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第二十二話 彼女の重石

 マルグレットの思わぬ言葉に、しばし沈黙が降りた。


 彼女の父親が、王都へ魔族を招き入れた……?

 確かに、そう聞こえた。


「……それは、魔族に乗っ取られ、」


「違います。父は、正気でした。


 その魔族……ディナラと言いましたか。複数の人間を乗っ取り、操れる魔族。


 ディナラは父を乗っ取ったわけではなく、父との協力を取り付けたのです」


 まさか。マルグレットの父であるなら、彼女と同じくらいの気高さがある人物のように思えるが。

 魔族と協力し、王都への侵入を手助けするなんて。


「我がリリェホルム家は、かつては名を馳せた貴族の一員でした。

 

 しかし父の事業が失敗、凋落し……いわゆる没落貴族になってしまいました。


 父は何としてでも元の地位、財産を取り返そうと躍起になるあまり……


 魔族の甘言に乗ってしまったのです」


 ここでマルグレットがふうっと一息つく。

 地下の寝室は思い雰囲気につつまれていた。


 ベリトは面を伏せ、俺もかける言葉が見つからないでいる。

 そんな中、マルグレットは続けた。


「魔族ディナラは、王都の刑務所に囚われていた死刑囚の者たちを乗っ取りました。


 父が彼らを密かに脱獄させ、王都の外に誘導した所をディナラが待ち構えていたようです」


「なんで囚人たちを……?」


「悪を成した人間は、魔族に近しい存在となるようで、乗っ取りやすくなるとか。


 それは複数の人間を乗っ取れる、ディナラの特性のようでした。


 肉体を乗っ取るだけではなく、肉体をも変化させ、別人となり……


 あまつさえ手形すら肉体の一部を変化させて作り出し、王都へと侵入したのです」


 身分証明書すら偽造できるのか。しかも肉体を使って。

 なんて器用な魔族なんだ。


 そういえば、ウリヤーンはあの村に出向いた勇者を乗っ取ったが、

 やつは一体しか乗っ取れない代わりに、ディナラのような悪人限定制限は受けなかった、ということか。

 

「そして……ディナラに乗っ取られた囚人は冒険者たちを狩り始めました。


 毒殺、闇討ち……一般人の姿ゆえ、冒険者たちも油断したようです。


 私が乗っ取られた冒険者たちを見破り、処断できたのは、ある時……


 父と乗っ取られた囚人たちとの会話を、たまたま立ち聞きしたため。


 首謀者に近い人間だったため、なのです」


「マルグレット……」


 気高い彼女のことだ。責任を感じているのだろう。

 だがそれは背負わないで良い責務、なのではないか?

 と言っても、聞き入れられない気がする。  


「しかし、悪人は魔族に近い、なんて……」


 魔族とは一体、どういう種族なのだろう。

 精神体のみの生き物だ、という事くらいしか分かってないようだが。


「そういう意味では、父も悪を成したと言えるのですが……


 乗っ取られるほどの悪でもなく、しかし正義でもない。


 中途半端な存在ですね。わが父ながら……


 そして今、地下牢に繋がれて処刑を待つ身、なんて……」


 マルグレットの美しい睫毛が震えた。

 

 結果として、彼女が自身の父を牢獄送りに、ということになったのだ。

 それはどれほどの精神的負担なのか……父を知らない俺には想像もつかない。

 想像する事すら、おこがましいのかもしれなかった。


「それから私は、父の手により地に落ちた家名を回復させるのではなく、


 父の罪の償いをするべく……冒険者となったのです」


 マルグレットは若い身ながら、凄まじい勢いでA級まで駆け上がったと聞いた。

 その原動力は、彼女の責任感、気高さによるものだったのだ。


「でも、どこまで行けば、何を成せば、償えたと言えるのか。


 私、だんだん、分からなくなってきました……


 王都周辺ではおかしな事態が続き……仲間二人も去り……


 私一人では、もう異常脅威度モンスターにも対処できない……」


 薄明りという環境がそうさせたのか。

 マルグレットが肩を震わせ、小さな声でそんなことを言った。


 ふだん、弱気を言わない彼女。

 だが常に彼女の肩には、ずっと重石がのしかかっていたのだ。


 俺はそっと彼女の背中に手を当てた。

 ベリトも、マルグレットの手の上に自分の手を乗せた。


「一人じゃない。今は俺たちがいる。


 背負いすぎなんだ、マルグレットは。


 どこまでやれば親父さんの罪を償えたといえるか、俺にも分からないけど。


 ついて行くよ。俺、マルグレットと一緒に。ベリトも、そう思うだろ?」


 こくこく、とうなずくベリト。

 そして、マルグレットの手をぎゅっと握った。


「でも! これは、私の、家の問題で……」


「俺たち、パーティなんだろ。パーティってのは仲間だ。


 仲間はなんでも、分け合える存在だろ。


 俺は故郷の森でも、スラ……友達連中とはそうやって生きてきた。


 喜びも、苦労も。背負ってるものも……皆で支えれば、その分、軽くなる。


 マルグレットのも、俺が支えたい。力及ばないかもしれないけど、


 出来るだけのことはしたい」

 

「……! そんな。ラルスは私なんかより、ずっと強くて、もっと先に進める人間だわ。


 私なんかに構うことなんてない! 私、ウルリーカの命で、あなたを監視してたのよ!


 不可解なスキルを持つ、不穏分子かもしれないって!

 

 そんな私には、仲間の資格なんて、ない……!」


「俺は仲間と思ってるけどな。そして構いたいんだ。嫌かな」


「ラルス……!」


 マルグレットは目を見開き、片手で口をおおった。

 そして静かに、涙を流しながら、小さな声で答えた。

 

「嫌じゃない。全然……


 ありがとう……ラルス……そしてベリトも」

 




 翌日。


 俺たちは地下のベリト宅から、地上へと戻った。

 うーんと伸びをして空を見上げる。


「地下に居たせいか、今日はよけい空が高く見えるな……」


「そうね……!」


 マルグレットが笑顔で答えた。

 なんとはなしに、その顔には晴れ晴れとしたものを感じる。

 多少なりとも、俺やベリトが彼女の支えになれたのであれば……嬉しいと思った。


「さて、今日はどうしようか」


「まずは昨日の特別クエスト達成報酬の受け取りね。

 

 ギルドへ行きましょう」


「なるほど」


「……たくさん、モンスターの部位がもらえると、嬉しいな……」


 そう言って、ベリトが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 一晩経ったことで、少しは喋れる回数も回復したようだ。


「しかし、そう引っ付かれると歩きにくいんだが」


「……じゃ、手、繋ぐ……」


 ここでベリトがマルグレットを振り向き、


「……うらやましい?」


「なっ!? べ、べっつにぃー!?」


 ときどきマルグレットは声を裏返らせるな。

 どういう条件でそうなるのだろうか……


 などと思った瞬間、


「なあっ!?」


 と俺が声を裏返らせ、叫ぶような事態が起きた。


「ど、どうしたの?」


 マルグレットが驚いた声を上げる。


「な、なんでこんなところに!?」


 俺の足元に、一匹のスライムがぴょんぴょんと駆け寄って来たのだ。

 魔女の森で共に暮らした、友達……緑スライムの、スウェイルズだ。


 スウェイルズは跳ねながら、叫んだ。


「大変っスよラルス! 


 魔女の森の北に、ちょー強いモンスターたちが大・集・結!


 その数、たくさん、たくさん! 


 偵察に行った仲間の話だと、じきにここに攻め入るって話しっス!


 大変っスよー!!」

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