表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/59

第三十話 父と子と母

「ええっ!?」


 ざわついた謁見の間にひときわ大きく響いたのは、マルグレットの声だった。

 直後にあわてて口に手を当て、縮こまるマルグレット。


「ラルスが、第一王位継承権を……!? ランベルト王の、息子……!?」


 しかし、なおも震える小声でつぶやく。

 それだけ、衝撃が大きかったようだ。


 衝撃を受けたのは自分も同様だった。


 俺が、ランベルト王の、息子だと……?!


「顔つきは、うむ、俺に似通っているようだな!

 

 だが全体的な雰囲気に、我が妃……デリアの面影を感じる! 


 確かにラルス、お前は俺とデリアの子供である!」


 デリア……それが、俺の母の名なのか?

 ランベルト王が、父……

 

 未だに、しっくりこないが。

 初めて王の顔を見た時に感じたなにかは、血のつながりによるものだったのか。


「ギルドからの報告で、魔女の森出身のラルスが……などという文を


 読んだ時は大層おどろいたぞ! 兄弟たちも同様だった!」


 剣を折られたトルド王子が、「くそっ!」と毒づきながら床に拳を叩きつけた。

 もしかして……トルドは俺の、兄弟なのか?


 俺の考えを察した王が笑って言った。


「トルドはお前の弟だ! 他にも数名、兄弟はいるぞ。


 今までそやつらで王位継承権を争わせていたが……それももう終わった。


 我が国は、この上なく強き継承者を得た! 


 それがラルス、お前というわけだ!」


 王は、今回の件をかなり高く評価しているようだ。

 冒険者出身ゆえに、強い者を優先して考える……

 王位継承権は功績で左右される、とも言っていたな。


 だが、しかし。

 俺が王の息子ならば、王は父親としてありえない行動を取ったのではないか?


「……魔女の森近くに、赤子の俺を捨てたのは」


「俺だな! 俺が命令でそうさせた!」


 ランベルトは悪びれもせず、腕を組んで堂々と言い放った。 


「人の未来像をイメージで読み取る、王宮魔術師が言ったのでな!


 ラルスには、スライムのような未来が待っている……と。


 スライムと言えば最弱、小物の代表と言える!


 そのような者は我が家の恥だと考え、追放した!」


「……」


 良く分からないが、占い師の予言により俺を捨てた……ということか?

 しかし、この王もスライムをそのように考えるのか。


 恥、とまで言ったな。


 俺の王への印象、悪くなる一方なのだが。

 これが、俺の父……

 

「だが、お前は見事、それを覆した!


 ハンデを乗り越え、我が息子たちの中で一番の功績を上げた!」


 なに?

 王は、今、なんと言った?

 

「モンスターの中には、成長の過程で、急激な進化と変化を遂げる種もいるという。


 ラルスはそれだ! スライムが、ドラゴンほどに化けたのだ!


 誇るがよい! 今まではどこの馬の骨とも分からぬ、いち冒険者だったが、


 これからはハウヴィニウス家の一員として、第一王位継承者として。


 この国をしょって立つがいい!」


 朗らかに笑う王とは対照的に、俺はたぶん、渋い顔をしていると思う。

 

 ハンデ……だと?


 スライムの未来像は、あくまで俺に『悪い影』を落とすしかないものだと?

 俺の力はすべて、スライムたち、彼らの力によるものだ!


 決してドラゴンではない!


 だが、あと一つ。

 仲間をあくまで小物扱いする王に、聞きたいことが一つある。


「……母は? デリアという名の、母親は今、どうしているんだ?」


 俺の質問に、王は軽く肩をすくめ、


「病死した」


 と答えた。

 ……そうか、もう、今は……いないのか。

 せめて、どんな人間だったのか、聞いておくべきか。


「違う」


 その時、床に崩れていたトルド王子が口を開いた。  


「トルド、やめろ」


 王の雰囲気が変わり、謁見の間にビリビリとした空気が漂いはじめた。

 圧だ。王の圧が、発散されている。

 

 一瞬、その圧にひるんだトルド王子だったが、震える声で叫んだ。


「母は! 王に! 父に殺されたっ!」


「……?!」


 驚く俺を見据え、王子は言葉を続ける。


「昨日! 俺は今わの際の老魔術師から、事の真相を聞かされたのだ!


