第二十九話 謁見
次の日の、朝早く……
王都中心にそびえたつ、白亜の王城――
聖王宮、謁見の間。
そこに、俺たちはいた。
長方形の巨大な空間に、そびえ立つ二対の柱。
その間に通された、真っ赤なじゅうたん。
その先の一段高い壇上に、豪華な装飾の玉座がしつらえてある。
周囲には白銀の鎧に身を固めた親衛隊や、白い僧服の神官たちが並んでいた。
「こ、こんな所に来るのは初めてだわ」
「……ボクも。研究成果を報告に、王立学問所には入った事あるけど……」
マルグレットとベリトの声が緊張に震えている。
だいぶ恐れ多い場所のようだが、森育ちで「王様やお城」については本で知った程度なので、
俺にはただただ興味深い場所にしか見えない。
「ラルス、あまりきょろきょろしないで!」
マルグレットに注意されてしまった。
そういう態度は「お上りさん」と言われてバカにされるらしいので、なんとか自重する。
玉座のすぐ近くには、トルド第一王子の姿もあった。
さすがに「初心者講習ぶり!」などと挨拶するわけにもいかず、ちらりと見やると
王子はぎろりと睨みかえし「フン!」と鼻を鳴らして、視線をそらしてしまった。
あからさまに不機嫌な様子だ。
(まあ、講習で仲良くなれたわけでもないしな)
などと思ったそのとき、
「フィグネリア国王、ランベルト一世陛下! ご出御」
ふれ係が声を張った。
なんだか難しい言葉だが、王のご登場ってことか。
そして実際、国王専用の出入り口から、きらびやかな装飾のマントをなびかせ、
冠を頭にのせた大柄の男がずかずかと入って来た。
そして玉座に深く座ると、足を組み、俺たちを居丈高に目線を送って来る。
この男が、国王か……ランベルト・ハクヴィニウス。
(……なんだ?)
燃えるような赤毛を逆立たせたこの男を見ていると、なにかこう
頭の中でもやもやとしたものがうごめいているような、そんな感覚を覚えた。
(初めて会ったはずだが……そうでないような気がしてならない。どういうことだ)
「お前たちが、シェーンベリの丘に集ったという、魔族率いる大軍を打ち破った冒険者か」
「は、はい! その……ほとんどすべて、ラルスの手柄、なのですが」
王の問いに、マルグレットがおそるおそる答えた。
「ラルス」
王の目が俺一人に向けられた。
「ラルス……というのか。お前は。……本名か?」
「そうだ」
俺の答えにマルグレットの顔が青ざめ、親衛隊が「なんだその口のきき方はっ!」と
ざわめいたが、王は手を上げて「よい」と止めた。
「報告には、【スライムスキル】なる未知の技能を行使できる、とあったが?
それが、魔族軍を打ち破る手段だった……と?」
うなずくと、王が「トルド!」と怒鳴った。
すると、トルド王子がぶぜんとした表情で、こちらへ歩み寄って来た。
「王子を相手に、実践してみせよ。遠慮はいらぬ」
ニヤリ、と笑って見せるランベルト王。
王が手を振ったので、マルグレットとベリトが横の壁まで退いた。
二人とも、やや戸惑いの表情を見せている。
いきなり王子に対してスライムスキルを使ってみせろ、と言われるとは……
「……」
トルド王子が腰の剣を抜き放ったので、俺もつられて剣を抜く。
刃こぼれの目立つそれを見て、周囲の親衛隊たちから失笑がもれた。
遠慮はいらないと言われたが……
(さすがに、王子の命に係わるようなことになってはまずいだろうな)
とか考えてたら、王子がいきなり斬りかかって来たので、危うく受け止める。
そのまま、つばぜり合いの形となった。
すると、王子が少し顔を近づけて、俺だけに聞こえる声で話しかけてきた。
「貴様。一体、どうやって魔族軍をしりぞけた」
「スライムスキルでだが」
「俺はそんなけったいな技能は信じない。何か、卑怯な手を用いたんだろう?
