第三十二話 魔力勝負
ガギン、という金属音が謁見の間に響き渡る。
ランベルト王が突進と同時に、俺の腹に拳による一撃を加えたのだ。
瞬間、盛大に火の粉が散った。
「おおっ!?」
俺は10メートルほども吹っ飛ばされ、柱の一本を砕きながら壁まで到達。
壁に大きなひび割れを残し、床にずり落ちた。
「【粘着】で足を床に固定してたのに……ひっぺがされるとは。
ウルリーカの正拳突きの、何倍も強いな」
硬質化した体には傷一つないが、とつぜん後ろ向きに加速したため
頭が少しふらつく。
「ははっ! 本当に頑丈だなっ!」
だが態勢を整える間もなく、ランベルトはすでに目の前に踏み込んでいた。
今度は、顎を打ち上げる一撃をもらった。
硬質の体は固くなると同時に、かなり重量が増えるはずだが
それをものともせず、王の拳は俺を空中へ持ち上げる。
王は空中の俺に拳による連撃を食らわせ、数メートルもそのまま運んだ。
最後に拳を振り下ろす重い一撃で、俺の体は床にめりこみ、また城自体が揺れる。
「ラルス!」
マルグレットが声を上げた。
「大丈夫、問題ない」
俺はむくりとおきあがる。
と同時に、弧を描く裏拳が飛んできて俺はまた柱へと吹っ飛ばされた。
「問題ない、が……早すぎて攻撃を仕掛ける暇がないな……」
王はこちらが吹っ飛ばされるなり、ダッシュで追いつき、再度の攻撃を加えてくる。
まるでダメージはないが、硬質化を解く余裕がない。
硬質化中はろくに動けないため、王に攻撃を当てられないのだ。
それがランベルトの手か? しかしお互いに傷を負わないまま、どう決着するというのか。
「打撃がダメなら、これはどうだ」
王は今度は、俺の顔を正面から片手で掴み、拳を燃やしながらギリギリと締め付けてきた。
並みの人間なら、一瞬で頭は潰されているだろう。
鉄兜をかぶっていても、炎で鉄が加熱され、中身が焼けるという寸法か。
それ以前に、鉄兜すら砕きそうではある。
「硬い……!
以前、ミスリル剣を手刀で折ろうとしたことがあり、それは不可能だったが
それに近い手ごたえがあるぞ! アダマン剣は折れたんだがなあ!」
掌に力を込めながら、王が笑った。
一切、攻撃が効かないというのにこの余裕はなんだ……?
このまま数日間、戦い続けても俺はかまわないが、体力が先につきるのは
王の方ではないのか?
「……王は、魔力切れを狙っている」
ぼそっと、そうつぶやいたのはトルド王子だった。
「固有スキルは、通常の魔法よりも魔力消費を少なく使える。
それが破格技能と呼ばれるゆえんだが……
使い続ければ、当然魔力切れをおこす。そうなれば、今は固くとも
いずれラルスの体は普通に戻る……それを狙っている」
魔力切れ!
もしかして、【毒生成】で猛烈に腹が減るのは、魔力切れを起こしてるからなのか。
あのスキルはそうとう燃費が悪いと、緑スライムのスックスドルフが言っていたな。
そういえば腹が減ってる時は、スキルが使えなかった。
食べ物から、魔力を補充して回復させていたのか……
「確かに! その手があったのね!
王の体力と魔力は、勇者の固有スキル【身体強化】で並外れた量になってる!
同じ人間どうしで、競り合って勝てる相手じゃないわ!」
マルグレットが叫んだ。
「その通りだ……ラルス、勝ちたいなら早期決着しかないぞ」
王子が、なんと俺にアドバイスをくれている。
少し驚いた。
「ほう。この男に肩入れするか? あれほど、地位に固執していた男が」
ニヤリとランベルト王が笑って王子を見た。
「ふん……誰が。この男が何も知らなさすぎるから、公平じゃないと思って教えたんだ。
一国の王の地位をかけた戦いが、一方的であってたまるか」
トルド王子……
「ははは! 良い顔をするようになってきたではないか。
ラルスの影響か? 俺への恨みか?
だが、この戦いは最初から俺の勝ちだ!
俺の目には見えている。あと数分で、こいつの魔力が尽きるのがな」
「【能力開示】……!」
トルド王子の顔がゆがむ。
なんだそれは、まだ勇者には固有スキルがあるってのか?
王が再び、ニヤリと笑った。
「そのとおり。俺は触った人物の能力を、数値化して見ることが出来る。
触る時間が長いほど、解析は進む。なるほど、スライムスキルには、
【溶解】【物理無効】【粘着】【硬質化】【水と成る】【毒生成】のほかに
【体色変化】【水で自己修復】などもあるのか! そしてまだ何かありそうだな!」
こいつ、俺がまだ見せた事のないスキルまで……!
能力を調べるスキルか、のぞき見されているみたいで嫌な感じだ。
しかし、魔力切れの話が本当なら、今すぐなんとかしなければ。
俺は【水と成る】を使い、全身をメタルから水と化した。
「なに!?」
ばしゃん、と音を立てて、俺の体は王の手から滑り落ちる。
その際、炎と化していた王の手により、顔が少し蒸発してしまった。
「きゃあああ!!」
マルグレットが悲鳴をあげた。
ベリトもうっ、と小さくうなる。
俺はすぐ水から元の姿にもどったが、蒸発したぶん、俺の首から上が消えていたのだ。
だが、携帯していた水袋の水を体に直接投入することで、すぐに元に戻る。
これには親衛隊や神官、トルド王子も驚きにあんぐりと口を開けた。
マルグレットたちは言葉を失っている。
「……それが【水で自己修復】か? 大したものだ。
回復魔法いらずではないか……しかも、普通は死んでいる傷だ。
ラルス、どこまでも驚かせてくれる!」
王が手を払い、豪快に笑った。
「だがこの戦いも、そろそろ終わりだ。お前がスキルを使い続けるなら、
あと数十秒で魔力は尽きる。そうなった時、俺の勝利が確定する。
もっともっと、スライムスキルの深奥を見たかったぞ」
姿勢を落とし、再び攻撃態勢に移るランベルト王。
……確かに、急激に腹が減って来た。
魔力切れなのは、確かなようだ。だがしかし。
「スライムスキルを評価してくれるのは嬉しいが。
俺の、次のスキルで……お前は終わる」
俺は立ち上がり、王を睨みすえた。




