第二十話 祝勝会~蠢き
この国の王都シエルベリは王城を中心に、円形に城下町が広がっている。
城下町は×の字に区切られ、北区・東区・西区・南区の四区画がある。
北区は繁華街。俺がマルグレットに案内されたのはここがメインだった。
東区は冒険者街。文字通り冒険者が集い、冒険者のための店が立ち並んでいる。
南区は富裕層や上流階級の人々が集う街。南区のみ、王都外への門がない。
そして西区は一般層の街。俺はベリトに手を引かれ、そこへ向かっていた。
ベリトの家は西区にあるらしい。
「……日がすっかり落ちたわね」
マルグレットが空を見上げて言った。
そのお腹がぐう、と鳴り、慌てて抑える。
そういえば、今日は朝に軽い食事をしただけだった。
「北区のどこかで食事をするか、持ち帰るかしないか?」
と俺が聞くと、ベリトはふるふると首を振った。
なんだろう、もてなしてくれるんだろうか。
とてとてと静かに歩いていくベリトに引かれるまま、西区を歩く。
だんだん、人もまばらな閑散とした一帯になってきた。
道を照らす魔晶街灯の数も少なくなっていき、
「この先は、もう使われなくなった古井戸がある場所でしょ?
ベリトの家は、どこにあるの?」
とマルグレットが不安げに周囲を見回した。
「……ここ」
ようやく足を止めたベリトが指さしたのは、直径三メートルほどの石造りの井戸だった。
もう使われなくなったらしく、水をくみ上げるための滑車やらの設備はない。
「??」
しかし良く見ると、井戸の内側には縄はしごがかけられていた。
「……ってことは」
ベリトが先だってはしごを降り始める。
思わず、顔を見合わせる俺とマルグレットだった。
「ベリト、ふだんは自宅に引きこもって独自の研究に没頭してる、
と聞いてはいたけど。こんなところに家があったなんて……」
マルグレットが感心したように周囲を見回した。
井戸を降り、さらに横道に進んだ先には、地下の隠れ家と言うべきベリトの居宅があった。
ベリトの知り合いのドワーフたちに作ってもらった、という石造りの地下室は、
息苦しさも湿気も感じない、案外快適な空間となっていた。
いくつかの部屋があり、その一室をのぞき込んだマルグレットが驚いた声を上げたので
見に行ってみると、その部屋は一面、氷で覆われていた。そして、
「これ、全部モンスター……!?」
氷漬けになったモンスターが数十体、立ち並んでいた。
「ベリトはこうやって、モンスターの研究をしていたのね。
そういえばギルドからモンスターを回してもらってる、とか言ってたわ」
「なんでギルドがモンスターを回すんだ?」
「モンスター討伐系のクエストは、モンスターの一部を証拠として持ち帰る決まりなの。
でも時々……ものぐさな人や、賞金が上がる事を期待した人が、丸ごと持ってくる事があって。
そういうのをベリトが引き取って、凍結保存しながら、研究に使ってるんだわ」
くいくい、と袖を引っ張られたので振り返るとベリトが立っており、
「あっち」と言うようにとある一室を指さした。
その部屋には机を囲むように、椅子が三脚ならべてあり、
「おお……食べ物だ!」
ベリトお手製らしい、なかなか豪華な食事が机にならんでいる。
それも三人分、いやそれ以上ありそうだ。こんなに早く、用意できるものなのか。
「……冷凍してたの……解凍した……」
良く分からないが、マルグレットが目を見開いたのでなんだか凄い技術なのは分かった。
とりあえず俺たちはベリトに勧められるまま、席につく。
そしてベリトがじっと、マルグレットを見やった。
何かを促しているようだ?
「……? あ、ああ! ええと……あれね。
ごほん。ウルリーカからの、特別クエストの達成を祝して……乾杯、です!」
と、目の前に置いてあった杯を掲げた。
俺とベリトも杯を持ち、カツンと合わせる。
「乾杯!」
「……!」
そしてぐっと杯の中身を飲み干した。果物ジュースのようだ。
これは……本で読んだぞ。そう、あれだ。
「打ち上げ……ってやつか? めでたいやつ、だな?」
「そうね。本当はお酒でやるものなんだけど、全員未成年だし……
でもまあ、これはこれで盛り上がっていきましょ!」
初めて冒険者になり、初めてクエストを受け、初めてパーティを結成し。
そして初めてクエスト達成、初めて、パーティの仲間と打ち上げをする……
なんだか、グッと来るものがあった。
魔女の森のみんな。じいちゃん。
なんとか、人間の世界で俺はやっていけそうだ。
冒険者というのも、ぜんぜん、悪魔の集団とかじゃなかったよ……!
▽
その頃。
王都北の魔女の森、そのさらに北の小高い丘にて。
一匹のガーゴイルが立ち、遥か先の王都を見つめていた。
日はすっかり落ち、暗闇の中で王都を判別できるはずもない。
しかし人間の生活の証である、火の揺らめきがわずかに見て取れる。
それを見やりながら、ガーゴイルがひとりごちた。
「ウリヤーンもディナラも、結局ニンゲンにやられちゃったのねえ。
なっさけないったら。これじゃ、ワタシの一人勝ちで遊戯は終了じゃない」
むろん、そのガーゴイルは魔族の一人……リュドであった。
リュドに乗っ取られたガーゴイルは、ばさりと翼をはためかせ、
「それならもう、慌てる必要はなくなったわねえ。
ゆっくり、北の魔の地――ラムエルダスから、ニンゲン言うところの
”異常脅威度”モンスターを集められるってものね」
ニヤリ、と口元をゆがめた。
ガーゴイルの背後では、多くの赤い光が暗闇に点滅している。
その光は、目だった。
この地には生息していない、強大な力を持ったモンスターの群れ……
それらの目が、ゆっくり瞬きしている光なのだった。
「今いる数の三倍……百体くらいで良いかしら。その数なら、王都を蹂躙できる。
冒険者狩りなんて、もうおしまい。少しずつ戦力を削る必要もないわ。
この国のニンゲンの命は、残り一カ月……ってとこね」
事が早く終わるのであれば、あの方もより満足いただけるでしょう。
ひっそりと心でつぶやいたガーゴイル・リュドは、力強く翼を羽ばたかせ、天高く飛翔した。
そして、北へと飛び去って行くのだった。
★読んでいただきありがとうございます。
★ここでいったん、完結までの流れを考えるための時間を一カ月ほど下さい。申し訳ありません。
★(追記・連載再開しました)
★自分の作品は基本、完結保証の姿勢で書いてますので、この作品も終わりまで走るつもりです。
★良ければ、他の作品も見ていただけるとありがたいです。(全作、完結済み)