第二十七話 二階級昇格
「しかし、なんなのよ……
落ち着ていてみれば、アイツら、ただの戦士系と魔法使いの組み合わせじゃない。
とても、あの大規模トラップを仕掛けられるようには見えないわ。
ずっと座って食べ続けてる男なんて、何の役にも立ちそうにないじゃないの。
聖騎士の剣が突然切れ味を増したことといい、わけがわからない」
空中にとどまり続けるガーゴイルが、ブツブツとつぶやいた。
男ってのは俺のことか。
確かに冒険者ランクは最低なので、それを見破れる魔族も大したものだ。
剣を構え、片翼隻腕のガーゴイルをきっと睨め上げるマルグレット。
飛び上がって攻撃できる位置にはいないため、今は待つしかない。
「……この体ももうダメね。次のボディは……あの聖騎士にしようかしら。
ほんとはニンゲンの雌なんぞ願い下げだけど、腕はたつし、
ニンゲンにしては見場がいい」
次の瞬間、ガーゴイルの赤い目が光を失ったかと思うと、
その体が浮力を失い、落ちてきた。
地面に激突したその体は、あちこちが折れ飛び、完全にただの
動かない石像になっていた。
「その体、いただくわ!」
甲高い叫びと共に、赤いモヤがマルグレットに迫る。
「それを待っていた」
ちょうど、完全回復したところだ。
俺はスライムスキル【水と成る】で、魔族リュドの精神をひっつかみ、
「ベリト」
「……!」
差し出された液状精神体リュドに、ベリトの氷魔法がかけられ……
無事、魔族の精神サンプルの二つ目が出来上がったのだった。
「……いや、ちょっと。ちょーっと待ってくれ」
その日の夕方。
王都のギルドへ戻り、事の顛末を報告した直後。
ギルドマスター・ウルリーカは頭痛がするように片手で頭を押さえ、目をつぶった。
「アウリン大森林に集結した、異常脅威度モンスター百五十体は全て討伐完了。
首謀者である魔族リュドの精神は凍結ずみ。
王都への脅威は、全て取り払われた……って、ことなのかい?」
「その通りだ」
「一応、凍結された精神が証拠かと……」
こくこく。
俺、マルグレット、ベリトがウルリーカの問いに答える。
「それを、あんたたち三人で、成し遂げたと?
たった一日、いや半日もかからず?
ほぼ無傷に見えるんだけど」
ベリトは完全に無傷。
俺は多量の食糧摂取で体がだるい程度。
実質的なダメージを負ったのはマルグレットだけで、
体のほうは回復魔法で感知している。
多少、鎧の傷が増えはしたが。
「信じられないかもしれませんが……」
マルグレットの言葉に、ウルリーカはふるふると首を振った。
「いや、斥候からの報告で、確かに大森林にモンスターの群れが
集結している事は確認された。なので国も非常事態宣言を発令し、
またすぐ斥候を何度も放って定期的に情報は集めていたんだ。
こちらにもその情報は回ってきててね……それで、最新の報告というのが」
ウルリーカが腕を組み、ふうとため息を一つ。
「良く分からないうちにモンスターは全て沼に沈んだ。
その後ガーゴイルと、冒険者と思われる女騎士が戦い、女騎士が勝利した。
……以上」
「私たちのこと、ですね……」
「やっぱりそうなのかい。それからまた何度も斥候を放って安全が確認されたので、
非常事態宣言は解除されたけど……いったい何が起こったのか、国の上の方も
ウチの連中も困惑しきりでね。でも、あんたらのおかげで、ようやく
正しい報告が提出できるってもんだが」
ウルリーカが肩をすくめ、くくっと喉を鳴らして笑った。
「あまりにも尋常じゃない戦果すぎて、信じてもらえないかもしれないねえ……」
「ですよねえ……」
マルグレットが同意する。
非常事態宣言とか、尋常じゃない戦果とか。
なんか大げさな話になってる気がする。
数が多いとはいえ、結局はサイクロプスより、少し強い程度の
モンスターたちじゃないか?
何か言おうと思ったが、大量に飯を食いすぎて未だに頭がぼうっとしている。
ねむい。ここは話の流れに身を任せるだけにしよう……
「今回の戦果で、マルグレットはSS級、ベリトはS級、
ラルス君はA級に昇格するだろうね」
「え、SS級!? ですか? 二階級も!?」
マルグレットの声が裏返った。
「今回の件はそのくらい、とんでもない事ってことさ。
なにせ王都存亡の危機だったんだ。それを救った人材には、そのくらいはね」
「い、いえ、私はほとんど何もしてないも同然です!
9割以上はラルスの手柄なんですよ!?」
なんか俺の名前が呼ばれた気もするが、ねむい。
「まあ貰えるものは貰っておいて損はないだろう。
正式な昇格は、もろもろの報告やらが終わってからになるけど。
しかし……このギルド始まって以来はじめての、SS級受勲者だ。
胸をはりな」
「そんな……私には、そんな資格は……!」
なおも食い下がるマルグレットだったが、ウルリーカはひらひらと手を振る。
「いいからいいから。ギルド中お祭り騒ぎになるかもなあ。盛り上がるぞう。
ただ一人のS級冒険者のあいつも、つられて戻って来てくれないものか。
とはいっても、最後の行く先がラムエルダスでは、無理な話か……」
ウルリーカがふっ、と遠い目をした。
懐かしさと寂しさが入り混じったような……だが一瞬でその色は消え、
ウルリーカはパン、と両手を打ちあわせた。
「とりあえず、今日はここまでにしよう。
今晩は皆をウチに招待するよ。ささやかながら祝賀会といこうじゃないか。
そこでたっぷり、ラルス君にはスライムスキルなどについて、聞かせてもらおう」
「ほ、報告は良いんですか?」
「今日はどこもかしこも混乱中だ。
わたしもそれに乗じて、報告は後回しにさせてもらう。
それに、君らに詳しく話を聞くのは報告書の正確性のためでもある、ってね」
マルグレットの質問にウルリーカは片目をつむって答えた。
やれやれ……といった表情になるマルグレット。
「ベリトも、久々に来てくれよ。もう何年も……だろう?」
ウルリーカがベリトに顔を向けた。
「……」
ベリトがややソワソワしだし、視線をさまよわせた後、こくりとうなずいた。
なんだろう?
しかし、祝賀会か……
俺、まだ腹パンパンなんだけど。そしてねむい。
しかし、ウルリーカの目は「逃がさないよ」と言わんばかりだ。
行くしかないか……
ねむい。