第二十五話 沼作戦
――数時間後。
俺、マルグレット、ベリトのパーティは、王城を出て、
シェーンベリの丘へ向かっていた。
スウェイルズの情報によれば、魔女の森の北にあるその丘、
その先にある大森林に異常脅威度モンスターたちが集結しつつあるという。
これまでの事から考えて、おそらく魔族が統率していると思われる。
彼らは、王都への進撃を計画しているようだ。
だが魔族の最終的な目的は何なのかは、未だに不明だ。
人間という種の滅亡を望んでいるのか、ただ殺戮を楽しみたいだけなのか。
どっちにしろ、人間にとって穏やかなものではないだろう。
「……そろそろ、北の魔族軍に対する作戦を聞かせてほしいのだけど」
マルグレットが緊張の面持ちで話しかけてきた。
結局スライムスキルを信じろの一点張りで、ここまで三人を引っ張って来たのだ。
ウルリーカにもかなり反対されたが、なにせ王都には時間が残されていない。
全員無事で帰ることを確約し、しぶしぶ許可を出してくれた。
「未知のスライムスキルにでも賭けないと、どだい無理な状況ではあるしね……」
というのが、ギルド出発寸前に言ったウルリーカのセリフだ。
その時ベリトに何かを手渡していたようだが、まさか自決用の毒ではないだろう。
「あなたが前代未聞の技を持っているのは理解してるけど……
それでも相手は、百五十体の異常脅威度モンスター軍よ!?
どうするつもりなの? そして、私たちはどう戦力になるというの?
あと、その大量の食糧は何のため!?」
俺が担いでいる大きな道具袋には、パンや干し肉などが詰め込まれるだけ入っている。
とりあえず食料の件は後回しにして、俺は作戦についての返答をした。
「俺がやつらの数を減らすから、マルグレットは残党を狩って、
ベリトは今回の首謀者である魔族の、精神凍結。――以上」
「端的すぎっ!」
俺の説明に、マルグレットが叫ぶような突っ込みをいれた。
ベリトは眉をひそめて首をかしげている。
俺、あまり長い説明は苦手なんだよな……
「あと、俺の故郷が進路上にあるんだ。そこは絶対に守りたい」
「進路上に故郷? 王都が潰された後の話?」
マルグレットが首をかしげる。
王都北の魔女の森のことだが、一応まだそれは秘密にしておきたい。
「でも……たった三人では足止めにもならない……
その間に国軍が体制を整え、A級の人たちが間に合ってくれれば……」
小声でつぶやくマルグレット。
ギルドでのやり取りのあと、ギルドマスターは国王に使いを出し、各地に散っている
A級冒険者たちに『帰還の指令書』を持たせた早馬を飛ばした。
そして、念のため大森林へも斥候を派遣している。
斥候は俺たちよりも先行し、情報を得てギルドへ戻る予定だ。
これで『スライム由来の不明瞭な情報』が『確定情報』として扱えるようになる。
「ようは、後付けで情報の裏を取るってことさね。
何にせよ一時を争う事態だ。
とりあえずはスライム由来の話を確定情報として出して、
まず王に動いてもらうのが重要ってわけ。だから、後で話は合わせてくれよ。
魔族軍を察知したのは斥候が先だった、って。スライム君には悪いけど」
というのがウルリーカの話だった。
なんとも面倒だが、王都ギルドマスターとしてはその辺は
キッチリしとかないといけないのだろう。
しかし、国軍もA級の人たちも、無駄足になると思うんだが……
などと考えながら、なだらかにうねる草原を歩いていると、
遠くに『魔女の森』が見えてきた。
このまま真っすぐ進むと、森に入る事になる。しかしまだ帰る時じゃない。
シェーンベリの丘へは森を少し迂回して……
「あれ?」
気が付くと、マルグレットとベリトが俺から離れたところにいた。
二人に駆け寄ると、
「あ、あなた! どうして魔女の森へそんなに近づけるの!?
