第三十六話 日常復帰、そして
「……なるほど。ラルス王はあくまで、冒険者を続けたいと、そう言いたいわけか」
冒険者ギルド、ギルドマスター室。
朝早く訪れた俺の言葉にやや驚きながら、「そんな気はしたよ」と言いたげな
目を向けてくるギルドマスター、ウルリーカ。
俺は即位式を終わらせたあと、正式にこの国の王になった。
しかし、もともと王の座なんて興味はなかったし、玉座について
あれこれ命令したり国を運営していく、なんて俺に出来るはずがない。
なので、弟トルドを摂政宰相に任命し、国政の全てを任せることにしたのだ。
「い、いいのか!? 俺がそんな役職に就いて!?」
俺の考えを話した時、トルド王子は思った以上に動揺した。
「俺は、学が無いし、知識も無い。
帝王教育とやらも全く受けてないからな。
何もわかってない王より、トルドのほうが適任だろう。
とりあえず国王の権限で、王子に全てを託す。俺はまだ自由に動き回りたいし」
「めちゃくちゃぶん投げられた感じがするが……
じゃあ、好きにさせてもらうぞ? 俺がこの国の全てを取り仕切るんだぞ!?
いいな? 考えは変わらないな!?」
びしっ、と王子は俺に指を突き付けてきた。
「任せると言ったろ。でも、前国王のように、傍若無人なふるまいや、
悪政が行われてると分かったら……戻って来て、修正するからな。
場合によっては、トルドの知識を【吸収】させてもらう」
「ち、知識を吸収!? それもスライムスキルか!?」
「そうだ。頭から、その人の全ての知識を吸い出して、俺のものにする」
「……吸われた者はどうなる?」
「廃人になる」
というわけで、トルド王子は姿勢を正し、やや青ざめながら摂政就任を受諾してくれた。
元国王のような事にはなるまい……たぶん。
ちなみに、知識を【吸収】するというスライムスキルの話は嘘である。
トルドを説得するための方便だ。
それだけ、俺はどうしても冒険者を続けたかったのだ。
もともと世界を見て回りたい、という思いで『魔女の森』を出てきたのだし、
冒険者という職はそれに都合がいい。
そんなわけで、この件に関するもろもろの手続きやら説明やらを終わらせ、
ここ冒険者ギルドのギルドマスター室に来た、というわけだ。
「了解したよ、というか王の権限を使ってそう希望してんだから
止めようもないねえ。冒険者として率先して危ない場所に行きたがる王ってのも
前代未聞だが……」
ウルリーカはやれやれ……といった感じで頭をふった。
ざっくばらんな口調は王に対して不敬だ、と言うものもいるかもしれないが、
俺はいままで付き合いのある人たちに対しては、今までと同じにしてほしい、
と言ってある。
まあ、そう言わなくても、ウルリーカは普段通りな気もするが。
「だがしかし、王宮の人間としても、とつぜん来訪した
『実は追放されていた第一子』が玉座につくより、馴染みのあるトルド王子が
執政するというなら……という気持ちがあるのも否定できないしね。
その方が都合が良いとまで言える。
てことで、引き続き、きみはマルグレットとベリトと同じパーティで
今後も活動することを承った。引き続きよろしく頼むよ」
席を立ち、手を差し伸べてくる。
俺はその手を握り返し、うなずいた。
「しかし……本当にあの、『紅蓮の勇者』ランベルトを倒してしまうとは……
きみの強さ、底知れないな」
ほう……とため息をつきながら、椅子に座り直したウルリーカが言った。
「確かに強かったが、元国王も冒険者だったんだろ。
同じ地平に立っている者同士、冒険者同士。案外、やりようはあるものだな」
「そんな問題かねえ……?」
俺の言葉に首をかしげるウルリーカ。
そして、机に肘をついて顎をささえながら、つぶやいた。
「きみと出会って間もないが、あっという間に冒険者から王に成り上がったわけだ。
その点では父親と似ているかもな……おっと、嫌な顔をしないでくれ。
中身は全然、似通っていないさ。ちゃんと学べば、良い王様になるだろうよ。
ふむ……なんだな。きみを落とせば、わたしは王妃になれるんだな……」
「ちょっと!?!?」
ばあん、と音を立ててギルドマスター室の扉が開かれた。
叫びと共に入って来たのは、マルグレットだ。
ベリトはその後ろから顔を出している。
しばらく二人とは別行動になっていたが、今日ギルドマスターを訪問する際、
合流することになっていた。
「おや、聞かれてしまったか。わたしの将来設計を。
ずっと聞き耳を立ててた女騎士様に……」
「たっ……立ててません! たまたまです! 通りがかっただけです!」
やや声が裏返ってるマルグレット。
ベリトがてこてことやって来て、俺の隣に並び、
「……うそだけど」
と小さくつぶやいた。
マルグレットがごほんごほんと咳ばらいをした後、ウルリーカに向き合う。
「ギルドマスターは、行方不明とはいえ、居るのでしょう!
その、大事な方が!」
ラムエルダスに消えた、ギルドマスターの伴侶、って人か。
「居るよー。でも、失踪してもう5年くらいかな?
あともう少しすれば死亡扱いにもなるし、わたしだって、
まだ自由恋愛をやれる余地がだな……」
「なっ……!」
「わたしももう、十分待った。そのうえで、わたしがどう振る舞うかを、
貴女に止められる権利はないように思うんだがねえ」
「ん……! それは……!」
青ざめたり赤くなったりしているマルグレットを見て、ウルリーカが
くすくす笑いだした。
「いやあ……相変わらず、からかい甲斐がある女騎士様だ。
今日も一日、がんばれそうだよ!」
ウルリーカはそう言い放ち、うーんと伸びをした。
「はあっ……!?」
ウルリーカが立ち上がり、硬直して言葉を失った様子のマルグレットの
肩を軽くたたいて、俺とベリトのところまでやってきた。
「んじゃ、またこの三人に頼みたいクエストがあるんだ。
最近は魔族が動きを見せないし、状況はわりと落ち着いているから
きみたちには退屈なものかもしれないけどね……」
「気楽な事言わないでください」
マルグレットがあきれ顔で答える。
と、そんな感じで、俺たちは冒険者としての日常に戻っていった。
依頼されたクエストをこなし、実績を積んでいく日々。
このまま何事もなく、ずっと続くかと思われた日々。
だが、その日常はとつぜん破られることになる。
長いこと行方不明だった、ウルリーカの相方の帰還によって。
それも、『魔女』を伴って……
次話から最終章に突入します




