第三十七話 魔女の森チャレンジ
「おっ、見えて来たね『魔女の森』」
北の大森林へと続く街道を歩きながら、彼方に姿を現しつつある魔女の森を見やり、
ウルリーカが言った。
今日は、俺とマルグレットにベリトといういつものメンバーに、ウルリーカが
引っ付いて来ている。
最近、マルグレットとベリトは『魔女の森にどこまで近づけるか試練』という
新たな修行を、クエストの合間に行っていた。
二人によれば、魔女の森に近づくことは相当な精神鍛錬になるらしい。
その話をしたら、ウルリーカも「わたしもやってみたい」と言い出したので、
ギルドマスターの仕事を早めに片付けてやってきた、というわけだ。
魔女の森に普通の人間が近づくと、意味も分からず恐怖に囚われたり、
その人にとって最も恐ろしい幻を見たり、異様な魔力による圧を感じたりと、
人間を近づけないための『魔女の結界』が発動する。
そこへあえて近づくことで、己を律する力を向上させたり、
魔力向上の修練に使えると。
「魔女の森に自由に入れる俺には出来ない、修行方法だなあ。
二人にはますます、冒険者としての差を付けられてしまう」
と俺がぼやくと、マルグレットもベリトもなんだか呆れたような顔をして、
「これは、私たちが足手まといにならないようによ」と言った。
誰の足手まといなんだ……?
二人は、まだまだ遥か上にいる誰かを目指しているのか。
改めて、その向上心には感心するものがある……
「さて、元勇者パーティの一員がどこまで近づけるか、見ものですね」
マルグレットが不敵に笑みを浮かべながら、ウルリーカを振り返る。
今のところの最接近記録は、マルグレットの『森まであと50メートル』だ。
普通の人間は、200メートル以内にすら近づくことはできない。
マルグレットの強さはこのことでも分かる。
ちなみにベリトは『あと80メートル』だ。
「元勇者パーティといっても、ほんのちょっとの間だけだからねえ。
それもペーペーどころか、そうとうガキの頃さ」
ウルリーカは、かつて『紅蓮の勇者』――ランベルトと同じパーティで
冒険者稼業をしていたことがあるらしい。
勇者ランベルト、戦士アロルド、神官戦士ウルリーカ。
ウルリーカの言う通り、パーティを組んでいたのは一カ月ほど。
ランベルトが実力を伸ばし始めると、彼の自我は次第に肥大しはじめ、
他の二人がついていけない、とパーティを脱退したんだとか。
「最初は楽しかったんだけどねえ。『紅蓮の勇者』……その名の通り
一度燃え上がったら手が付けられない男だったよ。
まさかその後、王の座を手に入れるまで成り上がるとは思わなかったけど」
ウルリーカがやや遠い目をする。
脱退後は、アロルドとウルリーカがコンビで徐々に名を上げるようになった……
という話だ。
「そのアロルドさんとご結婚されたんですね」
とマルグレット。
ややニヤニヤしながら、ウルリーカが答えた。
「良い相方だったよ。ラルスとマルグレットも参考にするといい」
「はあっ!?」
良く分からないタイミングでマルグレットが大声を上げたので、
俺は地面から一センチほど浮いた。
「な、なんで叫ぶんだ。ウルリーカは冒険者として戦い方の参考になる話を
これからしてくれるんじゃないのか」
俺の言葉に肩を落とすマルグレット。その顔は妙に赤い。
ウルリーカはニヤニヤ笑いを持続させ、ベリトはやれやれといった感じで首を振った。
「ちょうど、かつての勇者パーティが今の俺たちのパーティ構成に似てるから、
とそういう話じゃないのか?」
「そういえば……」
落ち着きを取り戻したマルグレットが腕を組んだ。
「私たちが『聖騎士』『戦士』『魔法使い』で、
勇者パーティが『勇者』『戦士』『神官戦士』。
傾向は似てる、かも? いや、ラルスを単なる戦士扱いしていいのかしら……」
「いや、全然違うぞ。わたしたちは言わば『全員前衛』チームだからね」
とウルリーカ。
「戦士アロルドは当然前衛、神官戦士たるわたしは補助や回復魔法よりも体術重視。
魔法を使う機会なんて、勇者がたまーに、程度だったのさ」
「……脳筋パーティ……」
ぼそりとベリトがつぶやいた。
失礼ながら俺も同じことを考えてしまったので、ベリトが言ってくれて
何となく助かった心持ちだ。
「特に戦士アロルドなんて、直接攻撃力なら勇者以上だったよ。
何でも出来る勇者と、一点特化型の戦士……そして肉弾戦のわたし。
きみたちのパーティとは全く違う」
確かに。
……じゃあ、何の参考になる話をしてくれるつもりだったんだろう?
「まあ、この話はここまでにしよう。
魔女の森があと300メートル先ってとこまで来たし、その修行、
試させてもらうよ」
ウルリーカが前を指さした。
いつの間にか、そんな近くまで来ていたようだ。
「あれが噂の魔女の森か……ラルスの故郷でもあるという。
魔女はもう居なくなって久しいらしいが、結界は未だに生きているとか、
すさまじいものがあるね……」
ウルリーカがつぶやき、森へ向かって歩き出した。
「ん?」
その時、足元の地面が微妙に振動したのを感じた。
「地震かしら? 珍しい」
マルグレットが少し身構えるが、揺れはすぐにおさまった。
ベリトも周囲を見回し、けげんな顔をしている。
「まさか、これも魔女の森の『結界』の効果じゃないだろうね」
と、ウルリーカが振り向く。
俺たちが首を振ると、ふむ、と肩をすくめ、また魔女の森に向き合った。
「さて、魔女の森に近づくのは正直初めてだ。
どんなものを見せてくれるのやら……」
ウルリーカが少しずつ、森に近づいていく。
その距離、300……250……200……150……
「さすがウルリーカさんね。もう、結界の影響下にあるはずなのに、
しっかりした足運びだわ」
マルグレットが感心して言った。
そして、120……100……
そこまで近づいた時点で、ウルリーカが振り向いた。
その表情は拍子抜け、と言わんばかりだった。
「……全然、何も起こらないんだが?」
「え!?」
おかしいな。俺以外の人間には必ず、結界の効果は発動するはずなのに。
元勇者パーティの一員は、伊達じゃない……?
その時、俺の足元に一体のスライムがぴょんぴょんと跳ねてきた。
金属スライムのスタインブレカーだ。
「た、大変っス! ラルス!」
なんだか、既視感のある台詞だな……前もこんな状況を見た気が。
「どうした?」
「魔女っス! 魔女が、帰って来たんス! ついさっき!」
魔女!?
って、あの魔女か!? 本来の小屋の主の……?
誰も姿を見たことのない……?
まさか、さっきの地震は、魔女降臨の影響なのか!?
「突然、小屋に姿を現して、名乗ったっス! カーリンと!
そして本棚をあさりだしたかと思ったら、急に苦しみだして!
一緒に現れたニンゲンは何もしないし……
近くにラルスが居るのが分かったから、教えに来たっス!」
「分かった、すぐ行く……って、他に人間が居るのか?」
森に向かって走り出しかけたが、話に引っかかるところがあったので
振り向いてスタインブレカーに問いただした。
「魔女が連れて来たみたいっス! 魔女が呼んだ名前からすると、
アロルド、っていうらしいっス!」
「なんだって!?」
こちらに戻って来たウルリーカが、彼女らしくない大声で叫んだ。