 父が、お前を魔女の森へ追いやったあと! 


 それを知らされた母は、魔女の森へ向かおうとした!


 理由は、お前を救うためだという!」

 

 な、なんだって!?


「未来像がいかなるものであろうと、我が子を守るのが母の務め、と言ったそうだ。


 そしてラルスという名は、母が名付けたもの。


 その名が意味するところは『明日への希望』。


 希望を親が、断つわけにはいかない……


 そう言って、密かに森へと向かおうとしたところ……


 その背中を、父が! 斬ったのだ! 母はラルスのために……ぐわっ!」 


 いきなり、トルド王子が壁まで吹っ飛んだ。


 ランベルト王が丸太のような腕を振り、王子を平手打ちしたのだ。

 王子は壁にぶつかり、くたっと崩れる。


「勇気ある告発だったな。常々、トルドは気が小さく、弱い者にのみ


 強く当たるような卑屈な精神が問題だったが……


 ワイバーンたる自分が、スライムのラルスに立ち合いで負け、


 なおかつ第一王位継承権を奪われた。そのせいで感情的になり……


 やけくその行動に出たのだろう。あるいはラルスに当てつけるためか。


 だが、勇気の芽生えと考え、俺への告発は許そう」

 

「……許したわりに、王子を攻撃したようだが」


「デリアは対外的にも病死という事になっておるのでな。


 秘密を口外した罰だ。むろん、ここに居る者たちには秘密は守ってもらう。


 息子ゆえこの程度で済ませたが、それ以外のものが漏らせば……死罪である」


 王が謁見の間にいる者たちを見回した。

 がしゃっ、と音を立てて親衛隊が姿勢を正し、神官は頭を垂れた。

 マルグレットたちは黙って俺を見つめている。


 俺は、壁の王子に目をやり、声をかけた。

 

「トルド王子……ありがとう」


 ぴくり、と王子の肩が一瞬震える。


「? 何を感謝することがある?」


 王があごをさすり、いぶかしげな顔をした。


「母の人となりを知る事が出来たからな。マルグレットやベリトの母親も、


 子供のことを第一に考え、大事に想っていてくれいたという。


 俺の母親もそうだった、と知れて嬉しい。育ての親は別にいるが、


 今はいない母にも、感謝の気持ちを伝えたい」


 俺は胸に手を当て、目をつぶって天をあおぐ。

 顔も知らない、母に想いをはせた。


「だから、ありがとう、だ。王子。母のことを聞かせてくれて。


 父のしたことも聞かせてくれて。勇気がある男だ、トルド」


「うるさい……」

 

 王子はそっぽを向いたまま答えた。

  

「育ての親とは、報告にあったスライムのことか?」


「そうだ」


 王の問いに、俺は目を開き、王の顔をまっすぐに見て答えた。


「ふむ。嘘はついてないようだな……報告を見た時はどういう事なのか、


 いっそスライムという名前の人間なのではないか、と思ったものだが」


 王はふん、と一度鼻を鳴らし、俺をじろじろと無遠慮に眺める。 


「まさか、モンスターごときがここまでしっかりと人間を教育出来るとはな。


 立ち振る舞い、喋り方、普通の人間らしくある。


 それもまた驚きである。敬語だけは欠けているがな。


 だが今後は、俺の元で帝王教育を受け、王となる道を歩め、ラルス。


 今まで与えてこなかった全てを与えよう。感謝するがいい」 


 だが俺は、そんな王の目をじっと見つめながら言い放った。


「あんたは……その『モンスターごとき』に劣る父親のようだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