例えば、モンスターが嫌がる匂いか音とかだ。それをお前だけが知っている。
それで追い返したにすぎないんだろう。百五十体を討伐なんて、ありえない。
自分の手柄を、大きく見せかけような汚い輩め。下郎が」
王子は怒りを込めた目で俺を睨みつけながら、そんな事を言ってきた。
とんだ誤解を招いてるようだ。
「俺は認めない。この、冒険者としての功績が重要視される国で……
俺以上の功績を積んだなどと、絶対に認めるわけにはいかない。
たとえ、あのような父上でも……決めたことは絶対だ。
母上は貴様に希望を託したが、今となってはもう関係ない!」
そういえば、この国では王位継承権はそういった功績に左右されるんだったっけ。
しかし、そんな話、俺みたいな下々の人間には関係ないのでは?
つか、母がどうとか、って……どういう意味だ。
「許さないぞ……貴様のような、ぽっと出の、田舎者に!
ろくに教育も受けてこなかったような輩に!
俺の地位を、かっさらわれてたまるものかあっ!!!」
聞く間もなく、王子は叫びと同時に小さく後退した。
今まで剣にかかっていた圧力が消え、俺は一瞬バランスを崩す。
すかさず王子が鋭く踏み込み、下から剣を振り上げた。
ガキン! という音と共に俺の剣が天井高く飛ばされる。
さすが、王宮で専属の教師に叩き込まれたであろう、正統派剣術。
俺の、本で学んだ無手勝流とは違うな……
などと感心した瞬間、王子の横薙ぎの剣が、俺の胴を真っ二つにした。
おおっ、とどよめきの声が親衛隊から上がる。
「これは当然の結末だ……何もかも貴様という存在が悪い。
黙って、あの世に、行け……?」
王子の言葉が尻すぼみになっていく。
ふたたび、どよめきの声が謁見の間に広がる。
「どうも。これがスライムスキル【水と成る】だ。
俺に、物理的攻撃は効かない。当然、斬撃も」
と、一切の傷をおっていない俺は説明した。
「ど、どういう事だ!? 確かに、俺の剣は確かに貴様の胴を!
上半身が床に転がっていないとおかしい! 血すらも出ていない、だとう!?」
動揺した王子がまくしたてた。
「だからこれがスライムスキル……」
「そんな、そんな馬鹿な事があるかあっ!」
王子は叫び、今度は三連撃の突きを繰り出してきた。
喉、みぞおち、股間。
一瞬にして刺突が叩き込まれるが、俺には何のダメージにもならなかった。
「み、見たか?」
「ああ……トルド王子の剣は、確かにあの者の体を貫通している」
「だのに、一滴の血も流れない……目にも止まらぬ速度で避けているわけでもない!」
ざわざわ、と親衛隊が驚きと困惑の言葉をかわしている。
それを見たマルグレットがなにやら、「フフン」と鼻息を荒くしているのが見えた。
すかさずベリトが「……なんであなたが得意顔になってるの……」とつっこむ。
「うわあああ!? こ、このおおお!!」
すっかり混乱しきった王子が次々と剣を繰り出してくるが、全ての剣は俺の体を素通りする。
だんだん面倒になってきたので、
「はあっ!」
と自分の剣を、王子の剣に合わせるように振りまわした。
音もなく王子の剣が真っ二つに切り裂かれる。
剣先がちりん、と音を立てて大理石の床に転がった。
「ああっ!? ア、アダマン製の宝剣がっ!?
最上級硬度の剣が! こうもあっさり!?」
「スライムスキル【溶解】。あらゆるものを溶かす効果がある。
それを剣に付与した」
半分になってしまった剣を握りしめたまま、王子がついに膝をついた。
とたんに、バシバシ、という音が謁見の間に轟いた。
ランベルト王が拍手していたのだ。
「見事なものだな! スライムスキル……その名前からは想像もつかぬ威力だ!
その剣で、モンスターどもを屠ったのか?」
「いや。さっきの【水と成る】を地面に適用して、沼を作った。
さらに【毒生成】を使い、毒沼に変化させ、沼に沈んだモンスターを仕留めた」
「はっはっは!」
王が豪快に笑う。そして思いもよらない事を言い放った。
「まさかとは思ったが! さすがに、我が息子である!
ここに、第一王位継承権はこのラルスに移った!」
なるほど。
なるほど……???




