第二十三話 黒き荒野ラムエルダス
「な、なにこのスライム!? 王都の中に入り込んだの!?」
マルグレットが剣を抜き放ち、スライムに突っかかろうとした。
俺は慌ててその間に入り、
「待った! こいつは、俺の故郷の友達なんだ!」
と叫んだ。
マルグレットが目を見開く。
「と……友達!?
じゃ、じゃあ……【スライムスキル】を学んだスライム、というのが……」
「そうなんだ。こいつはスウェイルズ、そのスライムたちの一匹だ」
目を白黒させながら、剣を鞘に納めるマルグレット。
「そ、そういえば、人語を聞こえる言葉を話してた……
気のせいかと思ったんだけど。ほんとに、意思疎通が可能な、モンスターなのね……?」
俺はうなずいた。
スライムは剣で斬られても平気ではあるが、敵対的モンスターが侵入した、と思われて
騒ぎになるのはのは良くない。なんとかそれは回避できたようだ。
ベリトがしゃがみこみ、スウェイルズを観察し始めた。
「……きみ、喋れるの……?」
「おう! スヴェンじいちゃんに習ったっス! ラルスの友達っスか?
よろしくっス!」
ベリトが手を差し伸べると、手のひらに飛び乗ってぴょんぴょん跳ねるスウェイルズ。
その愛らしい挙動にベリトの顔がほころんだ。
「ほ、ほんとに人語を喋ってる……!」
ベリトの手のひらの上のスライムをまじまじとのぞき込み、マルグレットが驚きの声を上げる。
「なにか、大変なことが起きてる、って言ってたような気がするのだけど」
「そうなんスよ!!!」
いっそう高く飛び上がり、スウェイルズが叫んだ。
「魔女の森の、それよりもっと北の大森林! そこに、大変なんス!
オーガロード! トロル! キメラ! その他たっくさん!
ここに向けて、進撃の準備を進めてるそうなんス!」
「サイクロプスより、さらに脅威度の高いモンスターばかりじゃない!」
マルグレットが目を剥いた。
サイクロプスより高い、てことはレベル4とか5あたりか。
最初に出会ったジャイアントマンティスより低いなら、マルグレットなら楽勝だろう。
しかし数が多いのが問題か。ちょっとだけ面倒そうだ。
「ここ、って王都に!? そのモンスターが攻めてくるっていうの!?」
「そうなんス! もう明日くらいには、動き出す予定らしいっス!」
「で、でもおかしいわ。魔女の森の北、アウリン大森林の近辺には監視所たる砦があるはず。
本当に異常脅威度モンスターが群れているなら、もうここに報告が来てもおかしくない。
今のところ、王都警備隊に変わった様子は見られないし、住民もふだん通りだわ」
マルグレットが周囲を見回した。
王都の住民たちが街路を行き交い、たくさんの出店や屋台が軒を並べ、賑わいを見せている。
街路樹にとまる鳥たちもチチチとのんきに鳴いており、いつもの日常そのものだった。
巡回する警備隊も、慌ただしく動き回っている……ということもなかった。
「嘘なんて言ってないっス!」
スウェイルズが抗議の唸り声をあげた。
「僕の友達のスアールがていさつに行ったんス!
そして見たんス。大森林の真ん中くらいに、大穴があいて、そこから
でっかいモンスターがぞろぞろ出て来て、そして隊列を組んでる、って!」
「大穴……? 異常脅威度モンスターたちは、穴を掘って
どこからかやって来たというの?」
マルグレットの言葉に、ベリトがぼそりとつぶやいた。
「……おかーさ、いや、ギルドマスターが言ってたけど……それらモンスターは
ラムエルダスから来てる、という話は本当なのかも……」
「ラムエルダス?」
首をかしげる俺。初めて聞く単語だ。
「ラムエルダスというのは、アウリン大森林を抜けた先、はるか北にある魔の地。
黒き荒野とも呼ばれてる」
マルグレットが答えた。
「サイクロプスをはじめとした大型かつ、脅威度の高いモンスターが棲まう土地よ。
暗褐色の岩だらけの、荒れはてた光景がどこまでも続くの。
魔女の森とは違った意味で、人が踏み入れられない、恐ろしい場所」
魔女の森は精神的に入ることが出来ない場所だが、ラムエルダスは物理的に入れない、ということか。
ジャイアントマンティスと渡り合えるマルグレットなら、行けそうな気がするが。
「大森林を抜けるのだって、ひと苦労なの。
そして森を抜けても、とてつもなく幅の広いマイル川が流れてて……
その川にも凶悪な水棲モンスターがうようよしてる。魔の地を目指した冒険者の半分はそこで命を落とし、
なんとか対岸にたどり着いても、ラムエルダスで生き延びれはしない。残り半分が命を落とす……」
マルグレットが身を震わせる。
ラムエルダス、その地に行ったものは誰一人帰ってこなかったのか……
って、何かおかしくないか。
「行って戻った冒険者がいないなら、どうしてラムエルダスの話が伝わっているんだ?」
俺が素朴な疑問を投げかけると、マルグレットは少し笑い、そして驚くべき話をした。
「はるか前、ただ一人……かの地から生還した人間がいたの。魔女、カーリン・ブラント。
この国始まって以来の、超天才魔導師。冒険者ギルドの初代マスター。
彼女が王都に残した文献で、魔の地についてはある程度知られているわ。
その後は魔女の森の主となり、森が人を遠ざけるようになって以来……
今どうしているか、全く不明の人物だけど」
魔女……!
まさか、このタイミングでその名称を聞くとは思わなかった。
かつては王都に居て、そのうえギルドマスターだったのか。
魔女の森のスライムたちも、魔女の姿は見た事ないそうだが。
「そんな名前だったんスね! 初めて知ったっス!」
スウェイルズがぴょんぴょん跳ねた。俺も初耳だ。
魔女が残した文献は色々あったが、署名だけは何故か読めなかったんだよなあ。
「……スライムにも、その存在は知られてるんだね……
さすが、ボクの目標」
ベリトが感心したようにつぶやいた。
へえ、ベリトは魔女を目指してもいるのか。
「ラムエルダスのモンスターも、川を越えてやって来ることはなかったの。
でも、穴を掘って地下から……それなら、王都北のダンジョンにサイクロプスが現れたのも
説明がつくかも。各地に繋がるトンネルを掘って、そこから出てくるようになったんだわ」
ラムエルダスからのトンネルが、王都北のダンジョンに繋がった、ということか。
あの巨体だとダンジョンの出入り口が狭すぎて、出れないから別の場所に
大きい出口を掘ったのかもしれないな。
「念のため、ラムエルダス方面の監視所として砦が建設されたのだけど。
そこから報告がない、ということは……」
マルグレットが腕を組んで、深刻な表情になる。
「既に落とされた、もしくは」
「……魔族に乗っ取られてる……」
俺とベリトの言葉に、マルグレットもうなずいた。
「ギルドへ行きましょう。マスターに報告しなきゃ!」