの光沢は他では見られないものだ。
「って、なんでベリト、ラルスにおんぶされてるんですか!? んあっ!?」
マルグレットの下生えを払う剣が方向をあやまり、樹に食い込んだため
一行の歩みがいったん止まった。
「いや、森に入るなり『……進むの、きつすぎ』と足を止めたんで、俺が
背中を貸したんだが」
「そ、そうですか……ってベリト、なにニヤリと笑ってるんですか!」
マルグレットが軽く地団太を踏んだ。
なんだか、ベリトの俺にしがみつく力が増してきた気がする。
「え? なんですって、ベリト?
『……あててんのよ』? ちょ! あなた……!」
「おう、ベリトも煽るねえ。我が娘にしては無口無表情ぎみだが、そういうところは
似てるのかもねえ」
「まったくこの母娘は……! 早く、進みますよ!」
なんだか、マルグレットたちの間でひと悶着が起きたような感じだったが、
俺たちは再び森を進みだした。
やがて、森の中に円状に開けた空間にたどり着いた。
中心には木造の小屋が建っている。見慣れた我が家だ。借りものだけど。
その小屋の扉近くに、二人の人間が佇んでいた。
「あれが、魔女カーリンと、戦士アロルド……?」
マルグレットが用心深くつぶやいた。
真っ赤なローブに身を包み、地面に届きそうなほど長い黒髪の女が、
魔女カーリンだろう。目にかかるほどの前髪は真横に切りそろえられ、
顔立ちも体つきも思った以上に若々しい……というより、幼い。
「苦しんでる、とかいう話だったが、無事そうじゃないか。
というか……魔女、今も生きてるなら何百歳ってとこなんだろ?
老婆かと思ったけど、若すぎるまである」
俺の言葉に、「いつまでも美少女でいられる秘訣を聞きたいとこだね」と
ウルリーカが軽口で返す。だが彼女の目は、魔女カーリンの後ろに控えている
戦士アロルドに注がれていた。
アロルドは褐色の肌に、長い銀髪を後ろにたばねている。
低身長のカーリンとは対照的に、かなりの長身だ。
鋼の胸当てに手甲、脚甲を付けている程度で、戦士にしては軽装だった。
「アロルド、勇者と肩を並べて戦っただけあって、かなりの凄みを感じます。
ただの立ち姿に、隙がありません……!
剣は腰にあるのに、まるで私の喉元に剣先を突き付けられているようです……!」
とマルグレットが震える声で言った。
凄みとやらは俺には分からないが、強者は強者を知る……というやつか。
しかし、そんな物騒な圧をこちらに向けているのか。
帰って来たなら、俺は挨拶のひとつでもかわそうと思ってたんだが。
特に魔女。彼女の小屋を、俺たちは勝手に使ってたんだからな。
家賃、いくらくらい取られるんだろうか……
「なんだ? ニンゲンが何匹も……
この森には、ニンゲンは立ち入れないはずではないのか」
ここで初めて魔女、コーリンが口を開いた。
だがその声は、幼い見た目に反してやたらとしゃがれている。
良く見ると、カーリンの瞳は赤い光に満たされていた。
「魔族……!?」
マルグレットが絞り出すような声を上げた。
まさか、カーリンは魔族に乗っ取られているのか?
「小屋の中を荒らした際、結界を維持していた何かを壊してしまったようです。
そのせいでしょう」
アロルドが淡々とした口調で答えた。
彼の目も赤く光っており、乗っ取られている……ようだが。
やや、その光は鈍いように感じられる。
カーリンはフンと鼻を鳴らし、
「この体の持ち主、思ったより強壮な精神をしていたからな。
まさか、一時でも体の支配圏を取り戻されるとは思わなかったぞ……
まったく暴れ馬め、無駄な抵抗をしおって。
再調整に手間はとったが、この体は再び我のものになった。急ぎ城に戻るぞ」
と言うと、顔をクイ、と斜めに軽くかたむけた。
アロルドが一礼し、カーリンに寄り添う。
「ちょっと……! あなた方はいったい、」
とマルグレットが声をかける。
しかしカーリンたちは全く目もくれず、凄まじい魔力衝撃波を発したかと思うと
空へと急上昇した。
俺たちは踏ん張ったにも関わらず、衝撃波で数メートル後ろに後退させられる。
小さいベリトは簡単に吹っ飛んでしまったが、なんとか俺がその腕を捕らえ、
背後の大樹に激突するのを防いだ。
「飛ぶ魔法!? そんなものが存在したなんて!」
「……それも、詠唱なしで」
驚きの声を上げるマルグレットとベリト。
この世には空を飛ぶ魔法なんてない、というのが常識だった。
だが、カーリンたちはあっさりと空へと浮かび……
再び衝撃波を発して、目にも止まらぬ速度でいずこかへと飛び去ってしまった。
後には、遠雷のような音が余韻のように残るだけだった。