それもスライムスキルによるもの!?」
「……こわい……」
マルグレットもベリトも顔面蒼白だ。
これが、魔女がかけたという『人払いの結界』の効果なのか。
A級であるマルグレットさえ、拒む力……すごいものだ。
二人に合わせ、丘へはかなり迂回して進むことにした。
ちなみにスウェイルズは魔女の森へ、一足先に帰っている。
そうして、日が傾きかけた頃。
シェーンベリの丘がようやく見えてきた、のだが。
「……魔族軍。既に準備が整ってるみたい……」
遠眼鏡をのぞき込んでいたベリトが、震える声で報告した。
俺も遠眼鏡を貸してもらい、確かめた。
大型甲殻モンスターの目から作られたという遠眼鏡、かなり遠くのものでも
はっきりと見ることが出来るシロモノだ。ベリトの発明品らしい。
便利な道具を作るものだ。
「丘の上、大勢のモンスターが並んでいるな……確かに、百五十はいる。
主に、巨人系で構成されてるな。今すぐにでも王都へ進撃を開始しそうだ」
「なんてこと! 思った以上に動きが早いわ!
ど、どうするの!?」
マルグレットが俺に掴みかからんばかりの勢いだ。
確かにやつらの動きは早かったが、やる事は変わりがない。
俺は荷物を降ろし、
「今から、やつらの数を減らす罠を張る。
マルグレットは食糧を取り出して並べておいてくれ」
「本当になにがなんだか、分からないのだけど……」
その時、遠雷のような、遠くで響くような音が聞こえ始めた。
「……魔族軍、し、進撃開始……!」
遠眼鏡のベリトがひきつったような声を上げた。
丘の方を見ると、横に広がった黒い塊がうねりながら近づいてくるのが確認できた。
「早すぎる! ラルス!?」
「だから、食料を頼む」
「もう! 分かったわ!」
慌ててマルグレットが俺の後ろで、地面に広げたシートの上に食糧を並べ始める。
俺は遠くの魔族軍を眺めつつ、地面に手をついた。
そして【スライムスキル】を発動。
「【水と成る】……【水と成る】……【水と成る】……」
繰り返し、そうつぶやく。
「ラ、ラルス!? 一体何を!?
もう、モンスターたちの姿がはっきり確認できるくらい、
近づいてるわ! トロル、オーガロード! フレイムジャイアントまでいる……!」
魔族軍の進撃による地響きがどんどん大きくなってくる。
「もう目の前よ! このままだと、踏み潰されっ……」
「よし。全て範囲内。――沈め」
俺のその言葉を合図に、目の前の広範囲の地面が一気に泥沼と化した。
「グオオオーーッ!?」
「ゴボボボ……!!」
水分多めの泥沼となった地面は、一気に魔族軍のモンスターたちを引きずり込む。
巨人族は鼻のあたりまで沼に浸かり、その動きを止めた。
キマイラなどの獣系は全身が泥沼に埋まり、その全てが窒息死した。
「これは……!」
目の前の状況に、開いた口がふさがらない様子のマルグレットとベリト。
「土地をまるごと、スライムスキルで泥沼にしたんだ。
飛行系がいなかったのが幸いだったな。
スウェイルズの話に飛行系の報告がなかったから、行けると思った」
「あ、あなたねえ……少しは説明しておいても良いじゃない!」
「……でもすごい。ほとんど全滅……」
憤慨しながらも笑顔を見せるマルグレットと、感嘆のため息をもらすベリト。
だが。
「……ゴオオオオオ!!」
巨人族が力任せに沼の中を歩き始めた。
ゆっくりとしたスピードだが、ものの数分で先頭の巨人は沼から脱出してしまうだろう。
なので、俺は泥沼に片手を入れ、さらなるスライムスキルを発動させた。
「【毒生成】。広がれ」
俺が手を入れたところから、泥沼の色が土色から紫色に変化していく。
やがて、全ての泥沼の紫に染め上がり……
「……ゴ、ガアアアッ!!」
「グブブブ……!」
沼のなかの巨人たちが苦しみだした。沼は完全に『毒の沼地』と化していた。
巨人たちは力の限り暴れるが、もとより鼻まで毒沼に浸かっているのだ。
徐々に毒にむしばまれ、巨人たちは一体、また一体と沈んでいく。
「体内で毒を生成できる、紫スライムに習ったスキルなんだ。
モンスターはすべて無力化、できたみたいだな……
マルグレットの出番、なかったか……」
俺は三歩ほど後ろによろめいて、そのまま地面に尻もちをついた。
「ラルス!? どうしたの!?」
慌てて駆け寄って来るマルグレット。
「このスキル……使うとめちゃくちゃ腹が減るんだ。だから……」
「……そのための食糧だったのね。待ってて」
マルグレットは苦笑して、シートの上の肉を持ってきてくれるのだった。